5月6日にTBSサンデーモーニングとの生中継があったが、これは大変だった。なにしろ、ここチョモランマと日本との時差は3時間15分。日本時間の朝8時から始まるサンデーモーニングの時間は、こちらチョモランマは午前4時45分! ...
今日(5月7日)6日~7日に上部で活動しているシェルパ達から連絡が入る。 それまで、悪天候続きであったが、次第に天候が安定しだし、7800メートル付近を再度清掃したとのこと。シェルパの情報では再び日本隊のゴミを回収したようだ...
北京から中国登山協会の福秘書長の張江援さんがチョモランマBCへとやってきた。 張さんは中国登山協会のなかでも特に有名な方だ。私も何度か日本のテレビや新聞でそのお顔を拝見したことがある。 前日(5月3日)には中国中央テレビ局の...
今日(5月4日)はフジテレビの18時からのニュースでここBCからの生中継がおこなわれた。 安藤キャスターの声が家庭用テレビ電話から伝わってきたときには感動した。 と、同時に不思議な感覚にもなる。 今回は回収したゴミの一部など...
4月29日、世界最強といわれたアルピニストがサガルマータ(エベレストのネパール語名)で命を落とした。 彼の名はバプツェリン・シェルパ(36歳) 高所では「クレパス」という地表の裂け目があちこちに口を開けて(時には雪に覆...
---昨日(4月29日)は午後から風が強くなり、野口・李は半死状態でABCに戻ったとのこと。--- 「李さんはほとんどミイラ状態(ひからびている)。夕食もほとんどとらず、話もしませんでした。(野口)」 「ノ...
(野口より無線による連絡) ABCに集められたゴミの山。これをさらにおろすのにも骨が折れる 「今日(4月28日)午前中は天気がよかったのですが、午後から風が強くなり、雪も降り出してきました。現在、シェルパを2...
(野口より無線による連絡) ---今日(4月27日)は野口・村口はノース・コル(7000m)へと向かいました。しかし、野口は咳がひどくなったため、200mほど登ったところで戻ったそうです。--- (野口より無...
標高約7000mにノースコルと呼ばれる場所がある (野口より無線による連絡) 「昨夜は、私と村口氏ともに一睡もできず、今日(4月26日)もまだ頭痛がおさまりません。今日ABC(アタックベースキャンプ)は風が強...
4月22日の朝9時からTBSラジオの子供相談室にここチョモランマから衛星電話を使って参加するために、22日にはABC(前進基地)からBC(ベースキャンプ)へと下りた。 22日の現地時間5時過ぎにTBSから電話を頂き、無事にラ...
21日にABC入りしたが風が強く、せっかく設置したテントも2張り裂けてしまった。 ラッセル隊の石川君とも会ったが、高度障害による頭痛に苦しめらているようで、辛そうだった。 1997年に私もラッセル隊に参加し、頂上を目指した...
朝食後、9時過ぎベースキャンプ・マネージャーの佐藤桃子が「ちょっと裏山行って来ます」と他の隊員に告げトレッキングシューズに履き替えずに運動靴のままトコトコと出かけた。その姿はまるで近所に散歩に出かけるかのようだったそうだ。...
月15日に「中国国旗を掲揚しろ」とけしかけてきたあの中国連絡官が再び我がベースキャンプに来た。すでに中国国旗と日の丸を掲げているだけになんら問題はないだろうと思っていたら、また彼がなにやら騒いでいる。 おかしいなと思い、旗...
チョモランマの状況は風が強く6400メートル付近に設定されたABCキャンプではテントすらなかなか張れない状況。 すでにアメリカ隊が8000メートル付近まで達しているようだが、このアメリカ隊、僕らの隊と同じく、目的が山頂ではな...
エベレスト衛星電話経由でパソコンをインターネットに接続して利用している このページを作成するために使っている通信機器 上部キャンプへ向け60頭のヤクに荷を載せ送り出した。60頭のヤクではまったく足りず、さらに...
ベースキャンプ開きと安全祈願を兼ねてシェルパ、そして隊員たちが祈りをあげた。それは通常行われる儀式であり、なんら珍しい出来事でもないのだが、今回は多少異質な雰囲気の中でその儀式は行なわれることになった。 ベースキャンのすぐ...
今年のチョモランマ清掃活動に隊員として協力してくれる日本人をご紹介しよう。 カメラマンの村口さんは、カメラマンとしてだけでなく、アドバイザー的な存在で僕を助けてくれる。1998年一回目のエベレスト挑戦の時、南側から世界最高...
李氏と野口 グルジア隊員の医者のズ-ラ 長年の友、デンディー チベッタンの皆さん1 チベッタンの皆さん2 2001年4月14日 13時30分、ついにチョモランマのベースキャンプに到着。昨夜雪が降った為、チョモ...
4月8日、カトマンズからラサへと向かった。ここラサで3泊し、11日にシガツェに移動。ラサではチベット登山協会から毎晩のようにディスコに招待され、約4000メートルで踊り続けるのも大変苦しかったが、これも高所順化活動の一環と...