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マッキンリー


マッキンリーの山頂直下で。単独行だったが、別の隊に撮ってもらった。

 巨大なカヒルトナ氷河を1人黙々と歩くが、あまりにも広すぎるため距離感がつかめない。そして、ヒマラヤと違ってシェルパがいない。60キロ近い装備を1人で運ばなければならない。リュクサックとそりに分けるが、このそりというやつが体にこたえる。腰につけているハーネス(安全ベルト)からロープでそりを引っ張るのだが、普段、腰で荷物を引っ張るという行為を行わないため、すぐに腰痛になった。

 また、平らな場所や、登り坂はまだいいが、これが下り坂になると、もう大変だ。後ろからそりが私目掛けて突っ込んでくる。クレバス落下防止のため、スキーを履いているから、踏ん張れずに横転してしまう。スキー板を履きながら転ぶと、立ち上がるのにどれだけエネルギーを浪費することか。私は、この慣れない歩き方に必死だった。なにしろ私はスキーを履いたことすらほとんどなかったのだ。

 そして、このマッキンリーではクレバス落下防止のためにもう1つ工夫をしている。単独で氷河を移動する時は、常にクレバス落下の危険性にさらされる。ただ、幅2メートル以上の大きなクレバスに関しては、発見しやすいのでさほど危険ではないが、問題なのは1〜2メートルの小さなクレパスである。

 風が強いこの山ではいとも簡単に雪がクレバスを覆ってしまう。つまり、目に見えない落とし穴が出来てしまうのだ。このような雪に覆われて隠されたクレバスの事を「ヒドンクレバス」と呼ぶ。そのヒドンクレバスがこのカヒルトナ氷河には無数にある。単独ではザイルを結び会うパートナーがいない。そこで腰のハーネスに2メートル程の竹竿をくくり付け、ヒドンクレバスに落下するのを防ぐのである。竹竿がクレバスの縁にひっかかり、落下を阻止するという原理である。植村さんが単独登頂した際、考えた方法である。この植村流を、私も使うことした。

 慣れないスキーにそり、そして2メートルの竹竿、60キロの重たい荷物、そして単独という孤独感、どれもこれも私には必死であった。大蔵隊のスピードにはついて行けずマイペースで行動していた。カヒルトナ氷河は谷底にあるため、1度霧が沸くとしばらく視界がなくなる。ひどくなると、自分の足すら見えなくなる。

 歩き始めて3日目、私は1人黙々と霧に覆われた氷河の中を歩いていた。大蔵隊に遅れをとったという焦りもあった。単独登山といいながら、心のどこかで大蔵隊をあてにしていた。近くにいれば安心する。その日は足先や手を伸ばすと、もう見えなくなるぐらい濃い霧だった。方向もコンパス以外に頼るものがない。風もなく何一つ音も聞こえない。聞こえるのは自分の荒い呼吸音と、引っ張られるそりの音ぐらいだ。

 どれだけ歩いたのだろうか。突然「ストン」と体が軽くなった。しかし、なにがおきたのか良く分からなかった。あれっと思ったら、両足が空中にプランプランしていた。その次の瞬間、腰の竹竿がギシギシと音をたてて軋みだした。ああ神様、なんてことだ!私はクレバスに落ちたのだ。

 それから先の事は記憶にない。恐らくピッケルを反対側に引っ掛けて這い上がったのだろう。気が付いたらヒドンクレバスの横であ然としてしゃがみ込んでいた。なんで助かったんだ。いや、なんで落ちたんだ。頭の中がパニックになっていた。前日、そりが後ろから突っ込んできて、転んだ際にストックを折ってしまい、スキーを諦め途中で置いてきてしまったのだ。それがヒドンクレバス落下の原因だった。

 30分程、私はそのヒドンクレバスの横でしゃがみ込んだままだった。山で初めて死の恐怖に襲われた。死の世界があまりにも近く感じられ、恐怖に震えた。しかし、同時に今自分が生きていられることの幸運を感じられずにはいられなかった。

 自分には運がある!よし、必ず登頂して生きて日本に帰ってやる。出発前に山岳会の先輩が言った「お前が単独でマッキンリーに行ったら死ぬぞ」という言葉を思い出した。冗談じゃない。「俺はやるぞ」と、ヒドンクレバス落下が逆に私の心にムチを入れた。