2006年8月アーカイブ

長瀞から戻る

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  8月28日~31日までNHKの「生活ホットモーニング」のロケで埼玉県長瀞に出かけていました。長瀞に流れる荒川での鮎釣り、長瀞ライン下り、武甲山登山、など長瀞やその周辺の自然を満喫してきました。東京と同じ関東に素敵な自然があり、その自然の恵みと共存している人々を取材してきました。
 
 放送日は9月14日、午前8時35分からNHKの「生活ホッとモーニング」で放送されます。
 
 それにしても、晴天が続き暑くて暑くて大変でした。また秩父は盆地で特に暑い。猛暑にクラクラ。今年は行いが良過ぎたのか、雨男がそのパワーを発揮していません。嫌いな夏、早く終わって爽やかな秋、そして大好きな冬が待ち遠しい。明日は待ちに待った人間ドッグ。ヒマラヤ・マナスル清掃を終え、帰国してからずっと人間ドッグでの検査を希望していたものの、なかなか日程調整できず明日になりました。何度も人間ドッグを入れて欲しいとお願いしていたものの、スケジュールがつかないとの事で、ズルズル。そして気がつけば10社以上もの生命保険にかかっており、あ~なるほど 人生色々あるものです。冗談ですが・・・?
 

 そして明後日から再び富士山清掃。今度はどんなゴミと格闘するのか。前回の富士清掃は粗大ゴミが多く、腰を痛めました。自身がゴミにならないよう気をつけてきます。

小池大臣との富士山清掃!

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 今日は参加者約100人そして小池環境大臣と一緒に富士山の樹海で清掃活動が行われました。いやいや、今日の現場は富士山クラブとしても手を付けていなかったポイントでものすごいゴミの大群でした。2時間で約4トンほどのゴミ回収。小池大臣もご多忙でお疲れだったでしょうに、足場が不安定な急斜面に捨てられていたゴミを休憩される事なく拾い続けていました。環境省のトップが自ら現場で汗を流しながらゴミを拾ってくださる姿に日々現場で活動する我々は感動しました。今まで、現場と行政の間には絶えず温度差がありました。清掃に参加してくれた環境省のレンジャーも「こんな酷いとは思わなかった」と驚くほど富士山は汚れています。環境問題は現場感覚が大切。現場で危機感を感じるものです。

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 そして今日は沖縄からの参加者の方もいました。わざわざ沖縄から駆けつけてくださりましてありがとうございます。富士山も喜んでいます。この活動がさらに広がり富士山が世界で最も綺麗になるまで私も頑張ります。今日は勇気と希望を腹いっぱい感じた一日でした。参加者の皆さん、富士山クラブの皆さん、そして小池大臣、本当にありがとうございました。
 
 そして今日はこれからブログを書き終えてからNHKの「生活ホットモーニング」のロケで埼玉県の長瀞に向かいます。今日から3日間のロケ。さ~て、今度は美しい自然に触れてきます。それでは行ってきます!
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明日は小池大臣と富士山清掃。これから山梨に向かいます。今日は武道館で24時間テレビに出演してきました。久しぶりに再会した内田さん、井出君。スイス で一緒に冒険した仲間だけに嬉しかった。 スイス登山の様子は今夜の日本テレビ系NNNドキュメント(27日 午前0時25分~1時20分)で放送されま す。また、明日の(28日)今日の出来事でも放送しますのでご覧下さい。
 それでは、富士山に行ってきます。小池さんとの清掃楽しみ!

尾瀬で自然学校

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 8月22~24日まで尾瀬で自然学校を行ないました。(主催・桧枝岐村、協力・東京電力、取材・福島放送)今回は東京電力の尾瀬担当の竹内純子さんと2人で先生をやりました。2年前、福島放送の取材で初めて尾瀬に訪れすっかりはまってしまった。尾瀬は3県(福島・新潟・群馬)にまたがっているが、この3県に地主である東京電力が協力し合って尾瀬を守ってきました。そして尾瀬の山小屋の人達は自らが率先して地道に尾瀬の自然保護活動を行なってきました。トイレやゴミは全て自己負担でヘリで下ろす。以前は焼却所でゴミなどを燃やしていたが、ダイオキシンの問題などを懸念し今では全て運び下ろすほど徹底されている。正直、ちょっと厳しすぎるんじゃないかと思う。山小屋の方は「確かにとても厳しいです。しかし、この美しい尾瀬を守るためには辛い事もあるが、精一杯の努力はします」と話していた。日々の生活の中でこれだけ徹底するのは並大抵の努力ではない。正直、頭が下がる。


尾瀬1

尾瀬2





 







地主の東京電力も荒らされた湿地帯の補修作業やまた二度と踏み荒らされないように木道を敷いたりと精力的に尾瀬保全に関わっている。その尾瀬担当が竹内純子さん。僕は大好きなんです。尾瀬を担当して7年。地元の山小屋や尾瀬保護財団と一緒になって日々尾瀬を歩き回りながら活動を続けてきた逞しい、そしてチャーミングな女性です。
尾瀬4

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今回の自然学校は郡山の小学生(10人)を対象に、尾瀬に関わる人々の活動を通して自然保護のあり方を学んでもらうのが目的でした。そして僕自身、尾瀬に癒されたかった。直前まで富士山で富士山のゴミと格闘していただけに、ゴミ一つ無い尾瀬の姿に「これだよ、これ!」と心底癒されてきました。環境問題は人の問題。富士山と関わる人々は全てではないもののどうしても自分達の利権に拘ってしまう。尾瀬でも色々あったそうですが、今はみんなが力を合わせて負担しています。尾瀬で出来るんだから、富士山でも出来るはずだと、尾瀬に勇気を頂いて帰ってきました。尾瀬とはこれからもじっくりと付き合っていきたい。

本日(26日)は四日市大学で講演を行ないました。スイッチが入ってしまい講演時間を30分オーバー。予定されていた新幹線に乗り遅れてしまいトホホ・・・。でも最後まで熱心に聞いていただけたのでとても満足。東京に戻ってからは「タイム誌」の取材を受けました。アジア諸国で行なわれている環境保護活動を取材しているとのこと。ざっと2時間半の取材。今日は講演と取材で約5時間しゃべり続けました。よくしゃべった一日。

 明日(27日)は24時間テレビに出演します。スイスで障害者の方々との登山の特集です。放送時間は8月27日・15時30分~16時30分。ぜひ、ご覧下さい。それではお休みなさい。

(写真はクリックすると大きくなります)

*2006年8月に野口健は重度障害者の方々とスイスアルプスを目指しました。これはその際の挑戦の日々を野口健が綴ったものです。


 

2006年 8月3日 スイス・アルプス新たな挑戦

昨年の秋、一通のお手紙が私の元へ届いた。内田清司さんという障害者の方からのお便りだった。お手紙には「交通事故に遭い下半身麻痺ですが、どうしてもヨーロッパ・アルプスの頂に立ちたい。一緒に登ってください」と書かれてあり、驚き、困ってしまった。なにしろ内田さんとも会ったこともなかった。ただ「障害者が挑戦することに回りが消極的」と書かれてあり、その言葉に反応していた。エベレストには毎年のように色々な障害者の方々が挑戦される。今年は両足義足の方がエベレストに挑戦し見事登頂!過去にも目の不自由な方や肺がんの患者さんなど障害者と健常者がチームを作り一緒に冒険している姿を何度も目にしてきた。2003年、同年代のアメリカ人登山家が癌を宣告され残りの人生を憧れのエベレストに賭けたいと挑戦した。片方しかない肺で苦しそうに高所で氷壁を登る姿から正直、登頂は厳しいだろうと感じていたが、彼はハンディーを乗り越え世界最高地点に立った。ベースキャンプで彼と再会したときは抱き合って喜び合った。
彼の名刺には「がん患者登山家」と書かれてあり驚いた。「こんな体でも絶えず挑戦することで同じような病気で苦しむ人たちに勇気を与えたい」との言葉に全身で感動した。内田さんからのお手紙を読むうちにエベレストでの出来事を思い出し、この登山を成功させれば日本でも障害者の方々が後に続けと色んな分野で活躍するきっかけになるかもしれないと隊長を引き受ける事にした。それからもう一人仲間が増えた。内田さんのお友達の井出今日我君。筋ジストロフィーを患う16歳の少年だ。井出君も一緒にヨーロッパ・アルプスのブライトホルン(4164m)を目指すことになった。それからスキー場で二人に橇に乗っていただき引っ張り上げるトレーニングを行ってきた。登山活動はいつでもリスクを背負うもの。健常者とてヒマラヤで命を落としている。リスクは障害者だけについてくるものではない。どうしても不利になる部分はトレーニングと仲間達のサポートで補っていけば冒険が出来ることを私は証明させたい。登頂予定日は8月6日です。


 

2006年08月04日登山隊現地入り

8月2日、障害者の方々とスイスにあるブライトホルン(4164m)に挑戦するため登山隊はマッターホルンの玄関口でもあるツェルマット入りした。18歳の時に初めて訪れてから2回目。とても懐かしい。

それにしても町があまりにも綺麗過ぎてゴミ清掃家?としてはなんだか活躍の場が見出せないなぁ~ ちょっとした職業病かな。排気ガス対策として町には電気自動車しか走っていない。徹底的に規制されているわけで、ここまでやるかと思うほど綺麗に管理された町。 3日は地元ガイドの方々、ツェルマット観光協会の方々と打ち合わせ。

明日は高度順応と偵察を兼ねてブライトホルンの山頂まで登る予定。障害者である内田さん、井出くんとは天候が良ければ明後日、山頂を目指します。ただ、私はよく雨男と言われますが、私が現地入りした昨夜から天候が崩れ今日も朝から雨。明日はどうなるのだろう?それにしてもスイスの物価は驚くほど高くちょっと食事しても数万円がすぐに吹っ飛んでいく。日本人が物価が高いと感じるのだからよっぽどだ。 ツェルマットの気温は夕方になると長袖がないと寒い。明日、晴れますように。

東京の自宅と違いスイス入りしてからは本当によく寝られる。しっかり寝ることはなによりも大切。寝てさえいれば忙しくとも体が持つ。帰国すればまた寝られない日々が続くのだろうから、スイスで寝だめしておきます。おやすみなさい。


 

2006年08月05日スイス 吹雪のなかのトレーニング

今日は3800m地点で高所順応と橇を引っ張るトレーニングを行いましたが、猛吹雪。かなり寒かった。ブライトホルンに登る予定でしたが、現地ガイドが「この天気では無理」と判断し、今日の登頂は諦めました。温暖化の影響なのか、現地ガイドは「今年は氷河の状況が良くない。クレパスが多く、ブライトホルンに登山した人たちも何人もクレパスに落ちている。(ロープを付けているので皆助かっていますが)気をつけてほしい」と忠告を受けました。12時過ぎまでトレーニングを行いツェルマットに戻ってきました。今年のヨーロッパ・アルプスは荒れています。

午後5時からツェルマットで記者会見。地元のメディアも集まり記者会見は約2時間続きました。明日、障害者の内田さん、井出君とブライトホルンにアタックする予定ですが、今日のような天候では無理。明日、晴天ならアタック。天候が回復しなければ明後日に延期。どうか天候が回復しますように。それにしても、今日の吹雪の中でのトレーニングは寒かった。なかなか過酷な登山になりそうです。

それにしても筋ジストロフィーの井出君が記者会見で「最初は自分の夢の為に頑張ろうと思いましたが、今では自分達がやることによって同じ障害者に勇気をあたえたい」と発言した時の彼の凛とした姿に感動した。僕が16歳の時にそんな事は考えなかった。そんな彼らと一緒に冒険が出来ることを誇りに感じています。


 

2006年08月06日サウナで冒険!

残念ながら早朝から大雨。昨日より天候が悪い。私が参加せず来なければ天候が良かったのかもしれない・・・。ブライトホルン、アタックは明日(6日)に延期。今日はツェルマットの町を散歩したり、また午後からホテルのサウナでノンビリと過ごしました。

ただ、驚いたのがサウナ。なんと混浴スタイルであり、なおかつサウナ内では水着などの着用は禁じられており、スッポンポン。裸なのだ。カメラマンの淳君と前を隠しながら恐る恐るサウナに入っていると、ドイツ語を話す若い女性2名が堂々と何も隠さずに入ってくるではないですか!それも4人がやっと入れる小さなスティームサウナ。スイス入りしてからずっと雨に降られなんとも気持が落ち込んでいたのがこれで完全にスッキリと気持が晴れ渡り、僕も淳君もルンルン気分になれました。男とはこうも単純な生き物なのかと情けなくなりましたが、きっと健全で健康な証なのでしょう。やはり美しいものはいいですねぇ。よく北欧などでは男女が裸で一緒にサウナに入ると聞いていましたが、スイスもそうだったんですねぇ~ でもあんな時は男よりも女性の方が平気なんですねぇ~ 全然、気にしていないんです。上も下もまったく隠さないんですから。逆に僕と淳君が出来るだけ端っこで息を殺しながらジッと小さく控えめになっている姿に笑われてしまいました。帰国までにもう一回、サウナに入れるチャンスがあるかな?(ちなみにこれはセクハラではなく、衝撃的な実体験を報告したまででありますので、お気を悪くなされないでください。あくまでも報告事項であります)

明日こそ、晴天の中、ブライトホルンの頂を目指したいと思います。それでは、遠い日本からアタック成功を祈っていてください。それではお休みなさい。それにしてもサウナでの景色が頭から離れない・・・。


 

2006年08月07日 一時撤退、明日再挑戦

午前5時30分、起床。晴天とは言えないものの所々からうっすらと空が見え、これはなんとかブライトホルン登山を開始できるだろうと出発。ロープウェーイの中からマッターホルンの姿が見えた時は歓声が上がったが、真夏であるのに雪がべっとり付いた白い峰にこの数日雪が沢山降った事を物語っていた。

しかし、7時過ぎから雲行きが怪しくなり筋雲にかさ雲が目立ち始め嫌だなぁ~と思い始めたら、みるみると天候が悪化。10時過ぎには吹雪になり、アタック中止。12時には撤退。

明日(7日)が最終日。明日は多少悪天候でも可能な限り一歩でも山頂を目指して進みたい。無理はしたくないが、次のチャンスはなかなか実現しないでしょうから、登頂できる、出来ないというよりも、厳しい条件の中でも挑戦したんだと、内田さん、井出君に手ごたえを感じて欲しい。笑っても泣いても明日が最終日。冒険の世界にリスクはつきもの。そこには健常者も障害者もない。大切なことは最後まで諦めないこと。ベストを尽くすこと。日本の皆様、スイスの天候をお祈りください。宜しくお願いします。それでは、おやすみなさい。


 

2006年08月08日 ブライトホルン登頂ならず しかし大きな第一歩

午前7時30分、ブライトホルン登山口のクラインマッターホルン(ロープウェイ駅)に到着。8時過ぎに出発を予定していたが、内田さんを担ぐロボットスーツの準備・調整に時間がかかり、9時30分過ぎにアタック開始。井出君は橇。内田さんはロボットスーツでのスタート。同行の医師が絶えず2人の体温と血中酸素濃度を確認しながらの登山。11時過ぎに昨日同様に雲の中に入ってしまい、風も強くなり状況が厳しくなるぞ!と身構えたらスーと雲が流れ青空が現れた。

今まで見えなかったブライトホルンの全容が目に飛び込んできた。最後の最後で天候が見方した。それから必死に橇を引き、内田さんも途中からロボットから橇に乗り換えグングンと山頂を目指して進んだ。

そして午後12時、ついに時間切れ。4000m地点が我々の最高到達地点となった。予定通りに8時にアタック開始が出来ていればと悔いてみたが、ただこの高所でロボットスーツが人を担いで進んだこと自体が歴史的な出来事であり、内田さん達もスタートが遅れてしまった事には納得されていたのが救いだった。

確かに今回はブライトホルンの山頂には立てなかったが、それでも厳しい環境の中でさらに厳しい条件でよくあそこまで到達できたと思う。

井出君が「ここが僕の頂上。諦めないで頑張ってよかった!」と涙ながら語っている姿を見て隊長を引き受けて本当に良かったと感じていた。重度障害者との4000M峰登山は最初から相当のリスクは付き物だった。その中で精一杯、みんなでベストを尽くせた。

登頂は出来なかったが、それでも大きな意味があった。内田さんや井出君と一緒に冒険出来たことは僕にとっても素晴らしい経験だったし、なによりも彼らの決して諦めないという姿から学ぶべき事があまりにも多かった。障害者と健常者が1つになって冒険をした。そしてやれた。この冒険は間違いなく次に繋がる。

注目されていただけにプレッシャーも大きかったはず。そのアクションを起こした内田さん、井出君の勇気に僕は感動しました。本当にありがとう。ここに来るまで色々あった。なかなかコミュニケーションが取れなかったり、また登山に対する互いのイメージに大きな開きがあり、議論をしたり、時に感情的になり声を上げることもあった。隊長を辞退することを考えたこともあった。

ただ、こうして1つの夢が実現し色々あったことも今となっては全て良し。そしてまたやろう!と心に決め下山した。明後日、帰国します。これで肩の荷が下り、帰国したら少し休ませて頂きたい。今夜は気持ちよく眠れそうです。


 

2006年08月10日スイスから帰国

8月9日、スイス・ブライトホルン登山を終え帰国。僕がスイス入した日から天候が崩れスイスを出国する日はドッポーカン(晴天)。そして帰国してみたら成田で大雨。正真正銘の雨男。またやってしまいました。
 
昨日は戻ってきてから掃除に追われました。しばらく離れていた為か、いやはや、まるで富士山の樹海清掃のようでした。(樹海のように美しい?) 今日から3日間休み。明日から実家のある京都にでも里帰りしようかと思います。それにしても日本は暑いですね。あの寒かったツェルマットが嘘のようです。徹底的に管理され完璧に美しいツェルマットから戻ってみると、このまとまりのない無計画な東京にちょっとホッとしました。なんというか生活感なのかなぁ~ツェルマットはデズニーランドの中に町があるような、確かに美しかったけれど、あの町に住んだら肩こりそう。

ただ、日本はヨーロッパの都市計画に学ぶべきものが多い。海外の素敵な町に行って感動するだけにで意味が無い。その経験から、じゃあ日本をどうするのかと、そこに繋げていかなければせっかくの海外経験も自分の中だけで終わってしまう。大切な事は自分の国をより素敵にするということ。 それもそうと、今日から3日間は難しい事を考えずただただボケーとしたいと思います。いつ以来の休みかなぁ~。野口健事務所に労働組合があれば訴えてみたいものです。

全国からゴミ拾い人大集合!

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8月18日に富士吉田市で教育講演会が行なわれ、エベレストや富士山での清掃活動や地元の取り組みの大切さ、また環境教育の必要性をお話してきましたが、富士山の地元だけあって多くの方々が熱心にお話を聞いてくださった。僕としても出来るだけ地元の人々と連携したい。地元が中心になってこそ富士山は変わる。



そして夜は河口湖町で開かれている「富士山河口湖音楽祭2006」に飛び入り参加。音楽祭を監修する世界的な指揮者である佐渡裕さんや地元の高校生とゴミで作った楽器で演奏を行ないました。僕はエベレストで回収した酸素ボンベを持ち込み佐渡さんとボンベをたたいて演奏しました。生まれつきリズムには自信?があり、アルピニストかミュージシャンになるか迷ったほど。先月、毎日新聞で佐渡さんと対談を行ないましたが、とても温かい方でまた世界観が広かった。1時間予定の対談でしたが、盛り上がっちゃって2時間ほど話し続けました。その佐渡さんの環境保全をテーマにしたコンサートに参加できて光栄でした。
酸素ボンベで音楽








8月19日は「コスモ・アースコンシャス・アクト・クリーン in Mt・FUJI」(全国FM放送協議会、コスモ石油主催」のでの清掃活動が行われました。全国のFM局がリスナーを募集し、北海道から沖縄まで全国から参加者200人が集まった。このキャンペーンは2001年から行なわれ、その度に全国からゴミを拾いたい人が大集合する。いつだったか、おでこに必勝の鉢巻を巻いているおじさんがいてそれはちょっと違うだろーと思いましたが、それだけやるき満々。嬉しい限りです。それにしてもお金をかけて全国から富士山の清掃活動の為に集まるのだから凄いことです。そしてコスモ石油は木村社長、近藤常務といった会社のトップの方々まで清掃参加に参加されるのだからこれまた驚き。約3時間ほどで2・5トンほどのゴミを回収。清掃活動を全国のFMラジオが伝えてくださるので、この活動もさらに輪が広がります。大切な事は活動の輪をどんどんと広めること。全国のみなさん(参加者)本当にお疲れ様でした。そしてお疲れ様でした。





清掃1

清掃2








バースディ
そして夜は僕の誕生日会?ありがとうございました。二日早めでしたが、この年になってもハッピーバースディの歌は嬉しかったです。死ぬほど恥ずかしかったですが・・・。





8月20日は参加者と五合目までのトレッキング。僕は五合目までの登山道が大好き。コケが美しくて、まるで屋久島の森のようです。スバルラインが出来てから大半の人達は車で一気に五合目まで行ってしまいますが、もったいないなぁ~。富士山の楽しみ方は沢山あります。もっと色々な角度から楽しんで頂きたい。




それにしても五合目の渋滞にはビックリ。シーズン中はずっとマイカー規制をしていただきたい。もう排気ガス臭くて大変。この間、スイスの山に出かけてきましたが、麓の町は電気自動車、馬車以外は規制されており、その徹底振りに改めて敬意を払ってきましたが、富士山の五合目は酷い。それと、芸能人の漬物屋かなにか知らないけれど、自身の人形まで店前に飾って営業する、そのセンスの悪さ、悪趣味さ、やめてほしいなぁ~ あれカッコいいと思っているのでしょうか。だとしたら重症。よく富士山がゴミが無くなれば世界遺産になると言われていますが、ゴミだけじゃないですよ。



渋滞
5合目




明日はTBSの「ニッポン!チャ・チャ・チャ」の収録がありますが、放送日が決まったらHPで紹介しますね。それにしても、なかなか詰まった三日間でした。クタクタ。それではおやすみなさい。
富士山



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モハメッド・野口?

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昨夜、環境学校を終え佐渡島から戻りました。
雨男返上?なのか3日間雲一つないようなドッピーカン。夜は満天の星空。天の川がくっきり凄かったなぁ~。
佐渡島はまるで日本昔話に出てくるようなのどかな島。素朴で素敵な自然あり、そしてお寺や能楽など文化面においても魅力的な島。私の大好きな場所です。


その佐渡島で昨年から環境学校を行なってきた。色々な活動を行ってきたが、特に力を入れてきたのがトキの餌場作り。
2008年に予定されているトキの放鳥。放鳥されるまでなにをすべきか、1つにはトキが生きていける環境作り。


農業の衰退と共に山中から棚田が亡くなっていった。そこでトキの餌場であった棚田の復活が私達の活動となった。
地元NPOや新潟大学が行なっている棚田復活プロジェクトに参加。汗を流してきました。 くわしくは野口健 環境学校 佐渡をご覧ください。





  昨年、トキ保護センターにお伺いした時の出来事。センターの方とお会いし名刺交換の時にちょっとしたジョークのつもりで「モハメッド・野口です!」と元気よく名刺を手渡したら、相手がギョッとし、それから飼育しているトキの説明をして頂いたのだが、「モハメッドさん、あのトキは2歳です」と本気にされてしまい、最後に「モハメッドさん、またいらして下さい」と言われ、「モハメッドはギャクでした」と言えないままお別れしてしまったので、今回お会いできれば「あれは冗談でした」と言いたかったが残念ながら再会できず。佐渡島では私はいまだにモハメッド野口のまま。自業自得ですが、ギャグは難しいですね。この顔でモハメッドと言われれば本気にするんでしょうね。反省。


今日はこれから山梨入り。明日の午前中に富士吉田にて講演。夜は河口湖のステラシアターで行なわれる佐渡裕氏のコンサートに参加。明後日から樹海での清掃活動。明日から3日間、富士山での活動が行なわれますが、気になるのが台風10号。雨男復活なるかぁ~。それでは行って来ます!


先日、「おとこたちの大和」という映画を観た。その中で私が最も印象的だったのが、最後片道の燃料しか積まず沖縄へ最後の航海に出陣する直前に軍曹が大和で共に戦い負傷し入院中の戦友に今生の別れを告げようと挨拶しにいくが、いざ大和に乗り込むと、その入院中の仲間が病院を脱走し大和に乗り込んでいたのだ。軍曹が「せっかく助かった命。なぜ大和に戻ったんだ!」と怒れば「一緒に闘ってきた。俺だけ取り残されたくない。一緒に死のう」と涙ながらに訴えるシーンがあったが、私は病院を抜け出し大和に乗り込んだ彼の気持ちがよ~く分かった。 3 人もの犠牲者をだしたエベレスト清掃登山を終え、もう 2 度とヒマラヤには戻らないと冒険から離れた時期があった。しかし、ヒマラヤのシーズンを日本で迎え安全地帯にいると今頃、仲間たちがヒマラヤで死闘の戦いを繰り広げているだろうと彼らの姿を想像してしまう。彼らは自分たちの意思でヒマラヤに挑戦しているわけで、べつに私には関係ないと自分を説得するものの、平和な日本で過ごしていることへの罪悪感か、逃げ出してしまった事への後ろめたさなのか分からないがこそこそしてしまう。そんな生活が 2 年間続いた。山を忘れようと海に潜ってみたり旅に出かけてみたが、頭からヒマラヤが離れなかった。

今年の4月から5月までマナスル清掃活動を行った。ヒマラヤで最も積雪量が多いとされるマナスルは多くの登山家が雪崩で命を落としてきた。大和の水兵たちが何ゆえに死ななければならないのか、自問自答していた。私は彼らのように死を前提に行動していないが、それでも命を賭けるだけの意義を探し出そうとする。ふと気がついたことがある。私と彼らとの決定的な違いがある。兵士達は自身の意思とは関係なく戦地に派兵された。出陣の時には万歳三唱でお国のためと盛大に送り出されたかもしれないが、いざ、死を目前にすればどうであれ死にたくないものだ。死を正当化し、受け入れる作業はさぞかし孤独だっただろう。それに比べ自身の意志で命を賭けることができる私は幸せ者だ。

 

戦没者遺骨収集にみる いのちの写真集―21世紀の平和への願いをこめて (単行本)
鈴木 基之

近年、靖国神社参拝に関する議論が喧しい。先の大戦で亡くなられた方々のために靖国神社を参拝するということは、とても大切なことだと思う。私も毎年、ヒマラヤ遠征の前に必ず靖国神社を参拝し、祈りを捧げる。両の手を合わせ、目を閉じると様々な思いが去来する。

去年、ヒマラヤのシシャパンマ峰に登頂したとき、アタック前に悪天候のため上部キャンプで足止めをくらった。周りは白銀の世界。夢破れた登山家の遺体があちらこちらにある死の世界でもある。テントを吹き飛ばさんばかりの強風にさらされていると「ひょっとしたら俺は死ぬのではないか」という恐怖がふつふつと湧き上がってきた。

靖国神社にて

眠れずに、テントの中で先の大戦で亡くなられた方々について思いを馳せた。私は自らの意思でここにきている。しかし戦争に行かれた方々はどうだろう。日本のために、国民のために行かれたのだ。亡くなられた方々の中には、飢えや病気、怪我などにより、徐々に死を迎えられた方も多かったに違いない。薄れ行く意識の中で何を思ったのだろうか。そんなことを考えている中で、あることを思い出した。

以前、橋本龍太郎氏が「先の大戦で亡くなられた方々の遺骨がアジアのいたるところに放置されている」と仰られていたことだ。ヒマラヤから帰国後、この写真集を購入した。無数の遺骨の写真は、残酷な現実をつきつけてくる。兵士の無念さがあった。白骨化した英霊は「俺らを忘れないでくれよ」と訴えかけてくるようだった。

靖国神社の参拝も大切だが、その前に日本のために亡くなられた方々の遺骨を回収し、弔う努力が必要だと強く感じた。そこで私は今年の十二月にフィリピンへ遺骨収集に赴くことにした。是非、この写真集を手にとっていただき、こういった現実もあると多くの方々に知っていただきたいと思う。

シンガポールにある日本人墓地を訪れたときの様子

 

日本人墓地 クランジ戦没記念碑
クランジ戦没記念碑 日本人墓地

*クリックすると拡大します。

 

今日から佐渡島で環境学校

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昨日、京都から戻りました。それにしても京都は暑かったぁ~。入院中の母親のお見舞いの際、私を見かけた方がブログにメッセージを書いてくれましたが、声をかけてくれれば良かったのにぃ~。女性は大歓迎ですから!それと僕がつれていたあの巨大な犬は秋田犬のオスで名前はハチ。親父と母ちゃんの愛犬です。
 
 今日から佐渡島で環境学校(2泊三日)。佐渡島での主な活動はトキの餌場作り。トキ保護センターで飼育されているトキはいずれ放鳥される。放鳥されるまでにトキの餌場を作らなければならない。餌場とは棚田であるが、使われなくなった棚田に水を入れ土を練りドジョウやオタマジャクシなどが戻ってくるようにするのが目的。昨年も棚田作りを行なったが、裸足で泥の中に入っていたら自然発生的に相撲が始まった。大の相撲ファーンとしてはそう簡単に負けるわけにはいかない。ついついむきになりすぎて倒れる時に先に手をついてはいけないと顔面から何度も棚田に落ちていたら、鼻の穴が泥で詰まってしまった。水で洗い流そうにも、なかなか鼻の奥に詰まった泥が連れず頭がツーンと痛んだ。
 
 その翌日からが大変で朝から高熱。海岸清掃が予定されており、フラフラしながら清掃活動を行い、終わってから病院に駆け込んだら、なんと急性蓄膿症(ちくのうしょう)。鼻からばい菌が入ってしまい、左目の下の空洞に膿がたまり、鼻から膿がダラダラと垂れ落ちてきた。その臭さといったら、倒れそうだった。それから一ヶ月間ほど体がだるく、講演中も鼻から膿が止まらず死にそうだった。トキの餌場作りは命がけ。今年は蓄膿症にならないように気をつけてきます。それでは行ってきます!

久々の里帰り

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 久しぶりに京都の実家に戻り、父親と2人で入院中の母親のお見舞いに行きました。永い間、闘病生活を送っている母親がベットの上で「障害者の人たちを山に案内したことは良かった。体が不自由になると当たり前の事ができなくなるから。いい事したね」と障害者とのブライトホルン登山を報じた新聞記事をベットの横に置きながら話していた。数日前の記事を枕元に置いていたこと自体に驚いた。ただ、自身の闘病生活の中で必死にリハビリを行っているだけに心境が重なったのかもしれない。なかなかお見舞いにも行けず、まったくもって親不孝な息子だと反省しながら夜は実家に戻りました。それにしても苦しいはずのリハビリ生活。愚痴ひとつ言わず黙々とリハビリを行っている母親の精神力の強さは見習わなければならない。これは障害者の方々との登山でも同じ事を感じていたが、彼らは必死に生きている。ダラダラと無駄に過ごそうとはしない。日々を大切に生きている。逆に彼らや母親の姿から生きることの素晴らしさを教えて頂いているような気がする。
 健康な体を持ちながら、人生に自信がないだとか、目標がないだとか、それで自殺をする人もいたり、そんな出来事をよく耳にするが、それは甘えでしかないのかもしれない。今日、母親との再会で自分ももっと必死に生きていかなければならないと改めて感じました。

大切な時間

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 昨日、富士山一斉清掃から戻りそのまま千葉の鎌取にある「まなぶ」というお寿司屋さんに出かけ、今日は世田谷の三宿にある「金多楼」というお寿司屋さんに行きました。2日連続の寿司ですが、僕にとってはとても大切な時間であり大切な場所。ズッと突っ走ってきてふと気がついたら自然と足が向いている。ホットするんだなぁ~。お寿司も好きだけれど、それだけじゃない。店の方、そして他の常連さんも大きく関係してくる。「まなぶ」も「金多楼」はどちらも僕にとってとても居心地がいい。そして寿司にも愛情があるんだなぁ~ 愛情をこめて握られたお寿司を口にすると心まで愛情に満たされるもの。愛情のないものばかりを口にすればそれだけの感性しか生まれない。だからできるだけコンビニにあるようなお弁当は食べない。あの冷え切ったお弁当に僕は料理人のこだわりも愛情も感じられない。

 なかなか時間がなく好きなおすし屋さんにも行けませんが、その変わり少しでも時間があるときには一気に取り返します。昨夜、今日と大好きなお寿司屋さんで過ごせて胃袋も心も充分に満たされました。僕にとって最も贅沢な自身に対するご褒美です。「贅沢は敵」なんて言っていたから日本は負けた。「贅沢」は素敵でいいんです。ただ、なにをもって贅沢なのか。そこですよ。むやみに金をかければ贅沢なのかといえば、それも違う。僕の知り合いで銀座で一晩で何十万も飲む人がいますが、けっして満たされた顔をしていない。どこかで見栄が先走っちゃうと結局はその見栄を演じ続けなければならず、それはやっぱり無理していることになる。ホッと安らぐ場ではないのでしょう。お金じゃなく、最も好きな場所に大切な仲間と過ごせる、これが本当の贅沢。この自分流の贅沢な時間の過ごせ方があるからまた次へと頑張れる。明日からヨーロッパ。8月9日に帰国します。それでは、またです。スイスから更新できたらしますが、出来なければ9日以降です。それでは、精一杯、ベストを尽くしてきます。おやすみなさい。

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