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「ヒマラヤの上空を旋回する軍用機
〜北京オリンピックの悲劇〜」

(写真はクリックしたら大きくなります)

 5月3日、最後の峠を越えやっとこさルクラ村に戻ってきた。約一ヵ月間、歩きっぱなしであった。いやはや、なかなか堪えた。途中、ルクラ村の手前にシャクナゲなどが至る所に咲いており、まるでお花畑であった。久しぶりに見る色が新鮮でしばらく見とれていた。赤にピンクに黄色に緑に、そして香り。岩と氷の世界から命あふれる世界に戻ってきた安堵感に包まれ幸せであった。しかし、気になったのがこの時期にしてはいささか早咲きであるとのシェルパの一言。

 ああ、そういえばエベレストのベースキャンプも4月中旬であったにも関わらず氷河が溶けだし至る所で水が流れ川となっていたのを思い出した。今頃、どうなっているのだろうかと心配。アイスフォールの一部が崩壊しシェルパ3名がクレバスに滑落し負傷したとのニュースも聞いている。三浦隊のみなさんはお元気だろうかと心配しながらも大ベテランの三浦さんに限っては大丈夫だろうと、ただ今年ばかりは自然現象よりも北京オリンピックの悪影響でそれ以外の部分でさぞかし精神的にもスケジュール的にもご負担になっているに違いないと気の毒でならない。

*三浦雄一郎さんのエベレスト遠征の模様はこちらに詳しく紹介されています。



 自然現象よりも人間社会のほうがよほど怖く、またたちが悪い。なにしろエベレスト街道には中国から私服に化けた公安、または情報機関などのいわゆる工作員ら約50人が潜んでいるとのこと。そしてベースキャンプにも中国大使館員と思われる人物がテントを張り監視活動を行っていた。メラピーク登山最中にもダークグリーンに塗られた軍用機がエベレスト上空を何度も旋回しているのを目撃した。

 やれ5月10日まで上部キャンプに上がってはならないだとか、信じられない事に登山隊付きの医師までもが「ベースキャンプから退却せよ」とのお達しがネパール観光省からあったとのこと。そして山頂を目指していたアメリカ人登山家が「フリーチベット」(チベット解放)と書かれた旗を持っていただけなのにエベレストから追放されてしまったとか。なにゆえに中国は越境までしてネパールにそこまで圧力をかける必要があるのか。そこまでしてなにを隠したいのか。中国はチベット問題を「内政干渉」と表現されるが、ネパールで行っている行為はどのように説明されるのだろうか。内政干渉どころかネパールを完全に支配下におき属国扱いしているではないか。

 「言論の自由」が一切許されない、まるで戦時中の日本の憲兵による、またはナチのゲシュタボのような異常な監視体制化下の中で山頂を目指さなければならない全ての登山隊がまことに不憫でならない。聖火リレーを走った日本人選手の中に「スポーツと政治は別ですから」とのコメントがあったそうな。いかにも綺麗な「正論」でしょう。しかし、もしチベットでの悲劇を目の当たりにしたら、その「正論」が通用しない世界があることを知るに違いない。なにしろ「ヒマラヤ登山」という「スポーツ」が中国の政治によって弾圧されているのだから。

 春の美しい花に見とれながら、しかしその上空を旋回する軍用機に人間の愚かさを感じ、また人はいつの時代も同じ過ちを繰り返すものだと、ヒマラヤの大自然はそんな人々の姿をさぞかし滑稽に感じていることだろう。

2008年5月3日 ルクラ村にて 野口健