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七大陸制覇まで
エベレスト
 1997年5月28目午後5時、7800メートル地点で私はついにチョモランマ(エベレストのチベット名)の登頂を断念した。地吹雪のごう音の中、希望を失い、挫折感に身を包まれながらフラフラと下山する私の姿は、同行取材していた毎日放送の北川カメラマンのカメラに記録されていた。帰国してその映像を見たとき、あまりにも哀れな自分の姿が情けなく、力が抜けた。敗退ではない。敗北であった。

 2月18日、我々亜細亜大学チョモランマ登山隊は世界最高峰を目指して日本を離れた。「7大陸最高峰登頂最年少記録なるか!」と、マスコミは騒ぎ立て、しまいには記者会見まで開く事になった。失敗してしまったら一体どうなってしまうのか。不安がないわけではなかった。



ベースキャンプ(BC)からアタックベースキャンプ(ABC)へ、ヤクで荷物を運ぶ。後方がチョモランマ

 チョモランマ初挑戦はモンスーン到来をにらんだ、常に時間との戦いであった。4月7日にべースキャンプ入りしたが、上部が大雪のために予定が10日以上遅れた。

 それでも21日、順調に7000メートル地点のノースコルに到達した。しかし、極度に乾燥し、冷えきった空気に肺や気管をやられて咳き込み、それがきっかけで肋骨を痛めた。順調に行っていると思っていた。がまんしながら上部キャンプ設営のため前進していると、ろっ骨が耐え難い痛みを持ち、ベースキャンプまで下りることを余儀なくされた。医者がいたので診察してもらったら、ろっ骨の骨折と診断された。