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ネパールからの脱出劇

2001年5月26日、2か月間に及ぶチョモランマ清掃登山を終え、ようやく帰国できる。痩せこけた体もこの時ばかりは生き返ったように元気を取り戻し、カトマンズのトリブバン国際空港へと向かった。チェックインのためロイヤル・ネパール航空のカウンターを目指したが、どのカウンターにも人がいない。おかしいな〜と思いきやロイヤル・ネパールのスタッフらしき人がやってきて平然と
「今日のフライトはなくなりました」
「エンジントラブル?」
と聞けば
「いや、違う ネパールの物価が跳ね上がり燃料が買えない。ガソリンがないのだから飛行機は飛ばない」
そりゃ、燃料がなければ飛行機は飛ばないだろう…。さらに、数か月に及びロイヤル・ネパール航空が石油会社への燃料費を滞納し、ついに燃料の差止めをくらっているという。「……。」
返す言葉もない。エンジン・トラブルならまだしもネパール唯一の国際便を飛ばしているロイヤル・ネパールが燃料費を滞納し、差止めをくらい飛ばせないとは…。あまりにも情けない経緯に愕然とし、お詫びの言葉どころか平然としているロイヤル・ネパール航空のスタッフに怒り、いや、そんなことよりも、チョモランマで苦しい時には残り何日で帰国出来ると自身を励まし続けていたのに、まさかこのような訳の分からない理由でキャンセルされ、しかも当分フライトの予定がないと宣言されては気持ちのもっていきようがない。

しかし、驚いた事にネパール人のお客様達が、欠航の経緯を聞くや素直に納得して飛行場を後にして帰っていくではないか。何故、驚かないの?何故、怒らないの?いつ飛ぶか分からないんだよ。近くにいたネパール人に
「何故抗議しないのか」
と聞けば、これまたなんともシンプルな答えが返ってきた
「十分にガソリンを積まないまま、飛ばして途中で墜落して死ぬより、最初から飛ばないほうがいいでしょ」
だって…。そりゃそうだけれど…。でも納得いかんでしょう。悪い時には悪い事が重なる。結局この日ホテルに戻ったのだが、翌日からネパールの過激共産主義勢力がカトマンズでストライキを宣言し、民衆は左翼ゲリラの襲撃を恐れ町中のレストラン、タクシーまで完全に営業を取り止め、カトマンズの町が死んだように静まり返った。この後、厳戒令がだされ、数日間ホテルで缶詰めとなってしまった。

常、ロイヤル・ネパール航空の本社までタクシーで20分ほどだが、一台のタクシーも走っていない。一日も早く帰りたい一心でこっそりホテルを抜け出しロイヤル・ネパール航空の本社に交渉のため向かった。途中、歩いていたら群衆がウワッと走って来て、何が起きたのかと身構えていたら、その群衆が救急車に向かって投石を始めた。

驚いていたらガードレールまで破壊しだし、国軍の兵士が機関銃を肩に担いだまま走ってこっちへ向かってくるではないか。急いでその場を逃げ出しながら、俺は一体全体ここで何をやっているんだと悲しくなった。そもそもロイヤル・ネパールが燃料費を滞納するからこんな目に合うんだ!と怒りが頂点に達した。死ぬ思いでなんとかロイヤル・ネパールの本社にたどり着いたが、まったく機能していない。
「何しに来た、危ないから早くホテルに帰れ」
と言わんばかりであったから、それならばこちらもと声を張り上げ、相手をぶん殴らんばかりに睨み付け、
「なんとかしろよ!」
と交渉に持ち込んだ。粘りに粘り、その数日後のタイ航空のチケットに代えてくれ、とりあえずバンコクまで確保した。再び、トリブバン空港にバスで向かったが、機関銃やショットガンで武装した兵士がバスの窓から銃口を外に向け、我々を警護しながらの道中であった。

命からがらネパールを脱出し、バンコクからはANAに乗り換え成田を目指した。ANAの機内に乗り込んだ瞬間にそこは日本の香りがし、またアテンダントさんの笑顔に一気に緊張感から解放された。思えば極限状態の中、肺炎にやられながらもチョモランマで清掃登山を行い、また悪天候が続き、他の登山隊が死者を出すなか我々は必死に清掃活動を続けた。そして清掃活動が終了した我々を待っていた数々のトラブル…。疲れ果てた体をシートにしずめホッと一息入れたらアテンダントさんが僕に近付いてきて一言
「チョモランマの清掃活動、お疲れ様でした いつも応援しています」
と声をかけてくれた。なんだろう、この暖かさは。思わず涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
そう答えるのが精一杯だった。僕はあの暖かい言葉を生涯忘れない。そして一つ決めたことがある。来年のエベレスト行きはANAにしようと…。

2001年10月26日
野口健