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「大坪千夏さんと行く白神山地」後編



暗門の滝を上から望む(2001年撮影)
暗門の滝のガケ部分(2001年撮影)

 8月下旬、僕ら「晴れたらイイねッ!」の仲間たちは「暗門の滝」から工藤さんに案内されて白神の森へと入っていった。台風の影響で朝から曇り空。そして、午後からどしゃぶりの雨に・・・。

 はるか上部から水が流れ落ちる暗門の滝のすぐ脇から白神山地の奥へと入っていくのだが、ここからは道らしい道はなくなる。斜面を登る際にロープを使いたくなるほど、足元が不安定だ。

 そして、雨水がさらに足場を悪くしていた。まず、千夏さんが登り、万が一に備えてサポートに入る。彼女が無事に書く深部を通過し、次に登ってくる渡辺さんに目をやったら、しっかりした足取り
「さすがー」
と、感心し、
「楽しいでしょっ!」
と、声をかけたら
「楽しいっスね!」
と返事が返ってきた。と、その瞬間、彼の足が斜面に飲み込まれたようにすぅーっとながされ、頭より大きな岩が音を立てて滝つぼに落ちていった。渡辺さんの体も落石と共に斜面を滑り落ちる。あっという間の出来事で、僕はどうしようもないままに、渡辺さんとお互いに目を合わせたまま、二人の距離だけが遠のいていった。

 しかし、一本の木が落ちていく渡辺さんを止めてくれた。慌てて木に引っかかった渡辺さんの元に降りて、彼の体を引き上げた。そしてその場で二人して大笑いした。いや、笑うしかなかったのかもしれない。
「もし、あの木がなければ・・・」
と、想像するだけでもゾっとした。ロープを使用するべきだった。僕の判断の甘さを痛感させられた。

 そして、アクシデントはまたやってきた。工藤さんは他の人たちのガイドの仕事が決まっていて、2日目からは地元大学の探検部の学生が案内してくれることになっていた。

 しかし、朝からバケツをひっくり返したような大雨にうたれて、寒さで大坪さんをはじめ何人かの仲間たちの顔から生気がなくなっていくのがわかった。そんななかで僕らはマタギ道を見失ってしまった。雨の中、沢から尾根に上がる地点がわからず、さまよい続けた。僕を先頭に沢から尾根に上がったがやはり、わからなくなり、元の沢に戻ろうと急斜面を下ることにした。沢に先に下りて、千夏さんが降りてくるのを待っていたその時、彼女の体が滑り落ちてきた! 
「ボコッ!」
と、鈍い音がし、慌てて動かない彼女を引き起こしたものの、岩に胸部を打ちつけた彼女の表情はこわばっていた。

 しかし、カメラが回っているのに気づいたのか
「巨乳を打ってしまいました〜」
と冗談を飛ばす。そのまま痛みを隠そうと明るく振舞っているのだが、あの音から判断するに肋骨を痛めているに違いない。自分の目の前で千夏さんに怪我をさせたこともショックだったが、みんなに気を使わせまいと痛みをこらえる姿は僕の目に焼きついた。彼女の強さ、優しさを見た。

 その後もなかなかルートが見つけ出せずにいたずらに時間だけが過ぎていった。沢の水量が増え、水が濁りだした。探検部員と手分けをしながらルート探しに必死になる。この時の雨は焦りとショックで一際冷たく感じた。
そんな時に。渡辺さんが
「こっちじゃないですかね〜」
とさりげなく指を刺したほうに登って足跡を発見!

 予定時刻を大幅に遅れながら、なんとかテントを設置。雨はいっこうに降り止まず
「このまま明日も雨なのかなー」
と、不安で仕方ない夜をすごした。実はこの日が僕の誕生日、白神山地で僕は29歳になりました。

 翌朝、恐る恐るテントから顔を出したら、うっすらと空が見える。
「晴れた! やっと晴れた!」
最終日にやっと神が味方してくれた。千夏さんの表情にも笑顔が見えた。

 クマゲラの森についたときにみなさんがなんとシャンパンで僕の誕生日を祝ってくれた。
「ポンッ!」
と、森にこだましたコルクを抜く音。僕の最も大切な場所で大切な人たちとこうして自分の誕生日を祝ってもらえたことに感謝、感謝。いままで好き勝手生きてきたけど、来年はいよいよ三十路。これからは自覚を持って次のステップに進まなければならない。

 この白神のすぐ後に。ヒマラヤの8000m峰無酸素登山のチャレンジが控えている。正直、不安だし、自信もない。しかし、あえてこの自信のないことに挑戦してみたい。今の僕にどれだけ生命力が残っているか、ギリギリの世界で自分自身を試したい。色々な思いを込めて僕はヒマラヤに行く。

 直前に素敵な誕生日を迎えられたこと、そして千夏さんの
「連れてきてくれてありがとう」
の言葉、僕は生涯忘れないだろう。またしても、僕は白神の地で癒されたのだった。

2002年9月2日
野口健