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落ちこぼれから始まった冒険人生
私がモンブランの玄関口、シャモニーに入ったのは、1990年8月上旬であった。冒険家の故植村直己さんの著書「青春を山に賭けて」を何度も読み返していたため、私の頭の中にはしっかりとモンブランのイメージが出来上がっていた。植村さんが初めて海外の山に挑戦したのがモンブラン。そしてクレパスに落ちてしまい、奇跡的に途中でひっかかり助かった。世界の植村へと羽ばたく第一歩の山は、植村さんにとっても大きな冒険であった。
私もこのモンブランに全てをかけていた。中学生時代から成績が落ち込み、落ちこぼれとなった。中高一貫の全寮制の学校に通っていたが、高校へはあまりの成績の悪さにに仮進級という形で、かろうじて許された。

英国の日本人学校の高校2年生のころ |
しかし、「仮」はしょせん「仮」であった。機会があるごとに、先生から「お前は仮なんだぞ!」と言われた。同級生で優等生の女の子を好きになり交際したが、今度は「兵隊がお姫様を好きになるようなもの」とまで言われ、学校を挙げて交際を反対された。反省文も書かされた。職員室にも連日のように呼び出された。
私は、叱られる生活にも慣れており余裕があったが、優等生の彼女は別であった。精神的に追い詰められ顔色が悪くなっていった。いかなる状態においても弱音を吐かない彼女であったが、私は彼女の苦悩が自分のせいで起きていることに苦しんだ。その時、私は心に決めた。
学校に認めてもらえる人になる!なぜならば、優等生同士の交際に対しては学校が黙認していたからだ。植村さんの本に没頭していた私はその影響もあり、学校では誰一人やっていない山登りを自己表現の手段にしたいと考えた。いや、それしかなかった。
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