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7大陸最高峰

七大陸最高峰~モンブラン~(旧ヨーロッパ)

7大陸最高峰

1990/08/01

七大陸最高峰~モンブラン~(旧ヨーロッパ)

 


モンブラン山頂付近。登頂できると確信が持てた。

1990年7月下旬にスイスに入り、まずはメンヒ山(4099メートル)に登った。山登りの経験がほとんどなかった私には、岩稜を歩くことも、下を見た時の高度感も、クレパスも、どれもが強烈に怖かった。怖かったが、ここまで来たのだから、逃げるわけにはいかなかった。

岩崎さんに助けられ、なんとか海外初登山を成功させた。私も怖かったが、それ以上に私を見ていた岩崎さんを初め、回りの人たちのほうがよっぽどヒヤヒヤしていたに違いなかった。

8月1日、私はシャモニーの町からモンブランを眺めていた。独立峰なのか、とてつもなく大きく感じられた。経験不足の私が果たして通用するだろうか、とちょと心配にもなったが、それ以上にこのモンブランにはすがるような思いがあった。ばく然とはしていたが、何かを得られるはずだと信じていた。

8月3目、タコナ氷河に入り、テート・ルース小屋を目指す。途中、幅50メートル程の氷河をトラバースしなけらばならないのだが、ここは上部にある石が落ちてくるので有名だった。私達、無名山塾隊以外にも沢山の人連が登りに来ていた。

1人ずつ、落石の危険があるこの氷河を渡る。落石を警戒しているのだ。なんともいえない緊張感がその場を包んだ。順番待ちしていた時、ヒューンと石が風を切りながら落ちてきた。その時、他の隊の人が氷河を渡っている最中だった。落石の1つがドスンと音をたてて人にぶつかった。私は心臓が凍り付く思いで見入った。

奇跡だった。落石はその人のザックに突き刺さっていたのだ。ザックがクッションとなり、奇跡的に無傷であった。助かる時には助かるものだと思わずにいられなかった。もし、ザックでなく頭部だったら、間違いなく助からなかっただろう。

 
 


モンブラン山頂に立つ。さわやかな気持ちになった。

その氷河を無事に渡り、ガレ場を登り切ったところにテート・ルース小屋があった。標高約4000mに建てられている素晴らしく居心地の良い小屋だ。夜になって、寝室の表で、ゲーゲーと吐いている人がいた。高山病という事だった。

5日午前3時、頂上へ向けてアタックを開始した。真っ暗な中を黙々と歩く。初登山の富士山を思い出した。寒かったが、体力的には余裕があった。高度障害の症状もなく、自分は低酸素でも大丈夫な体質だと思ってしまった。この大いなる勘違いが、アフリカで地獄を見ることになるとはこの時、知るよしもなかった。

午前6時、モンブランの山頂がはっきりと見えた。山頂直下はやせ細った雪稜が続くので緊張した。しかし、モンブランに登頂できると確信が持て、ついついスピードが早くなった。

「焦るな焦るな」と自分に言い聞かせて歩き、午前8時30分、ヨーロッパ大陸最高峰についに登頂した。登り始める前までは正直なところ、登頂できるという自信はなかった。それでも、このチャンスにしがみついていた。自分がなんなく登頂してしまったことが信じられなかった。たまらなくさわやかな気持ちであった。

「よし!次はキリマンジャロだ」。モンブランからの下山中はどうやって父を口説いてキリマンジャロヘ行くかと頭の中の計算識がカシャカシャと働いていた。モンブランは私に、考えがひらめいた時には迷わず実行に移すことを教えてくれた。

また、山登り素人の私がモンブランに登れたのは、岩崎元郎さんのお陰であった。人との出会いが自分の世界をグンと広げてくれるような気がした。7大陸最高峰挑戦の第一歩は、その後の私の進むべき方向を確実にするものであった。

 

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