2011年1月アーカイブ

今年もコスモ・アースコンシャスト・アクト講演会(主催 全国FM放送協議会・協賛コスモ石油)が始まりました。2002年からスタートし本日が51回目。2002年から全国をグルリと一周し、この講演会では2002年に佐賀で講演してから今回が2回目。ちなみに2002年の時は300人ほどのお客さんでしたが、今回は1300人。みなさん、未だに野口健を飽きずに本当に感謝です。

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 自覚していないのですが、講演中は実に落ち着きのないようです

自覚していないのですが、講演中はキョロキョロと実に落ち着きないようです

ヒマラヤから帰国し最初の講演。しばらく講演会から離れていたので講演モードに切り替われるか内心ハラハラしていましたが、なんとか話せていたかな?どうでした?

 
 なんせ、しばらく標高高い所で生活していたので未だに高山病?ただ冗談抜きで8000mの高峰を挑戦した時は、帰国後しばらく脳のダメージを明確に自覚したりします。それだけ低酸素は体に悪い。

 一緒にヒマラヤに行った藤巻亮太さんも、帰国後早々、日々精力的に仕事をされているので、こちらも頑張らなければ!ちなみに本日の講演会場は佐賀市民会館大ホール。昨年11月に亮さんがライブをした時と同じ舞台。東京は渋谷でやはりCCレモンホール。なんだか嬉しいねぇ~。

 講演直前に舞台裏でソルトさんと(イベント担当者)

講演直前に舞台裏でソルトさんと(イベント担当者)

講演前に控室で著書にサインを入れる
講演前に控室で著書にサインを入れる

それにしても講演会の会場で吸収する人々のエネルギーは「生」なだけに「気」が生きている。会場から人々のエネルギーが渦のようになって私の元に届く。そのエネルギーを受け止めてから今度は皆さんにエネルギーを発信する。そのキャッチボール、そしてコラボがピタッと合い重なった時に講演会の言葉が生きた言葉になる。つまり理想的な講演会とは、「話し手」と「聞き手」の共同作業が阿吽の呼吸で成立した時。一人で話しているようでいて実は会場の皆さんとの会話なのです。

 嬉しい事に満員御礼

嬉しい事に満員御礼

このコスモ講演会は講演だけではなく、講演会の後に本の販売と握手会、写真撮影会があり、これが講演時間と同じぐらい。昨年の東京講演の時は600人ぐらいと握手したかな。一昨年もこれまた多く13時から講演が始まり、握手会が終了したのは19時30分。あの時はさすがにバテた。講演、本販売、握手会、写真撮影会、このフルセットはコスモ・アースコンシャスト・アクトだけ。


はい、ポーズ!
はい、ポーズ!

実は僕じゃなくて、栗城さんのファンでした。
 実は僕じゃなくて、栗城さんのファンでした。まっ、別にいいんですけれどねぇ~

そんなに緊張しないで!怖くないから!
そんなに緊張しないで!怖くないから!

あ~日付間違えたぁ~
あ~日付間違えたぁ~


佐賀大学の学生さん。幸せな瞬間!


佐賀大学の学生さん。目をキラキラさせて、いや~出会いっていいですね!日ごろ、男ばかりに囲まれていますので・・・。幸せな瞬間でした

写真撮影会がスタート。それにしても奥様がお美しい

写真撮影会がスタート。それにしても奥様が実にお美しい


主催者のFM佐賀のメンバーと
主催者のFM佐賀のメンバーと


4月から再びヒマラヤですが、それまではこうして全国を回り様々なメッセージを発していきたい。

機内からレインボーブリッジを撮影
佐賀行きの機内からレインボーブリッジを撮影

300ミリの望遠レンズはここまでよれる
300ミリの望遠レンズはここまでよれる

ヒマラヤを振りかえって

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 無事にヒマラヤから戻ってきました。2年ぶりのエベレスト街道。エベレストとの久々の再会でした。年末年始はこのようにヒマラヤで過ごすのが恒例(昨年はボルネオ島)となっていますが、ヒマラヤで過ごしながら一年を振り返り、そしてこの一年間の出来事、経験を次にどのように繋げていくのか、そんな事を考える大事な時間。

1番 一歩一歩
 

2番

3番

4番

5番 エベレスト街道には至る所にラマ教の壁画がある
エベレスト街道には至る所にラマ教の壁画がある

 今回のヒマラヤの旅ではダワ・スティーブン・シェルパとの再会もありました。彼は私が行ってきたエベレスト清掃活動(2000~2003)の後に、「今度はネパール人がエベレスト清掃活動を行う」とシェルパ自身が声を上げ今日に至るまでエベレスト清掃活動を続けてくれている。もうすでに
15トン以上のゴミを回収したとのこと。

 そのダワ・スティーブン・シェルパとエベレスト清掃活動の話になり、「ケン、あの頃と違うのは最近は温暖化の影響でエベレストの氷河も溶けているんだ。溶けた氷河の中から古いゴミが沢山でてくるんだ」と。そして「リーマンショック後、世界中が不景気で環境問題に関心を持たなくなりつつある。もう一度、このエベレスト清掃活動や温暖化の影響によって氷河が融解していることを世界に伝えるべきだと思うんだ」とのダワ・スティーブン・シェルパの言葉に大きく頷いていた。そして気がついたら「また一緒にやろう!」と握手していた。今年はシェルパ隊と野口隊との合同隊でエベレスト清掃活動を行う。

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 一度、離れたエベレスト清掃活動。その後、「マナスル峰清掃活動」や「ヒマラヤに学校を作ろうプロジェクト(マナスル峰山麓のサマ村にて)」をスタートさせ、しばらくエベレストから離れていたが、またこうしてエベレストに帰ってくる事になったのだ。


7番 ソラーで充電中。
 

ソーラーで充電中。
8番 衛星通信機材でブログデータを日本に送信中
スタッフの小島クンが衛星通信機材でブログデータを日本に送信中


9番 隠し子騒動?
隠し子騒動!?

10番 私の娘とそっくりすぎて
私の娘とそっくりすぎてシェルパの間では「ケンの子供では」との噂が・・・ドキ!.

 清掃活動といっても舞台はエベレスト。最終キャンプの標高は約8000M。8000Mまで登ってゴミを回収するのだ。世界一、過酷で危険な清掃活動といってもいいだろう。それなりの心構えと、それなりの覚悟がなければ出来ない活動。まさか、再びエベレストで清掃活動を展開するとは思ってもいなかったが、しかし、この年末年始、ヒマラヤで過ごし、シェルパの仲間たちと過ごしている内に話が一気に進んでしまった。これが現場力なのだろう。あ~怖い。

 

 エベレストでは「清掃活動」に「登山活動」、このどちらも大切にしたい。

 11番 あっ!スターバックスだ。あれ、よく見ると・・・

あっ!スターバックスだ。あれ、よく見るとマークが山に・・・

12番 差し入れありがとう!
 差し入れありがとう!

「ヒマラヤに学校を作ろうプロジェクト」のご報告ですが、無事に校舎が完成し開校式が昨年
1130日に執り行われ、新たな学校で約100人の子どもたちが学校生活をスタートさせた。時間はかかりましたが、学校はできた。次はこの学校周辺で森作りや、また村人や子ども達が可能な限り自分たちで食料確保(援助に頼り続けないためにも)できる支援策として牧場や農場などの運営を含めた技術などをどのようにして伝えていくのか、次から次へと夢は膨らむが、最近の悩みは「自分のスピードについていけなくなってきた」事なのでビスターリ、ビスターリの精神で、一歩一歩、コツコツと焦らずに、でも確実に歩んでいきたい。

 

最後になりましたが、今回、亮さんと私の第二の古里であるエベレストを一緒に歩けたこと、これは本当に良かった。次はどこかな?アフリカかな?まだ分かりませんが、また亮さんと世界を旅しながら、時に語り合い、またお互い好きな写真をパチパチと撮り合い、素敵な時間を過ごしたい。亮さんのブログにも書いてありましたが「男のロマン」です。


今どき流行らない言葉かもしれませんが、「男のロマン」、これは哲学として何よりも大切にしたほうがいい。とっ、私なんかは考えています。

 

カラパタール峰山頂でのライブ、私、亮さんのビデオカメラでバッチリと撮影していますので、いつの日にか皆さんにも・・・と密かに期待しつつも、自分だけの宝物にもしたいような・・・でもやっぱりあの感動を出来るだけ多くの人にも共有したいなぁ~と、そうなればいいですね。

 13番 人生の友、これからも世界を一緒に歩き撮影しよう!

人生の友、これからもカメラ片手に世界を一緒に歩こう!

14番 寝顔ばかりの小島クン、今日は凛々しい?
寝顔ばかりの小島クン、今日は凛々しい?

15番 ダワタシさん、エベレストもよろしくね
ダワタシさん、エベレストもよろしくね

16番 

それでは、ナマステ!

龍さんにご挨拶

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山の先輩、橋本龍太郎さんのお墓がエベレストの麓、タンボチェの丘にある。東京、岡山、そしてヒマラヤと三か所に分かれている龍さんのお墓。今年はこうして大晦日の日に東京、岡山、ヒマラヤの龍さんとそれぞれにお会いできと事がとても嬉しい。ご本人からの「それにしても本当にうるさい男だ!いちいち来るな!」との声が聞こえてきそうですが・・・。

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ヒマラヤの龍さんを前にこの一年間の出来事のご報告。特に2010年は色々な出来事が本当に激しかった。新たな活動もスタートしたり。その中にはひょっとすると龍さんの意に反する事もあったのかもしれない。しかし、私なりに正しいと思い始めた活動などを含め報告事項が多すぎて大変でした。

 

それにしても龍さんにはよく怒鳴られた。「お前の気持ちは分かるけれど思いだけで突っ走るな!」「なんでお前の考え方はそんなに単純なんだ!この単細胞!」「いちいちそんなくだらない事で相談してくるな!」等など。それなにに数日後に龍さんからのお葉書が届き「あれどうなったの?」と書かれてあったりと、本当に龍さんとの思い出は限りがない。


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2007年は龍さんの木製のピッケルと共にエベレストの山頂にたった事の出来事がまた印象的だった。龍さんから託された古い木製のピッケル。通常、ピッケルはテントの表に刺しておくものですが、寒さでひびが入っても困るので寝るときはテントの中に入れ寝袋の隣にそっと置き寝るのだが、夜中に寝返りをうつたびに龍さんのピッケルが体に食い込み痛くて目が覚める。その時にふと感じるのは、龍さんご本人にもだいぶ気を使ったが、まさか龍さんのピッケルまでに気を使うとは思わなかったと、一人苦笑。この古い木製のピッケルと過ごす日々の中で龍さんを感じる事ができる。その事が何よりも嬉しいし愛おしい瞬間でもある。男が男に惚れるとはそういう事なんです。

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龍さんには「龍さんの地元では龍さんの秘書を務めていた片岡聡一さんが市長で地元を守っています。また秘書の藤村健さんも龍さんの弟さんの大二郎さんを支えて頑張っています。そして227日は龍さんの地元で僕も片岡さんも藤村さん?も一緒にチーム龍の気持ちを抱いてフルマラソンを走ります!応援していてくださいね。では次回は4月にまた来ますね。その時は頂きまで一緒ですからね。守ってね。」と伝え後にしました。今年も再び龍さんのピッケルと共に世界の頂を目指す。

風を撮る

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コンデリ峰上空を激しく流れる雲が虹色に。
コンデリ峰上空を激しく流れる雲が虹色に。

秒単位で姿を変えていく雲
 秒単位で姿を変えていく雲

エベレストとローツェの間の雲が渦を巻いていた

エベレストとローツェの間の雲が渦を巻いていた

ヒマラヤ遠征前、私のツイッターに「風を撮影してください」といったようなお願いがあり、「風の写真を撮ってくださいかぁ~、なるほど、これは面白い依頼だなぁ~」と。それで今回のヒマラヤ遠征のテーマの中に「風を撮る」を加えましたが、これはなかなか難しい。当たり前ですが風自身は肉眼でそう見えるわけではない。したがって風によって起きる様々な現象から「風」を表現しなければならないわけです。例えば雲、雪、砂、水などの動きが分かりやすい。よくよく意識して周りを見渡していれば意外と目に入ってきますが、何が難しいかと言えば、歩きながら他の事を考えていたり、また気持ちの中からその意識そのものが消えていればそれらの現象は日常生活の一コマの中に紛れてしまい気がつかないまま視界の右から左へと流れていく。つまり見逃してしまう。写真を撮り始めてから気がつくのはいかに多くの景色や様々な現象などを見逃しているか、です。好奇心や探究心がないと、人は直接的な関心事以外は気がつきにくいもの。

 

確かに目に入ってくる情報量はかなり膨大なので、仮にその1つ1つ全てを意識し追及していったらパンクしてしまうだろうし。したがって何かのテーマを見つけた時にはその時には集中し追及していけばいいのかなぁ~と思います。今回は「風」というテーマを頂いただけにいつもより多く空を眺めていたような気がする。どれだけ「風」を表現できたのか分かりませんが何点か選んでみました。どうでしょうか?


まるで飛行機が雲海の中に突っ込んでいくような感覚だった
まるで飛行機が雲海の中に突っ込んでいくような感覚だった

悪魔のダンスが始まろうとしてる - コピー
悪魔のダンスが始まろうとしてる

吹き上げられた砂埃
吹き上げられた砂埃

風を感じる為に空を感じていた
風を感じる為に空を感じていた

「カラパタール」と「3月9日」

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チュクンリー峰に登頂し、次の目標はカラパタール峰(5545M)。前日のディンボチェ村からチュクンリー峰往復の心地よい疲れを引きずりながらロブチェ村へ。途中、トゥクラの丘にある無数の慰霊碑の横を通る。主にエベレストやこの周辺で遭難した方々の名前が刻まれた墓標。その中には99年、私と一緒にエベレストに登頂し下山中に滑落し亡くなった英国人の名前など、知っている登山家の名前を見つけては眺め、そして「山では決して死んではならない」と心に誓うのだった。
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 バックはヌプツェ峰
バックはヌプツェ峰

この日の亮さんは今一つ体調が良くないようで、少し元気がなかった。とっ、言っても今までが元気過ぎたのだが・・・。ロブチェ村につき温かい生姜湯を何杯も飲む。高所では水分補給が大切。6000M以上の高所では一日5~6リットルの水分補給が理想的になる。脱水症状により血液が濃くなる。また酸欠による

チュクンリー登頂(5404M)!

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 新年明けましておめでとうございます!年越しをパンボチェ村(3930M)で迎えました。ただ、大晦日からエベレスト街道は雪。年越しはソバではなく、日本から持ってきたウナギと乾き物を食べた。そして流石にこの標高でアルコールをガブガブ飲むわけにはいかないので、亮さんと二人でグラスにウイスキーをちょこっとだけ入れて、まずは香りクンクンと楽しみながら、そして最後は舐めるようチビチビ楽しみました。その横で小島クンは一人コーラを飲む。年越しをヒマラヤで、しかも山の仲間たちや親友と迎える。これ、最高の贅沢。

 チュクンリー登頂!
チュクンリー登頂!

亮さんと(バックはローツェ)
 亮さんと(バックはローツェ)

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 1月1日は雪の中、ディンボチェ村(4410m)へ。このディンボチェ村で二泊。高山病対策のため、高所順応を行う。1月2日はチュクンリー峰へ。午前8時30分にディンボチェ村を出発し5500メートルのチュクンリー峰に登頂したのは午後2時30分ごろ。天候は快晴無風と完璧でマカルー(8,462m)やチョーオユー(8201m),ローツェ(8516m)といった8000メートル級の山々の眺めを思う存分に楽しんだ。それにしても驚いたのが亮さん。初ヒマラヤでありながらも元気あり過ぎ。チュクンリー峰に向かう日の朝、起きたら亮さんがいないので「あれっ」と思って、山小屋から亮さんの姿を探していたら、駆け足で4600メートルの裏山から駆け降りてくるのだった。「どんだけ元気なんですか!」と。「いや~気持ち良かったですよ!」と。今まで色々な人をこのエベレスト街道に案内しましたが、一般的には高山病の症状がでるポイント。亮さんは例外中の例外。これには心底たまげたぁ~。

カンテガ峰(6783M)パンボチェ村から撮影
カンテガ峰(6783M)パンボチェ村から撮影

 夕暮れ、ピンクに染まるアイランドピーク峰(6189M)
 夕暮れ、ピンクに染まるアイランドピーク峰(6189M)

夕日に照らされるローツェ南壁
夕日に照らされるローツェ南壁

見事なヒマラヤひだ
見事なヒマラヤひだ

アマダブラム峰(6814M)ディンボチェ村から撮影
アマダブラム峰(6814M)ディンボチェ村から撮影

チュクンリー峰からディンボチェ村に戻ったのは17時過ぎ。約1000メートルの標高を一気に登り降りてきたので疲れましたが、高所順応は極めて順調。風邪をひいて喉がハスキーボイスになっていましたが、そのせっかくのハスキーボイスも治りいつものかん高い声に戻ってしまった。憧れのハスキーボイスも3日でお終い。

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1月4日にカラパタール峰(5455M)を目指して今日もエベレスト街道を進んでいます。

2011年1月3日 ロブチェ村にて 野口健

カラパタール無事登頂!!

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野口健、藤巻亮太、小島光輝は、ネパール時間午前10時30分(日本時間13時45分)カラパタールに登頂することが出来ました。
登頂を果たした3人のコメントが届いております。
3人の声はこちらより。

野口
「ネパール時間午前10時30分、無事にカラパタールに登頂できま した。朝は風が冷たくて寒かったのですが、天気も良くて最高でした。
本当は山頂から電話しようと思っていたのですが、藤巻さんの演奏にライブに感動して、電話するのを忘れていました。今、下山中で、下の村に向かっている途中です。カラパタールは19歳で、初めてヒマラヤに来たとき登って、それ以来、何回も登っていますけど、こんなに感動したのは初めてです。「3月9日」最高でした。では、亮さんに代わります。」

藤巻
「無事に山頂まで行くことが出来ました。山頂でギターを弾くことができたのが、最高に気持ちよかったです。何かの形で届けられたらなと思っています。これから、無事に日本に戻りたいと思っています。」

小島
「おはようございます。無事にカラパタールに登頂することが出来ました。山頂で藤巻さんの演奏が聞けて、最高でした。」

野口
「では、そんなわけで、これからダッシュでルクラに向かい、日本に帰ります。では、ナマステ!!バイバイ。」

多くの皆様のご声援、本当にありがとうございました。

カラパタールに向けて、出発しました。

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先ほど、野口より電話がありました。
カラパタールの頂上目指し、出発しました。
野口の声はこちらより。

「今日は、1月4日。ネパール時間の午前6時40分。
ロブチェ村から出発して、カラパタールの山頂目指して、歩いています。
今朝は、マイナス15℃くらいでしょうか。今、太陽が出てきて、やっと明るくなりました。
朝、5時起床、6時出発。亮さんも小島も元気です。
亮さんは、昨日、ちょっと高山病も影響出ていましたが、
さすがですね、今朝は完璧でした。
これから、4時間くらいで、山頂に登頂予定です。
では、行ってきます。」

チュクンリ峰、登頂!!

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先ほど、野口より電話連絡ありました。

「本日、3人無事に、チュクンリ峰(5550m)に登頂。今日は、これから、ロブチェ村に向かい、明日、カラパタール(5545m)山頂を目指します。3人とも、体調は非常にGood!特に亮さんは、元気です。驚いた事に、朝起きたら、山を走っていました。これには、ビックリ!!今まで、いろんな人をヒマラヤに連れてきましたが、こんな元気な人は初めてです。」

3人は、明日、今回の目標の山“カラパタール”を目指します。

あけましておめでとうございます。
2011年1月1日、野口は、ヒマラヤにて新年を迎えました。
野口、小島、藤巻さんとも順調に高度順化しながら、現在、ディンボチェにいます。現地からの野口の声を収録しました。
野口の声はこちらから。

 「新年明けましておめでとうございます。ヒマラヤのディンボチェに来ています。標高4400m、とっても寒いです。喉がやられまして、ハスキーボイスです。今年はイメチェンはかりまして、このハスキーボイスで行こうかなと思っています。
冗談はさておき・・・
今、エベレストのふもとの村にいます。つい、昨日も真っ赤に染まったエベレスト見ましたけど、やっぱりエベレストですね。
今年もう一度エベレストやりたいと思っています。
4・5月もう一度行こうと決めました。
シェルパの話を聞いていると、氷河がかなり溶けていて、
氷河に埋まっていた昔のごみがかなり出てきたということです。
清掃も含めて、もう一度エベレストと思っています。
去年はいろんなところに行って、エネルギーたくさん吸収しましたので、
今年は勝負の年にしたいなと思っています。
今、小島君と藤巻亮太さんと3人でディンボチェにいますが、
藤巻さんが一番元気です。めちゃくちゃ元気です。
やっぱり体力が違いますね。
これから、数日かけてエベレストBCまで上がっていきます。

では、今年もよろしくお願いします。
ナマステ!」

美しいものを美しいと感じる心

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 高所順応のためナムチェバザール村に二泊。写真撮影を行いながら日本人経営のエベレストビューホテルやクムジュン村に訪れながらの散策。歩いている方が順応しやすいのです。夕方、夕陽に染まるエベレストを見たくてデェンディー・シェルパと二人で2時間半、凍えるエベレストビューのバルコニーで待機。冬のヒマラヤとあって風がまた冷たい。途中、風邪気味なので夕日を諦めてナムチェバザール村に戻ろうとも考えたが、そんな事では写真は撮れないとジッと堪えた。あれだけ待たされたのに、夕陽はあっという間に沈んでしまう。

エベレストビュー・ホテルから眺めたエベレスト
 エベレストビュー・ホテルから眺めたエベレスト(左奥に頂が見える)

 夕日に輝く世界の頂
 夕日に輝く世界の頂


神なる母アマダブラム峰
 神なる母アマダブラム峰

 

露出を変えながら必死にシャッターをきった。素人ながらもファインダーを覗きながら「来たー」とその瞬間を興奮しながらも、「冷静に冷静に」と自身に声をかける。美しい世界は美しい。美しいものを美しいと感じる心、この一見あたり前の感情をいつまでも保つ事は意外と難しかったりする。慣れというものは怖いもので人は徐々に感動しづらくなる。


 ヒマラヤひだが見事なタムセルク峰
 ヒマラヤひだが見事なタムセルク峰

私は感動する心を失う事が何よりも怖い。だからカメラを始めたのかもしれない。写真を通して伝える。その為には様々な角度から見たくなる。そしてそこに新たな発見がある。また時間を作っては美しい世界に訪れているのかもしれない。自然が私の感性を養ってくれている。感動する心を何よりも大切にしていきたい。

ちょっとキザに決めてみました。

ナムチェバザールとコンデリ峰 

 ナムチェバザールとコンデリ峰


明日はパンボチェ村へ。アマダブラム峰の山麓の村。シェルパはアマダブラム峰を「神なる母」と呼ぶ。美しい峰。カラパタール峰までの道のりはまだまだ続く。

 

20101212月30日 ナムチェバザール村にて 野口健

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