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産経新聞連載「野口健の直球&曲球」

東日本大震災

2019/03/14

産経新聞連載「野口健の直球&曲球」

東日本大地震から8年。
もう8年なのか、まだ8年なのかは人それぞれ。揺れ動く感情もあります。
今日の産経新聞(連載記事)に東日本大地震の現場入りした時の気持ち含め書きました。
正解はない。
ただ人はそれぞれ何かを背負って生きていかなければならないわけで。
歯を食いしばりながらも必死に生きていかなければならない。

2019年3月14日 産経新聞掲載
『「震災8年」生き延びたことの意味』
東日本大震災から8年。震災発生後、寝袋を届けるために被災地に向かったが、海岸沿いの道路は寸断され、被災地に近づくこともままならなかった。
内陸部から山道をくねくねと進みながら高台にでたときに下の方から漂ってくる悪臭に思わず車を止めた。早朝でまだ薄暗く海岸線は見えなかったけれど、体にまとわりつく腐敗臭にゾッとさせられた。これからわれわれが向かう先で待ち構えている現実が何を意味しているのか直感的に捉え、体の芯からブルブルと震えがくるのを抑えることができなかった。

 8年たった今もあの臭いが忘れられない。そして、延々と続くがれきの山に灰色の空。津波とともに発生した大火災。黒焦げになった車や校舎に散乱するアルバム。まるでタイムスリップして大空襲直後の東京に迷い込んでしまったかのような...。目の前の現実を受け止められない。自衛隊車両がひっきりなしに行き交う姿がまるでテレビの音量をゼロにしながら戦争映画を眺めているようだった。

 「自分だけが助かってしまった」「なぜ私が助かってあの子は死んでしまったのか」。そんな声も多く聞いた。助かってしまったことへの罪悪感。僕は、それに返す、たった一つの言葉も見つけられなかった。

 「もう8年」なのか「まだ8年」なのか、は人それぞれだろう。僕の中では何かが止まったままだ。それが何なのかは分からないが、「自分だけが助かってしまった」との言葉はぼんやりと脳裏の片隅に漂っている。

 登山家として共通のテーマを抱えているせいかもしれない。「助かった人」と「助からなかった人」との違いは何か。よくそのことについて考えたりもする。結論に達することもあるが、大半は結果論でしかない。運命だったのだとあらゆる感情をのみ込むこともある。そもそも違いを探る行為や意味を求めること自体が無意味なのかもしれない。

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