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そしてキャンプ3へ

上部キャンプへ目指す

 5月4日、午前8時、シェルパ5名と共にキャンプ3へ向けてキャンプ2を後にした。しかし、お決まりの寝不足で頭は冴えず、さらに酸欠とあってシェルパのスピードについていけない。だいたい、シェルパ達の歩く速さは尋常じゃない。6000メートル地点にいながら、まるでハイキングコースを歩いているかのように、スタスタ歩いている。
「なにも考えていないんじゃないのかな〜」
と僕には彼らの身体的また精神的構造がよく分からない。とにかく、凄い奴らだよ。

 高畑隊員は登山経験がまだ浅いので、キャンプ3へつながる氷壁の取りつきまで、同行しキャンプ2へと戻っていった。本人はキャンプ3まで行きたいと希望していたが、自分の能力以上の領域に突入するべきじゃないと、言い聞かせ、高畑隊員も納得してくれたようだ。村口隊員やシェルパ達の指摘の通り、キャンプ2の上部にあるローツェフェースと呼ばれる高さ1000メートル以上のこの氷壁は98年や99年の時とは姿を変え、ガリンガリンに凍りつき、アイゼンの刃がなかなか氷壁に食い込んでくれない。

 また、張られたフィックス・ロープもいたる所が痛み、打ち込まれたアイス・スクリューも半分以上が露出している。そこに他の隊の隊員たちが10人以上も一本のフィックス・ロープにぶら下がり、頼りないロープがその重量に耐えられるのか、僕には恐怖だった。もし、フィックスロープが切れたらそのまま1000メートル下の氷河に叩きつけられ全滅するほかない。運に任せるには、あまりにも代償が大きすぎる。
「野口、考えるな!切れるときは切れる。切れないときは切れない!それだけだ!」
と自身に言い聞かせるが、説得力がなさすぎる。それでも、進むしかなく、最後は諦めの心境だった。

 3時間ほど登ったのか、キャンプ3に張られていたテントの残骸群が見えてきた。今日の目的は以前キャンプ3に張りのこされたテントの回収だ。
村口さんから
「テントの残骸が30張り以上はあるぞ!」
と報告を受けていたのだ。しかし、そのテントの残骸群が見えてからがなかなかたどり着かない。ベースキャンプには
「あと30分程で、キャンプ3に着きます」
と言っておきながら、結局、1時間30分かかってしまった。100メートル登るのに1時間以上かかったのだ。高度は7300メートル。その高度に順化できていない身にはこたえる。

 そして強風が始まり、寒さの為に指先の感覚が無くなった。先に着いていたシェルパ達がもくもくとテントの回収を行っているが、氷の下に埋まっているテントを取り出すのは至難の業だ。

ピッケルで氷を砕きながら、少しずつテントを引っ張りだすのだが、1張り回収するのに、1時間ほどかかった。さらに急斜面であるから、我々がそのまま滑落してしまわないように、ゴミが散乱する場所にフィックス・ロープを打ち込み、そこに体を確保しながらのゴミ撤収作業だった。

 おおよそ、1時間30分。5張りのテントを回収し、ザックに詰め込んだ。下山中は疲れが出たのか、足がなかなか前に出ず、フラフラしてしまった。
同行したニマ・オンチュウも
「全身が痛む」
と体調不良を訴え、2人して体を支えながら氷河上に座り込み、キャンプ2に戻ったのは4時30分ごろだった。エベレストに2回登っているニマ・オンチュウが
「今回はどうしたのかな〜 体がおかしいよ」
と嘆いていた。高所登山を続けてきた負担だろう。時に休まなければならないのが高所登山。体の細胞を殺しながらヒマラヤに登り続けるシェルパ達。ニマ・オンチュウの不調は僕の責任でもある。罪悪感を覚えながら、ニマ・オンチュウと
「俺らももう年かな〜」
と冗談を言い合うしかなかった。その夜、いつも以上に呼吸が苦しく、翌朝、高畑隊員に「健さん、昨夜うなされていましたよ!大丈夫ですか?」
と心配された。高所は楽じゃないよ。

 サウスコルまで上がっていたシェルパ達13人がキャンプ2に戻ってきた。彼らの中には1人でサウスコルから13本の酸素ボンベを担ぎ下ろしたシェルパがいる。約35キロだ。

  彼らの活躍には目頭が熱くなった。苦しいはずなのに、1つも嫌な顔をしない。それでいて、
「ケンさん、大丈夫」
と心配してくれるから、もう僕としてはたまらない。彼らに負担をかけすぎじゃないのか。
「しばらく休んでくれ」
と言えば、
「ケンさん、問題ないよ。これからももっとたくさんのボンベ下ろすからね!」
と笑顔でこたえてくれる。そして、
「ここはネパールの山。綺麗になるのうれしい!」
とつづく。僕は彼らに頭を下げたい気持ちで一杯だった。

 6日、5日間ぶりにベースキャンプに戻った。空気が濃い。そして暖かい。キャンプ2からリクエストした焼きそばをキッチンスタッフのペンバが作っていてくれた。あの焼きそばの味を僕は忘れないな〜 咳は相変わらず止まらないが、それでも久しぶりに安心して横になれる。雪崩の音などもう気にならない。今はただただ、ゆっくりと休みたいだけ。

キャンプ3での清掃活動
2002年5月9日
ベースキャンプより 野口健