チョモランマ清掃登山を支える人たち
〜シェルパ編〜
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李氏と野口 |
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グルジア隊員の医者のズ-ラ |
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長年の友、デンディー |
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チベッタンの皆さん1 |
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チベッタンの皆さん2 |
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2001年4月14日 13時30分、ついにチョモランマのベースキャンプに到着。昨夜雪が降った為、チョモランマは真っ白く化粧されておりその姿は美しいが、清掃隊としての活動を思うと、美しさに見とれてばかりはいられない。というのは、山中のゴミが雪に埋もれてしまい発見が難しくなるばかりか、発見後も凍りついている雪をピッケルで砕かなけらばならなくなるからだ。この作業は、8000メートル付近の高所では口から心臓が飛び出しそうなほど大変な運動。思い起こせば、昨年2000年のチョモランマ清掃登山活動も雪にさんざん苦しめらた。毎日の重労働でシェルパ達も日に日に痩せていく様がわかり、僕は申し訳ない気持ちで一杯になった。そんなチョモランマ清掃登山だが、今年2001年もシェルパの人たちをはじめ、チョモランマ清掃活動には多くの人が協力してくれている。
この過酷な世界最高峰の清掃はシェルパなしにはありえない。昨年も22人のシェルパが頑張ってくれた。残念なのが、そのうち3人がすでに他界してしまったこと。2人が病に倒れ、1人が2000年秋にチョーオユにて雪崩に巻き込まれ行方不明となった。体を酷使しながらも充分なケアーがなされずに病や事故に倒れていくシェルパ達…。その事実を知りながらもシェルパを雇って行なうチョモランマ清掃活動。矛盾を抱えながらも、この清掃登山が持つ重要性を考え、今年もその隊長としてチョモランマに帰って来た。僕は、彼らにたいして隊長としての責任をどのように果たさなければならないのか、常に自問自答を繰り返す。今年もこのチョモランマ清掃活動が終わったらカトマンズで彼らを病院に連れて行き健康診断を受けてもらおうと思う。
昨年の活動期間中に我が隊のキッチンボーイが高山病に倒れたことがあった。医師から、急性で危険な状態だと伝えられ、迷わずカトマンズへ緊急帰国させたことを思い出す。
命を預かる事の重みをひしひしと感じながら、皆を無事にネパール、韓国、グルジア、チベットに帰さなければならない。
いまさら言うまでも無いが、再度“安全第一”の言葉を胸の奥にしっかりと刻んだ。
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