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アコンカグア


ベースキャンプ手前から見たアコンカグア山頂(左側がピーク)
 メンドサからパスでチリ国境付近のプエンテデルインカまでバスで移動するが、このアンデスの高原地帯はどれだけの距離を走ってもパスからの景色が変わらない。地平線まで見えてしまう。日本のように絶えず視界に障害物があるわけでなし、ひたすらに広く雄大であった。

 プエンテデルインカからは歩きでムーラというロバのような動物に荷物を乗せ、2日間かけて4200メートルのベースキャンプヘと向かう。このBCまでのルートも距離感がつかめない程に障害物がなく広い。目標を設定して歩けないので疲れる。

 BCについて、今度は2人とも高山病で頭痛に苦しめられる。頭が内部から爆発するような痛さ。吐き気、下痢、発熱、生き地獄である。私はキリマンジャロを思いださずにはいられなかった。しかも、ここはまだBCだ。ここからが登山となるのにこの苦しみように私も秋山もすっかり自信を無くしていた。民宿アコンカグアでは「堂々とサインを出来るような人になるぞ」と気合いを入れていたのに、あまりにも呆気なく自信が吹き飛んでしまった。情けない…。

 高山病の症状が治まり、BCから上部へと移動したが、ここはネパールと違ってシェルパがいない。荷物は全部自分で運ばなければいけない。5000〜6000メートルで重い荷物を背負うのがこれ程まで辛いとは知らなかった。日本の山では40キロ近く運べるのが、20キロでお手上げであった。呼吸が整わず、足もなかなか動いてくれない。それでも2人でモクモクと荷揚げを繰り返した。

 そんなある時、キャンプ1(5300メートル)のテントの中で寝ていたら、突然呼吸が苦しくなり、身動きがとれなくなった。動いたり呼吸すると肺が痛くてしかたがない。私は秋山に言った。「秋山、起きてくれ。俺、肺が痛いんだけど、どうしたらいいのかな」「うーん、もうちょっと休んでいたら…」と言って、また大きないぴきをかきながら寝てしまった。しようがない。1人でジッとしながら太陽が上がるのを待った。

 午前5時30分、待ちに待った太陽がやっと顔を出した。もう1度、いぴきをかいている秋山を起こした。「秋山、やっぱりまだ肺が痛いんだよ。BCに降りたほうがいいよね」。だが、秋山は「うんうん。う〜ん」とか言って完全に寝ぼけていた。

 もう仕方なく1人で準備をしてBCへと向かって歩き始めた。ただ、呼吸をする度に肺が苦しく歩くに歩けない。なんとか、這うようにして1時間程歩いていたら、上部の方から転がるようにして降りてくる人がいる。よく見ると秋山だった。ビックリして彼を待つと「ごめん、ごめん。僕、寝ぼけていて…。本当にごめん」とひたすら謝ってくる。「いや、いいんだよ。俺平気だから」と言っても、彼はただただ申し訳なかったと繰り返した。

 2人でなんとかBCまで下りた。フランス隊に医者がいたので診てもらったが、フランス語しか話せず、なにをいっているのかサッパリ分からない。どうやら、もう上にはいくな、といっているらしいが、どうして肺が痛むのか、まったく分からなかった。秋山を半分、強引に連れてきたのだ。自分に責任で遠征を失敗させるわけにはいかない。私は悩んだ。ちょうどその頃、クリスマスで、BCでは皆がワインやシャンパンで酔っていた。私もクヨクヨ悩んでもしょうがいと割り切り、この日ばかりは歩けなくなるほどアンデスのワインに酔った。