ディンボチェからベースキャンプを目指すと必ず通らなければならない坂がある。「トゥクラの坂」を登りきると無数のチュルン(墓)が並ぶ。エベレストから還らなかった登山家やシェルパ達の墓場だ。その中でも、目立つのがシェルパ達の名が刻まれた墓石の多さ。

  この坂を越えてエベレストのベースキャンプに向かうが、シェルパ達の名が刻まれたチュルンを眺めるたびに、自分のシェルパを死なせてはならないと、肝に銘じることにしている。シェルパ達の協力があってこそ僕のエベレスト登頂、清掃登山がある。自分の夢の為に彼らを犠牲にしてはならない。トゥクラの坂は僕に人の命を預かる事の重さ、そして責任をひしひしと伝えてくれる。

 数並ぶチュルンの中に真新しい墓石を見つけた。刻まれた名を見つけ、はっと驚かされた。マトュウさん、22歳の若きイギリスの登山家の墓だった。遭難日は1999年5月13日。まさしく僕がエベレストに登ったその日だ。エベレストの山頂付近で僕は彼と一緒に歩いていた。登頂後、最大の難所である、ヒラリーステップで彼は発狂してしまい、チベット側へジャンプしてしまった。おそらく、恐怖心や、ストレス、また酸欠が彼を死に追いやってしまったのだろう。我々の目の前でおきてしまった悲劇。僕はマチュウさんの墓を前にしばらく立ちつくしてしまった。厳しい環境の中で同じく戦っていたのだ。まるで戦友のようだ。仲間の戦死。山では死んではならない。僕はあらためて自分に言い聞かせていた。死ぬな、そして死なせるなと・・・。

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