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癌患者のクライマー

一歩一歩山頂を目指して進む
登頂後、ベースキャンプにて

 野口・村口・渡辺の3名が午前7時、キャンプ3へ向かう。エベレスト登頂が5月15日〜17日に各登山隊が設定したためか、我々以外に他の登山隊員の多くも同じくキャンプ3を目指す。この日は快晴無風。氷壁に取り付いた我々に容赦なく紫外線が襲いかかる。暑い、ひたすら暑い。

 氷に囲まれながらなぜ、これほどまでに暑い思いをしなければならないのか。しまいに頭がクラクラし、気分が悪くなってしまった。 帽子を脱ぎ、頭に雪をかけ冷やすが所詮、気休めでしかない。暑さに体がまいり、座り込んでいたら、下から他の登山隊員が追いついてきた。

 ワンピースのダウンジャケットを着用しているので、サウナ状態なのだろう、その彼も暑さに疲れ果てたよう。。汗だくでグッタリしている。しばらく、一緒に休み、そしてテクテク歩き、また休む。その繰り返し。
「あなたは、どこの登山隊ですか?」
と彼に聞かれ
「エベレストの清掃隊だよ」
と返事したら
「あ〜知っているよ!凄いことやっているね!」
しばらくして、彼は、話し出した・・・。
「僕は癌患者なんだ。2箇所に癌をもっている。医者に残り半年の命だといわれた。残された時間になにができるのか、色々考えた。それで、エベレストにきたんだ。エベレストに登って小児癌で苦しんでいる子供たちに癌でもエベレストに登れるんだと、勇気付けたいんだ!帰国したら子供たちが病院でまっている。」
と、晴れやかな表情で僕に語りだした。
「けど、アメリカの病院にいるときよりも体調がいいんだよ!」
と・・・。

 僕は驚いてしばらくなにも言い返せなかった。癌に侵されながら7000メートルの氷壁を登っている。けっして、足どりは軽くないが、一歩また一歩、彼は確実にエベレストの山頂を目指して前へ前へと進もうとしている。そして、彼の表情は自分の過酷な運命をまるで楽しんでいるかのように、輝いていた。

 悲壮感を一切感じさせない彼の強さに僕は圧倒された。
「小児癌の子供たちに夢を与えたい」
という彼の使命感が、彼をそこまでたくましくさせているのだろうか。

 彼と別れた後、僕はキャンプ3周辺のゴミ清掃活動を行った。7300メートル地点での清掃活動で、五体満足な僕はこれぐらいで、
「苦しい。」
と泣き言をいうわけにはいかない。彼の戦いに比べたら僕のやっていることは、ごく当たり前のことにすぎない。

 時に、このエベレスト清掃活動が苦しいと愚痴をこぼすことがある。自分の弱さを痛感する瞬間だ。彼は小児癌の子供たちに勇気付けたいと言っていたが、小児癌の子供たちだけじゃない。僕自身も彼からエネルギーをもらった。いかなる状況に追い込まれても、絶えず前向きな彼の姿に人間のすごさを感じ取った。

 5月16日、午前9時30分、彼はエベレストの頂にたった。小児癌の子供たちに夢をと願う彼の使命感が過酷なエベレスト登山に勝利をおさめたのだ。

 戦う男の美しさを僕はこの目で確かに見た。

2002年5月18日
ベースキャンプにて 野口 健