日本社会はなかなか分かりにくい。表面的に受け取ってしまうと後に「あれっ!」と驚いてしまうことが起きる。

例えば昨年6月6日夜にドイツのハイリゲンダムで開催されたサミットで日本国の安倍総理(当時)が各国首脳に向けて「美し い星50」を提案、そしてサミットにおいて合意、目標が策定された。安倍政権は温暖化対策を政権の重要課題と位置付け、2050年までに世界全体の温室効 果ガス(温室効果ガスとは95%がCO2、残りはメタンガス、亜酸化窒素)の排出量を半減するという長期目標「美しい星50」を打ち出した。

私はこの安倍総理のあまりにも大胆な発表、そして決意に驚きを隠せなかった。何故ならば京都議定書の削減規制値で日本は 6%の削減が義務づけられたが、国内の経済界、産業界から国際競争力が弱体化すると猛反発があった。大木環境大臣(当時)や川口順子環境庁長官(当時)と 対談を行った時もそれらの抵抗に苦労したと開口一番話していたのが印象的であった。

安倍総理の「美しい星50」は京都議定書で日本が背負った削減義務どころではない。つまり世界中の温室効果ガスの排出を半 分にするということは、日本での一年間分の排出量約13憶トンを半分にするということではない。日本人の一人当たりの排出は約10トン。それに比べ世界全 体の一人あたりの平均は約4トン。つまり世界全体を半分にするということは一人当たりが使える温室効果ガスを4トンから2トンに減らさなければならない。 様々な計算方式があるのだろうが、つまり単純計算すると日本人が年間に排出してきた温室効果ガスを10トンから2トンに減らさなければならないことにな る。つまりは80%削減である。果たしてそんな大それた提案は現実に実現可能なのか?世界に訴えもし仮に発案者である日本が守れなかったらどうなるのか。 安倍総理の決意の地球温暖化の取り組みに対する意思はそこまで固いのか、それとも無責任発言であったのか、私には分からないが、ただただ驚いたものだ。い や私以上に大木元大臣や川口元長官のほうが驚いたに違いない。

いずれにせよ日本社会は世界に向けて気候変動(地球温暖化)に対して先駆けて取り組む事を事実上意思表明し た。しかしである。昨年12月に行われた「第1回アジア・太平洋水サミット」では開会式にて福田総理が「来年、日本では洞爺湖サミットが開催される。気候 変動は最重要課題」と訴えるものの、いざ具体的に日本に何ができるのだろうかと日本国内の行政サイドと協議を行うと「我々の案件ではない」とあっさりと拒 否されてしまった。(ただしネパール、インド、バングラデシュにある日本国大使館は最大限協力してくださった。心から感謝しています)

「第1回アジア・太平洋水サミット」のセッションにて

確かにアジア・太平洋水サミットの主催はNPO法人・日本水フォーラムであり行政ではないが、ただサミットは サミットでありアジア、太平洋方面から多くの元首級の方々が日本に駆けつけてくださっているのに主催がどこかなど大きな問題ではないはず。残念ながら「第 1回アジア・太平洋水サミット」では日本サイドから具体的な支援、対策を打ち出せなかった。海外からの参加者から「日本にはもっとリーダーシップを期待し ていた。何のためにサミットに参加したのか、とても失望した」との声が水サミットの運営委員を務めていた私にも向けられた。

「第1回アジア・太平洋水サミット」にて講演会を行う

「第1回アジア・太平洋水サミット」を終えて 記者会見の模様

そして水サミットと同時期に行われたCOP13(気候変動枠組み条約締約国会議)がインドネシア・バリ島で開 催されたが、温室効果ガスの削減数値目標を盛り込もうとしたがアメリカが凄まじく抵抗。数値目標設定を強く求めるEUと、各国の自主的取り組みによる削減 を提案するアメリカが対立し、そしてその間に挟まれた格好になった日本政府は最終的にアメリカと共に数値目標の設定に抵抗。

 

「ジャカルタ・ポスト」に掲載された環境NGOの全面広告にはブッシュ米大統領、ハーパーカナダ首相と並んで 福田首相の顔写真が並びその下に「目標なし。世界の災害はまもなくやってくる」と日本は地球温暖化対策では世界の抵抗勢力だとされてしまった。それだけで はない。会議で地球温暖化対策に後ろ向きな態度をとった国に対して「化石賞」という賞が毎日発表されたが、初日は日本が1~3位まで全て独占したとのと。 気候ネットワーク常任運営委員の平田仁子さんはインタビューで「京都会議の議長国であり、洞爺湖サミットも控えている日本は非常に期待されていました。そ の分、各国の失望も大きかったと思います」とお話しになっている。

 

ここに述べた事は安倍前首相の「美しい星50」の発表がなされてからたかだか半年間の出来事。私のような素人には日本が本気で取り組もうとしているのか、否かやっぱり分かりにくい。

 

そしてそのタイミングで福田首相は今年1月に開催されたダボス会議で、京都議定書以降の削減について主要排出 国と含めた「国別総量目標」を提案。京都議定書のように決められた総量目標への反発が大きいのでまずは各国自らが「総量目標」を設定しようとのこと。日本 自身が総量目標を国際公約したのは初めて。新聞報道によれば国ごとの数値目標方式にはやはり産業界が反発、そしていつも通り米政府も反対しているとのこ と。そんな風潮の中で福田総理が決断した背景にはバリ会議での日本の姿勢は消極的だと批判された事が影響しているだろう。洞爺湖サミット前にその負のイ メージを払拭する為にも数値目標の設定が不可欠と判断したのでしょう。これからどうなるのでしょうか。産業界などに寄り過ぎ目標設定のラインを低く設定す ればさらに国際社会から取り残されてしまうだろう。

そんな中、国よりも東京都が先手を打った。石原都知事は「10年後の東京」と いう長期ビジョンを発表した。「2020年までに2000年比25%の排出削減」との目標を設定した。報道によれば、石原都知事は新年の挨拶で「非常に摩 擦が起こるかもしれないが、地球温暖化という前代未聞の問題に対して本気で取り組む」と発言された。もはや国の対策を待っていられないということなのだろ うか。そして必ずしも全ての産業界が反発しているとも限らない。例えば三菱電機グループは2021年までに1990年比30%削減目標を掲げた。そしてど うであれ反発はついてくるもの。判断の分かれ目は本気で「やる気」があるのか、ないのかではないか。本気でやる気があるのならば腹をくくって決断するしか ない。

テレビ番組にて 石原都知事と対談の模様

奇麗ごとかもしれないが、気候変動を含めた地球環境問題に至ってはあまり各国が国益に捉われるべきではない。 気候変動によってほとんど温室効果ガスを排出していないツバルが「海面上昇で沈む島」と懸念されすでに計画的な移民が始まっている。ヒマラヤ山域国とて全 ての国が温室効果ガスを大量に放出しているわけではない。ブータンに至ってはCO2の排出よりも吸収の方が多いのだ。それなのに氷河の急激な融解による洪 水で被害を受けている。大気汚染だって中国からの光化学スモッグや黄砂が福岡市に脅威を与えている。日本海の海岸だって大陸から流れ着く漂着ごみで溢れて いる。環境問題に国境はないのだ。

さて、偉そうに意見させて頂いたが、それでは私に出来ることはなにか。今、取り組んでいる活動の中で気候変動 による氷河の融解、氷河湖決壊対策があるが、昨年の「第1回アジア・太平洋水サミット」に引き続き次の洞爺湖サミットでも訴えていきたい。4~5月に再び ヒマラヤに戻り氷河、氷河湖の調査を行いたい。そして「エベレストからベンガル湾」をテーマに調査の旅に出かけることにした。ヒマラヤの氷河が急激に溶 け、溶け出した水がネパールからインドへ、そして最後はバングラデシュに濁流として襲いかかりベンガル湾へと流れていく。水の出発点でもあるエベレストか らゴールとなるベンガル湾まで可能な限りそこでどのような被害が起きているのかこの目で確かめたい。

そしてその報告を5月中旬の「G8環境大臣会合記念特別シンポジウム」にて参加の機会を頂けるのならば発表し たい。最大の目的はG8環境大臣会合で「氷河融解の懸念、氷河湖決壊への懸念、およびに地球温暖化によって被害を受けるヒマラヤ地域への支援」が議長総括 に入れること。そうなればG8の環境大臣会合で議論されることになる。そして洞爺湖サミットへと繋ぐ。「第一回アジア・太平洋水サミット」で私たちが取り 上げた「ヒマラヤにおける氷河の融解」が「別府からのメッセージ」としてバリ会議に提言されたように確かに時間はかかるかもしれないが、こうして1つ1 つ、コツコツと次に繋げていくことが大切なのだろう。どうなるかまったく分かりませんが、私に出来る事は何でもしたい。評論よりも先ずは自身のアクション が大切です。

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