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 三度、イムジャ氷河湖へ。この一年間で3回目のイムジャ氷河湖。


 以前からアンツェリン・ネパール山岳協会会長が「ケン、ヒマラヤの氷河が溶けている影響でクーンブにあるイムジャ氷河湖が決壊の危機にある。決壊すればエベレスト街道の大半が流れてしまう」と話し、また地元の村人からも「イムジャ氷河湖が壊れてしまえばなにもかも失う」と聞かされてきた。そして昨年からイムジャ氷河の視察やICIMOD(国際総合山岳開発センター)、日本水フォーラムと連携し「第1回アジア・太平洋水サミット」にて氷河の融解について問題提起してきた。そして次は問題提起から具体的な行動に移す段階ではないかと私は感じている。

 確かに90年代初期から日本の環境学などの学者によって氷河の調査は行われてきた。世界に先駆けてヒマラヤ氷河の融解による氷河湖の決壊の危険性を世界に訴えたのも日本の学者とのこと。北大、名大、慶大、日大など多くの専門家がこのイムジャ氷河湖の調査を行ってこられた。5000mを超えた高所での調査活動は過酷を極める。日本の学者によって決壊時の警報装置やイムジャ氷河湖のモニタニング装置などが設置されてきた。現場を知る者としてどれだけご苦労されてきたか想像できる。地元のシェルパたちも「ネパールの政治家がまったく関心を示さないのに日本人は熱心に調査してくれている」と歓迎してくれている。また長年の調査のおかげでヒマラヤの氷河問題が世間に知られつつある。

後ろがイムジャ氷河湖

後ろがイムジャ氷河湖

イムジャ氷河湖を目指して

イムジャ氷河湖を目指して。後ろはローツェ 

  先に述べたようにヒマラヤの各地で起きている氷河の融解による氷河湖の決壊が判明した以上は次のテーマとして具体的な決壊対策ではないか。これから求められるのは環境学と同様に土木関係の専門家による調査ではないだろうか。地球温暖化はしばらく避けられないだろう。いずれにせよ地球は温暖化し続ける。人類は温暖化と共に生きていかなければならないのだ。温暖化との共存である。

 回りくどい説明は止めにして単刀直入に言えば今、氷河湖に必要なのは「氷河湖の水抜き」である。どのようにして氷河湖の湖水を抜くのか。オランダと世界銀行は世界最大級の氷河湖と言われているツォロルパの湖水を抜くために1995年にサイフォン式(隙間のない管などを利用し、水をある地点からある地点まで移動させる。水の出発地点が目的の地点よりも高い位置にすることにより、水の移動により管の内部に真空を作り出し、それによって水が吸い上げられるという原理)による水抜きを試みた。しかし、ジョイント部分が破壊し使用不可能になり、湖面の水位は下がらず。4000mを超える高地では厳冬期になにもかもが凍りついてしまう。また土砂がパイプに詰まりやすいとのこと。

イムジャ氷河湖から川が流れている

イムジャ氷河湖から川が流れている

 そして次にオランダが試みたのが水門の設置(開削工事1999年5月~2000年6月)である。当初の予定は湖面水位を約10メートル下げる予定であったが、それでも湖面水位が3メートル下がった。ICIMODOやネパール山岳協会からは水門のおかげでひとまず決壊の危機を免れたとの声が聞こえてきた。私も今年の2月にツォロルパの視察を行い、素人ながら水門の成果に感心させられていた。何故ならば96年にツォロルパに訪れた時にはもう溢れんばかりに水がタプタプしていた。それはまさしくギリギリであった。それが久しぶりに訪れてみたら確かに水位が下がり我々が歩いた湖畔はかつての湖底であった。

イムジャ氷河湖から水が流れ出す

イムジャ氷河湖から水が流れ出す

 しかし、帰国してみると氷河湖に水門を設置することについて不安視する様な意見もあった。たとえば外務省・JICAが2008年3月に作成した報告書「ヒマラヤ山系氷河湖について」の中には、「地質構造が不明解なエンドモレーンを開削し、水門が建設されており、安全面の懸念あり」とはっきりと指摘されてあった。この報告書以外にも他の専門家から「氷河湖の湖畔は岩と氷であり、極めて不安定。水門を作ればかえって土台が緩み決壊につながる可能性を否定できない」との意見も寄せられた。
 
  しかし、同時にネパールでダム建設に携わっている日本人のある専門家は「確かにオランダのやった事はリスクがゼロだったとは言えないだろう。しかし、他の選択肢があっただろうか。それにオランダは海に囲まれているだけに技術がある。地質構造を調べないで水門を作るとは考えられない。オランダは勇気があったと私は評価しています」との意見もあった。

イムジャ氷河の前方部分

イムジャ氷河の前方部分

 氷河湖の水を抜く必要があることには異論は聞かされなかったが、その水の抜き方については様々な意見があった。そして氷河湖によって地形が様々。その氷河湖によって方法が変わってくるのだろう。どのように氷河湖の水を抜くのか、その為にも土木専門の専門家による調査が必要ではないか。そしてなによりも氷河湖が決壊する前に行動に移さなければならない。いくら調査を行っていても決壊してからでは全てが遅い手遅れだ。調査というものはその気になれば永遠と行えるもの。多くの人命が懸かっている以上、調査のための調査であってはならない。

高山病に苦しみながらもイムジャまで

高山病に苦しみながらもイムジャまで辿りついたスタッフの藤村健氏と

 ICIMODの発表によれば決壊のリスクが高い氷河湖はネパールで20湖、ブータンで24湖。そして忘れてならないのが既に氷河湖決壊による洪水はネパールで15回、ブータンで5回、中国6回。我々がこうして視察や調査を行っている間にも氷河湖は確実に拡大しそして決壊しているのだ。明日にもどこかで決壊するかもしれない。そして新たな犠牲者がでる。「早く水を抜いてください」と、シェルパたちの叫びが私の耳から離れることはない。三度のイムジョ氷河湖訪問で残された時間が少ないのだと改めて感じていた。

2008年4月15日 イムジャ氷河訪問にて 野口健

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