2009年10月アーカイブ

黙々と歩く御坂山系

| コメント(16) | トラックバック(0)
 10月29日、平賀淳カメラマンと二人でトレーニング。今回の目的は河口湖畔の浅間神社から三ツ峠~御坂山~黒岳~破風山~中藤山~不逢山~鬼ヶ岳、そして西湖湖畔にある富士山クラブの拠点である森の学校までを一気に歩ききること。つまり御坂山系登山であるが、今年2月に同じコースでチャレンジしていたが、雪が多く予想以上に時間がかかり黒岳を過ぎたあたりで日が暮れ新道峠から下っていただけに今回はなんとか遂行させたかった。
フカフカの落ち葉が心地いい
ふかふかの落ち葉が心地いい 

 10月28日、18時過ぎまで東京で用事があり、それから山梨県川口湖へと向かったので床に就いたのは23時過ぎ。そして午前3時半に起床。寝ぼけながら宿を発ち6時には登山開始。浅間神社の横を通り三ツ峠へ。このコースは稜線に出ても樹林帯が続く。故にあの稜線にでた時の視界がパアっとひらけるような爽快感というよりもモクモクと森の中を歩く。ただその分だけ森の中で過ごせる時間も永く今回のように紅葉の時期と重なるとそれはそれで楽しい。八ヶ岳の時はあの絶景に見とれ遠くばかりを眺めていたが、御坂山系は目の前の小さな自然1つ1つがなんとも可愛らしくヒマラヤのようなスケール感はないものの、極めて日本的な優しさ、癒しがあった。日常生活は戦場のようだけれどここはとても静か。耳に響いてくる音は落ち葉の上を歩くときに発するガサガサとした音ばかり。そういえば最近、落葉の上を歩く事も少なくなってきたような、子どもの頃はよくあったのになぁ~と。これだけ山を歩いている私でもそうなのだから都会で生活していたらなおそうあろうと。すぐに片付けられてしまうからなのか落葉との出会いも貴重となってきたような。落葉には落葉の役割がちゃんとあるのだから土に帰してあげないと。土に戻る前に集めて燃やしてしまってはもったいない。
浅間神社からスタート
浅間神社からスタート

_MG_5947


_MG_5923



_MG_5651


 平日となれば三ツ峠以外はほぼ人と会う事もない。ガスが湧きまるで羅生門にでてくるような鬱蒼とした森。けしてカラッとしているわけでもなく、どちらかと言えば地味で夜になるとまるで深海の底にいるかのようにシーンと静まりかえり、それはまるで動物たちも息を殺してジッとしているかのような、あの独特な沈黙がなんとも寂しくもあり、ただその寂しさがとても心地よかったりもする。僕はカラッとした爽やかな世界よりも例えば冬の日本海のような荒々しくまたじっとりとした世界の方が性に合っているような気がする。
けっこうお疲れ?
けっこうお疲れ?

お~い、あと何時間?
お~い、あと何時間? 

 _MG_5903


それにしてもこのコースは永い。歩いても、歩いてもまるで出口のないトンネルに迷い込んでしまったような、とにかく実際以上に永く感じる。木々に囲まれている為か確かに山々に登頂しているのだけれど、その達成感なるものはなかなか感じられない。黒岳までもなかなかの工程を歩いてたどり着いたのだが、標識がなければ山頂とは気が付きようもない。標識に抱きつきながら「せっかくの山頂なのだからもっと自身をアピールしたほうがいいぞ」と山頂に話しかけたりもしたが、「そんな自己主張など無用だ、ひっそりとさせてくれよ」とそんな声が戻ってきそうだった。ひっそりと生きる。そんな生き方が出来るのならば何よりも幸せなのだろうと、少しだけ黒岳に嫉妬していたのかもしれない。
 ゴール地である「森の学校」に到着したのは18時を少しだけ過ぎた頃。12時間歩き続け森の学校手前で富士山クラブの舟津ちゃんの「お疲れさま!」との声が聞こえた時は「おい、淳、やっと着いたぞ」とヘロヘロになりながら握手していた。
_MG_6017


 今回も平賀カメラマンと撮影を競った。前回の山行から互いに写真撮影しながら「えっへん!俺の方が上手だ!」「いや、お前のは発想が単純だ。俺の方が奥が深い」などと実際のところはさておき好き勝手互いに批評しながらプチ評論家の如く言い合いながら歩くようになった。側から見たらどっちもどっちとなるのかもしれないが、そんなじゃれ合いが意外と楽しいもの。また最初は冗談で競っていたのがいつしか超マジになっているのも可笑しかった。採点は皆さんにお任せ致しますが、あの逆光にたたずむ私のシルエットなどさすがにカメラマンだと唸った。そしてそれ以上の発見は「あれ!僕の足は案外と長いぞ!」であったかな?

野口健撮影2
野口健撮影

野口健撮影
野口健撮影
紅葉がなんとも美しい・野口健撮影
紅葉がなんとも美しい・野口健撮影

鎮守の森(平賀淳撮影)
鎮守の森(平賀淳撮影)

三ツ峠手前まらの富士山(平賀淳撮影)
三ツ峠手前まらの富士山(平賀淳撮影)

 八ヶ岳大縦走の最終予定日となっていた今度の日曜日~月曜日の天気予報であるがどちらも雨天。八ヶ岳の黒百合ヒュッテに電話し確認したところ、雪が降るであろうとのこと。大縦走でなければ雪の登山も楽しいが20時間以上かかる大縦走となれば安定した天候がなによりも必要不可欠となる。客観的状況からして決行は極めて厳しくなり、極めて残念ながら今年は・・・ムリかな・・・(涙)来年の6月以降に再挑戦となります。応援してくださったみなさま、お騒がせ致しました。申し訳ございませんでした。それにしても、先週に引き続き予定していたその二日間だけ雨天でその前後は晴天。これは「今回は止めておけ」との天の声と解釈し、来年までさらにしっかりとトレーニングを積みたいと思います。まあ~山は逃げませんので、次回目指してコツコツと登り続けます。
平賀カメラマンの本日ベストショット。
平賀カメラマンの本日ベストショット。足が長いようです。(あくまでも国民の声)

羅生門にでてきそうな雰囲気・野口健撮影
羅生門にでてきそうな雰囲気(野口健撮影)

月光ではなく霧の中の太陽です(平賀撮影)
月光ではなく霧の中の太陽です(平賀撮影)

鬼ヶ岳山頂にて(平賀淳撮影)
鬼ヶ岳山頂にて(平賀淳撮影)

2009年10月30日 野口健

(写真はクリックしたら大きくなります)
 野口健が理事を務めておりますNPO法人空援隊が、本日、遺骨収集活動に関しまして、鳩山首相に公開質問状を提出しました。産経新聞に以下の記事が載りましたので、ぜひご覧ください。

「国の予算で収集を」 戦没者遺骨3万体 比で新たに確認
産経新聞

■NPO法人、きょう首相らに公開質問状 
 アルピニストの野口健さん(36)らがメンバーになり、フィリピンで戦没者の遺骨収集を行っているNPO法人「空援隊(くうえんたい)」(理事長・小西理(おさむ)元衆院議員)は同国内で新たに約3万体分の遺骨の所在を確認したことを明らかにし、28日、国の予算で収集を行うことを求める公開質問状を鳩山由紀夫首相らに提出する。ただ、収集には国の遺骨収集事業予算を大幅に上回る費用がかかるとみられ、鳩山政権の対応が注目される。(喜多由浩)

                   ◇

 約52万人が戦死したフィリピンで空援隊は昨秋以降、現地住民の情報ネットワークを活用した新方式を構築し、今秋までの約1年間で前年の約25倍にあたる約5千体の遺骨を日本に持ち帰っている。

 9月には、国の委託事業として、これまでほぼ"手つかず"だったミンダナオ、パラワンのほか、ルソン、ミンドロ、セブなどの主要島を改めて徹底調査した結果、約3万体の遺骨の所在が確認できたという。見つかった遺骨は「旧日本兵のもの」とする現地村長らの証言が公正証書になっている。

 ところが、同隊の試算ではすべての遺骨を日本に持ち帰るには、現地住民の人件費、遺骨の保管費、輸送費などで約3億円かかる。今年度、同隊には厚生労働省から遺骨調査・収集委託費として2450万円が支給されているが、すでに使い果たし、現在は同隊が"自腹"で活動を行っている状態だ。

 担当の厚労省外事室は「遺骨収集が重要な事業であるのは間違いないが、国の予算には限りがあり、その枠内でやっていただくしかない」と話し、今年度予算では、せいぜいあと2千体の収集が限度という。来年度予算の概算要求でも同省は今年度の倍額を盛り込んだものの、3億円には遠く及ばない。

 公開質問状は、「(約3万体分の遺骨は)予算さえあれば送還できる。このままでは国家による遺棄だ」として、政府の見解を求めている。同時に同隊顧問の浜田靖一前防衛相名で同内容の質問主意書を国会に提出する。

 同隊の小西理事長は「このままではせっかく見つけた遺骨が散逸してしまう。国のために命をささげた先人に対して、国は責任を果たしてほしい」と話している。

八ケ岳トレーニング写真集 どちらが上手?

| コメント(18) | トラックバック(0)
 予定している八ケ岳の大縦走は、いよいよ目前に迫ってきました。Xデーは、天候次第で幾分かずれる可能性がありますが、極めて直前です。
 この2週間、講演会と清掃活動等で、全国転々としていたので、いまひとつトレーニングできませんでした。よって22日・23日で相棒の平賀カメラマンと八ケ岳の天狗岳から横岳、赤岳。権現岳、そして編笠山までを1泊二日で行いした。相変わらず、平賀カメラマンは、歩きながらぺちゃくちゃとうるさい。
_MG_5552


%E7%A1%AB%


hiraga4
撮影平賀淳

 そして、平賀カメラマンとどちらが上手に写真が撮れるか、競いました。ゆえに、今回のブログ写真では、撮影野口健、撮影平賀淳と書いてあります。どちらが上手だったか、みなさん見てみて下さい。特に、赤岳からの夕日は見事でした。また、富士山もよく見えました。

noguchi2
赤岳からの夕陽 撮影野口健

hirga
撮影平賀淳

noguchi
撮影野口健

noguchi3
雲海の中の富士山が美しい 撮影野口健

hiraga2
撮影平賀淳

noguchi5
木々の間からの夕陽の木洩れ日が美しい 撮影野口健

ひらが5
撮影平賀淳

E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88
撮影平賀淳

_MG_5586
 撮影平賀淳

 ただ、二日かけて歩いたコースが大縦走・本番の半分強の距離にしか過ぎないのです。当日は、約2倍の距離を一日で歩かなくてはいけない。一番手前の編笠山から一番左奥にちょこんと見える蓼科山が見えるが、果たしてそこまでいけるのか・・・?
左奥が蓼科 右手前が権現岳 
左ずっと奥が蓼科、右手前が権現岳 果たしてたどりつけるかな???

_MG_5585


_MG_5439


 今回2日間歩いてみて、八ケ岳には何度も何度も通い続けてきましたが、まったく飽きない。自然って、やっぱりいいものですね。それでは当日も、現場より、映像・写真を送りますので、ぜひご覧ください。
編笠岳山頂にて
編笠岳山頂にて

IWCから出ている野口健シェルパ
山での第2の相棒IWC・野口健シェルパ基金モデルの時計

_MG_5390

E5%BD%B1%E5%B9%B3%E8%B3%80

%E6%A8%A9%E7%8F%BE%E5%B2%B3%E5%B1%B1%E9%A0%82%E3%81%AB%E3%81%A6

遠くに富士山
遠くに富士山

2009年10月24日 野口健

八ケ岳トレーニング2

| コメント(9) | トラックバック(0)
八ケ岳トレーニング中の野口より、映像が届きました。
本日は、赤岳~編笠岳と登頂しました。





野口健事務所

八ケ岳トレーニング

| コメント(6) | トラックバック(0)
来週の八ケ岳縦走を目前に、カメラマンの平賀淳君と八ケ岳にてトレーニングを行っています。本日は、渋御殿湯を出発し、天狗岳~赤岳に登頂しました。映像、写真が届きましたので、ご覧下さい。
091022_1610~0001
赤岳山頂にて





野口健事務所
 10月19日、海上自衛隊小月基地に訪問。目的は航空学生への講演です。自衛隊では「講演」ではなく「講話」と表現されていたのには新鮮でした。海上自衛隊小月基地から講和依頼を頂いた時は素直に嬉しかった。私自身、中高校時代、自衛官になりたくて何度も千葉県習志野市にある「第一空挺団」に足を運んでは見学してきました。実際に高校時代、陸上自衛隊の試験も受けた。山に登るのか、それとも自衛官になるのか、ギリギリまで考え悩み登山の道を選んだわけです。
P1090247


 祖父が軍人、戦後は自衛隊員で退官時は幹部学校(旧陸大)の教官であった。父もまた役人。その血が私にも流れているんですね。無意識のうちに日本という国の在り方について素人ながら気になるもの。血の繋がりは本当に不思議なものです。

 航空学生への講演前に練習機T―5に体験搭乗。3500Mほどの上空でアクロバット、いわゆる宙返りであるが、さらに途中から宙返りをしながら回転しながら落ちていくスクリュウを経験しましたがGを全身に受け、顔が重力に引っ張られ、あの過酷な状況下の中で冷静に操縦桿を握るパイロットたちの冷静な精神力にさすがは自衛隊のパイロットだけあると感心させられた。約1時間、飛びましたが、後半は吐き気との戦いで額は冷や汗でベットリ。航空学生は日々、このような過酷な訓練を行っている。少しでも経験させて頂いた事で、国防を担おうと必死に訓練に励んでいる隊員の気持ちにほんの少しかもしれないけれど近づけたような気がしました。
P1090189

ちょっと緊張気味?

ちょっと緊張気味?

 世の中には好き勝手、自分たちの物差しだけで物事を図ろうとする人たちも多い。特に自衛隊に対するアレルギー反応を示す人たちもいる。中には「自衛隊は軍隊ではないか」「PKOは危険な海外派兵だ」といった批判的な意見もある。しかし、いつの時代には命を賭けて国を守ってきた人たちがいるということを忘れてはいけないし、また平和とは努力して得るもの。自衛隊は戦争を起こすための軍隊ではなく、戦争を起こさないための「軍隊」。私の祖父が自衛官の頃に世間から「税金ドロボー」と言われ一部メディアには散々誹謗されたけれども、自分たちの任務は国民を守ることだと、それだけを考えていたと話していた事を覚えています。
私が搭乗したT-5練習機

私が搭乗したT-5練習機

 先日もある朝まで生中継しながら論客員や政治家たちが議論するとある番組を見ていましたが、コメンテーターが「自衛隊を持つことに反対。9条を守るべき。」と発言。それに対し司会者は「それでは、他国が攻めてきたらどうするんですか!」と指摘すれば、その人は「殺す側になるならば、私は殺される側になったほうがいい」と発言。「何を綺麗ごと言っているのか、目の前で肉親が殺されてもあなたは同じ事を言えますか!」とその人に問いたい。
もちろん、全てではないにしろ、評論家はいかにももっともらしく綺麗な事ばかりを口にするが、国の土台を根底から支えているのはそんな彼らではない。
P1090214

宙返りした瞬間。雲が上で空が下。
<
宙返りした瞬間。雲が上で空が下
P1090207


 一個人の意見としてしか拝聴できなかったが、もしこれが国家の姿勢となればそんな無責任なことはない。国民の生命財産を守るのが国家の責任。自衛隊員はその第一線で今日も一日厳しい訓練を続けている。私は自衛官に対し心から敬意を払い、誇りに感じています。

 講演中にも感じたことですが、航空学生や隊員のキリッと引き締まった表情。若者らしくとても清々しかった。二十代前後の若い彼らが国防の一端を担おうと厳しい共同生活、訓練の中、必死に生きている姿に日本にもまだこういて使命感を抱く若者がいるのだと嬉しかった。

 私と自衛官とではそれぞれ立場が違います。ただ、私たちにもそれぞれの役割があるはずです。国を守るということはなにも自衛隊だけの仕事ではない。また政治家だけの仕事でもない。私にだってその責任はある。いや、皆それぞれが日本人として生を受けている以上、国から与えられることばかりを期待しないで自分たちにも社会に対し何が出来るのか、一人一人が自覚すること、その気持ちが国家という共同体の一員として参加することになるのだろうと思う。

 私は私に与えられた役割を果たす。これは全ての人にも同じく共通した責任だと思います。
さすが写真部出身!えっへん!

さすが写真部出身!えっへん!
この寂しげな夕日が好きです

この寂しげな夕日が好きです

 さて、予定されていた八ヶ岳大縦走はいよいよ一週間をきりました。全国行脚が続いていたのでトレーニングが十分に出来ていない。明日から相棒の平賀カメラマンと二泊三日で山籠り。くたばるほど歩き続け体を作ってきたいと思います。来週、どうなることやら・・・。

10月20日 野口健

一歩一歩、前へ前へ

| コメント(11) | トラックバック(0)
 講演活動は千葉県、山梨県、愛知県、山口県と続き昨日東京に戻ってきました。講演会のテーマは冒険から清掃活動などの環境問題、そして遺骨収集への取り組みなど実に幅広く要点をまとめるのはなかなか一苦労ですが、大きな括りにすればテーマは日本。
千葉企業人大学にて

千葉企業人大学にて

前回のブログで「活動とは伝えること」と書きましたが、より正確には「まずは伝えること」。そして次に伝えることで活動の環を広げ具体的なアクションを起こすこと。理想を問うのは実に容易い。問題は伝えた事を実現させなければ意味がないが、それがとても難しい。どれだけ伝えようが物事の進展にはそれなりに時間を必要とするもの。当然といえば、当然ですが、もちろん、全ての人が共感するわけでもなく、時に反論もあるもの。それは別にいいとして、ただなによりも空しいのは無関心、無反応。

同じような事を繰り返して話す事に果たしてどこまで意味があるのかと、一度も葛藤しなかったと言えばそれはない。ただ、葛藤を繰り返しながら、信念さえあればいつかは必ず伝わるのだ、との思いで全国行脚を行って来し、これからもそう。

富士山清掃活動の参加者も10年前は100人足らず。10年後は6800人を超えた。活動は大きな環となった。遺骨収集活動もいずれはそうなる。

時に人を苦しめるのは人であるかもしれないが、人を助けるのもまた人。人に伝える事を諦めたら何かが終わってしまう、崩れてしまうといった恐怖を感じることがある。

学生時代、97年、98年にエベレストに挑戦しても登頂できなかった頃にもう挑戦を断念しなければならないのかと追い詰められた事がありました。それでもこうして挑戦を続けてきたのは、挑戦を続けるのは怖かったけれど、それ以上に挑戦を諦めて全てを失ってしまうほうが遥かに怖かったからです。生きるという事はどうであれ怖い事の繰り返し。どっちにしろ怖いのならばやるしかないと、まあ~そんなものです。エベレストに登る、また太平洋などの海を渡るといった事だけが冒険ではなく、環境問題も遺骨収集活動も形を変えた冒険です。

人は与えられた役割の中で生きていくもの。橋本龍太郎氏の言葉の中に「例え火だるまになろうともやり遂げる」というものがありましたが、龍さんのお気持ちが少しだけ分かってきたような気がします。

10月16日
午後13時から千葉県幕張にて千葉企業人大学(毎日新聞主催)にて講演。
17時45分から千葉県・安孫子市へ移動し、日本電気労働組合我孫子支部にて講演。講演後、山梨県・富士吉田市へ移動。22時半富士吉田市に到着。
日本電気労働組合・我孫子支部にて講演

日本電気労働組合・我孫子支部にて講演

10月17日
 午前10時から山梨県富士吉田市にて日本PTA関東ブロック研究山梨大会にて講演。講演終了後、13時半から富士山レンジャーと合流し16時半まで富士山麓・樹海などのパトロールを行う。富士山レンジャーは日々、現場をパトロールしています。隊員の彼らが現場で何を見ているのか、名誉隊長として報告を聞くだけではなく一緒に現場に行かなければと彼らのパトロール任務に同行。

 途中、雨に降られなかなか寒かったが、樹海の歩道を外れ森の中を案内されたらそこは心無い人たちによって荒らされていた。森の中でサバイバルゲームを行っていたのか、迷子にならないように至る所にマーキングがされていた。例えば気にペンキで色を付けていたり、またビニール紐があちらこちらの木々に巻き付けられていたり。そしてコケが踏み荒らされ岩が露出していた。不届き者に対し拘束するなどといった法的な権限がない富士山レンジャー隊員の苦悩が続く。彼らもまた一生懸命伝え続けているのだ。これからも機会を見つけては隊員と一緒に現場を歩きたい。
日本PTA関東ブロックにて講演

日本PTA関東ブロックにて講演
2000人を超えると会場も広い
2000人を超えると会場も広い
富士山レンジャー隊員と

富士山レンジャー隊員と
P1090106

マーキングされたビニール紐が

マーキングされたビニール紐が貼りめぐされていた
P1090120

P1090134

10月18日
愛知県・稲沢市にてリーフエコ博にて講演
リーフエコ博にて講演

リーフエコ博にて講演
P1090151
 

10月19日
山口県・下関市の海上自衛隊・小月航空基地にて講演
22時、東京に戻る。
海上自衛隊・小月航空基地にて講演

海上自衛隊・小月航空基地にて講演
P1090237



次回は海上自衛隊・小月航空基地講演について報告します。

伝え続ける意味

| コメント(12) | トラックバック(0)
愛媛、熊本から戻ってからも相変わらず同じ。10月13日はテレビ静岡の「テレビ寺小屋」といった番組で静岡の浜松へ。これは二週に分けて放送される番組ですが教室形式で生徒に向かって授業を行うようなもの。実際は子供たちではなくお母さん?お父さん?たちを対象としましたが、冒険人生から温暖化によって深刻な被害を受けているヒマラヤの氷河融解問題まで約30分ずつ二回に分けて収録が行われました。放送日が決まりましたらお知らせします。
P1090049


その夜、東京に戻り

清掃行脚の日々 ~愛媛・熊本~

| コメント(25) | トラックバック(0)
 愛媛、熊本と清掃行脚から戻りました。10月9日、「拾えば街が好きになる運動」(JT主催)の清掃活動が愛媛・道後公園にて行われた。まず午前中に久米小学校にて小学高学年生を対象に講演会が行われた。テーマは「環境問題を一緒に考えよう!」。小学校での講演は久しぶりでしたが、誰一人寝る子もいなく、質問時間中も「ハーイ」と元気よく手が上がり先日の後遺症?から解放されたような、実に清々しくやりがいを感じていた。共にハッピーなのが一番いい。
久米小学校での講演

久米小学校での講演


 ただ、先日の某大学での経験は決して無駄ではなく、最初から聞く気のない学生たちをどのようにその気にさせるのか、これは一つの課題として残った。興味がある子は自分から積極的に向かい合ってくれるのだが、無関心と思われる学生たちにどのように話せば伝わるのか、興味を抱いてくれるのか、これが出来ればメッセンジャーとしてもう一歩先に進めるし、なによりも輪を広げる事ができる。学生から「私たちにも聞く、聞かない、権利があります」などと書き込まれているようでは私もまだまだ甘い。
質問に手を上げる子供たち

質問に手を上げる子供たち

 小学校の子どもの質問の中に「富士山ではゴミ以外に汚いものはなんですか?」とあり、これは今までにない指摘であった。「ゴミ以外に汚いもの」、う~ん、なかなか当てはまる言葉が見つからなかったが、これは問題発言になるかもしれないかな?と自覚しながらも「それはね、無法投棄する人間たちだ。樹海にトラックでゴミをたくさん持ってきて真夜中にこっそりと捨てる彼らの心が汚い。そうゴミ以上に彼らの心のほうが汚い」と答えた。人様を「汚い」と言うのは問題なのかもしれない。しかし、長年、富士山の不法投棄と格闘していると、彼らの存在がいかに哀れで醜いか、そして社会にとって害であるのか、あの樹海に埋められた注射器が全てを物語っている。

 小学校を後にし、松山市の中村市長と面会。昼食を共にさせて頂きましたが、うまが合いましたねぇ~。初対面とは思えないほど、人生観や哲学、また政治問題、対隣国に対する日本の在り方、接し方、などなど話が尽きなかった。昼食後に市長とトークショーを行い、夜には再び合流し、フグ鍋を突きながら語りあった。私は愛国者である中村市長の熱い人柄にすっかりと惚れました。これからも連絡を取り合いながら、テーマは日本。一緒に何かが出来るはずだと確信しました。そして私同様に中村時広さんもなんとなんと高校時代に停学になっていたこと。これ、なんとも嬉しい偶然じゃないですか。
中村時広市長と

松山市長・中村時広氏と

 中村市長とのトークショーを終え、夕方から道後公園へ。本日のメーンイベントとなる清掃活動開始。このJTさんの「拾えば街が好きになる運動」は5年前から全国の街で清掃活動を行ってきた。既に90万人の方々が参加。これは一つの企業としては日本最大規模の清掃イベントである。
道後公園での清掃キャンペーン!

道後公園での清掃キャンペーン!

 JTさんのイベントに参加するとよく「野口さんはタバコを吸いますか?」と質問される。もうタバコはやめたが、以前は吸っていた時代がある。あの時代かな?特にあの缶ピースが好きでしたね。ただ、このイベントはタバコを宣伝するものでは決してない。JTさんからすれば自分たちの商品がポイ捨てされているわけで、それはやめてほしいと、タバコを吸うにもマナーがあるのだと、清掃活動を通して伝えていこうとなったわけです。タバコについて私の考えは、あくまでも健康とマナーの問題。健康に関しては、完全に自己責任。ビールやウイスキーだって、飲み過ぎればアル中になる。塩だって摂取しすぎれば高血圧や脳卒中になる可能性が高まる。だからといってアルコールの存在がいけないわけでも、また宣伝をしていけないわけではない。あくまでも自身によるコントロールが求められるもの。くどいかもしれないが、砂糖だってそうだ。好きだからといって永遠と舐め続けたら虫歯にも糖尿病にも肥満にもなるわけです。
隙間からタバコの吸い殻を取り出すのが一苦労

隙間からタバコの吸い殻を取り出すのが一苦労


 次はマナーの問題。タバコを吸わない人の近くで吸うものではない。私もタバコをやめて気がついたのはあの煙の臭いこと臭いこと。新幹線の喫煙車両は絶望的な空間だ。あの空間を行ききしなければならないお弁当売りのお姉さんが実に可哀そうだ。最近ではお寿司屋さんでも禁煙とするお店が多い。これは大歓迎。特にカウンターでの喫煙は極めて迷惑だ。つまりタバコを吸いたかったら、人から離れて吸えばいい。人に迷惑をかけなければそれでいいと思う。そして何よりもポイ捨てしないことだ。

地元の子供たちに清掃活動の意義を話す

地元の子供たちに清掃活動の意義を話す
いやいや、癒される瞬間。女性は神様だ。

いやいや、癒される瞬間。女性は神様だ

 10月10日、この日は同じ県内の「ふたみシーサイド公園」で今度は日本アムウェーさんの海岸清掃イベントに参加。JTさんが全国の町での清掃ならば、アムウェーさんは全国の海岸を清掃している。このアムウェーさんの清掃キャンペーンも実に本格的で集められたゴミの分析を行い最終的には環境省にそれらのデーターが提出される。私以外にも例えばCWニコルさんやモイヤーさんもアムウェーの環境活動に共感し時に一緒に活動を行う。お陰でアムウェーさんの環境シンポジウムになると私の環境仲間が勢ぞろいしたりする。私もこの何年間で日本全国15カ所の海岸で一緒にゴミ清掃を行ってきました。詳しくは私の本「自然と国家と人間と」にも触れていますが、昨年は中国、韓国からも学生などを招待して西表島で清掃を行った。特に漂着ゴミが多い日本の海岸は他国から流れ着くものが多い。したがってゴミを海に流す側にも一緒になってこの問題を取り組もうと企画したものだ。今年はあともう2か所、一緒に海岸清掃させて頂きます。
清掃後、海岸でミニ講演会を行った

清掃後、海岸でミニ講演会を行った

ふたみシーサイド公園にて清掃活動!

ふたみシーサイド公園にて清掃活動! 

海岸清掃を終え、熊本へ移動。ふたみシーサイド公園からタクシーで飛行場に向かったが、なんと空港が閉鎖されているとの情報が入る。欠便?なぜ、もう台風は去っているじゃないか!と、そうしたらなんとなんと、滑走路にセスナ機が胴体着陸。故障かと思いきや、なんとまあ~信じられない事に車輪の出し忘れだって。そんなまぬけなパイロットいるの?トイレに入って用を足すときにズボンを脱ぎ忘れたまま、つまりズボンもパンツも履いたまま、うんちしちゃうようなもの。

 信じがたいねぇ~と呆れ半分、怒り半分、結局、欠便となり、慌ててフェリー乗り場へ。船で広島へ。瀬戸内海を渡るのだが、瀬戸内海に沈むあの夕陽の美しさに車輪出し忘れパイロットへの怒りも何処かに飛び去り、しばし眺めていた。近年、船旅は少なくなってきているから、これはこれで貴重な機会となりました。特に高速道路が無料化していけば幾つものフェリー会社が倒産してしまうかもしれない。何でもかんでも早くあればいいというご時勢、逆に船旅に癒されるもの。夕日を眺めながら日々スケジュールに追われているが、たまにはゆったりと移動するのもいいものだとしみじみと感じていました。
飛行機がフェリーに

飛行機がフェリーに

 日本中を旅していると、こうしてさりげなく出会う風景がなんとも優しくていい。エベレストのように圧倒的な存在感、威圧感はないが、日本の景色はヒマラヤにはない優しさがある。結局、この日は熊本まで行けず広島から新幹線で博多まで。
瀬戸内海の雲

瀬戸内海の雲

 10月11日、朝一の電車で熊本へ。この日も再びJTさんの清掃キャンペーンに参加し、熊本城周辺で清掃活動を行ってきました。夜、東京に戻りましたが、いやはや、移動の連続は疲れますね。講演活動より、清掃活動より、何よりも疲れるのが移動。移動が続くとまるでボディーブローのように堪える。
瀬戸内海に沈む夕日にうっとり

瀬戸内海に沈む夕日にうっとり

 ただ毎年、全国からたくさんの方々が富士山清掃活動に参加してくださる。こうして全国で清掃活動を行うのは私なりの恩返しです。また清掃活動を通じて全国の現場に足を運ぶことも大切なこと。清掃芸者?のゴミ拾いの旅はまだまだ続きます。

おわり
 明日は朝一の飛行機で愛媛へ。

10月9日、JTさんのイベントで久米小学校で講演したあと、道後公園にて清掃活動。

10月10日はアムウェイクリーンアップで同じく愛媛県で海岸清掃活動(ふたみシーサイド公園)を行います。

10月11日は再びJTさんの清掃イベントで熊本市内を清掃活動と講演活動。

移動しながら講演活動を続けている時は、まるで温泉宿をまわる旅芸者?のようであったが、これは清掃芸者?

以前、ブログにも書きましたが、
 釧路から戻り次の日は楽しみにしていた母校・亜細亜大学での授業。年に一回、国際関係学部2年生を対象に、環境問題への取り組みや、国際貢献の在り方、遺骨収集活動、冒険人生について、目標を実現させるためには、失敗と成功とは、などなど自分が経験してきた事を話しています。こうして母校に呼ばれて後輩に伝える事が出来る、これはとっても幸せなことです。特に僕は亜細亜大学に救われたというか、あの「一芸一能推薦入試制度」がなければまず大学生になるチャンスもなかっただろうし、衛藤学長(当時)との出会いがなければ南極大陸最高峰チャレンジは断念していただろうし、いずれにせよ8年間過ごした亜細亜大学にはお世話になりっぱなし、少しでもその恩返しが出来たらと年に一回の講義を喜んで引き受けました。

亜細亜大での講義中

亜細亜大での講義中

 そしてなにより嬉しいのが、500人ぐらい入る教室がいつでも満員御礼、時に立ち見も出るほど学生が集まってくれる。そして90分、誰一人寝る事もお喋りすることもなく、手にはペンを持ち私の言葉をメモしている。質問時間は授業時間内では収まらず講義後、大学側が部屋を用意してくださった部屋で今回も約一時間、学生からの質疑応答が続いた。
ちゃんとメモってくれるのが

ちゃんとメモをとってくれるのが嬉しいじゃないですか!

 亜細亜大学は留学生も多いし、また学生がボランティアなどで海外などで活躍している人が多いので、例えば「カンボジアで、フィリピンで教育支援を行っていますが」と細かく説明し漠然的な質問ではなくて実際に現場で行き詰った事例をあげ、アドバイスを求めてくるケースが多い。母校だからとヨイショしているわけではない。このような後輩と接すると疲れが飛ぶね~。そして後輩というものはやっぱり可愛いものですよ。

学生が本気なら、こちらも本気になる。

学生が本気なら、こちらも本気になる。これ相乗効果。

講義後も会議室で学生からの質問が続く

講義後も会議室で学生からの質問が続く

 その後、他の大学で講義。まあ~色々な大学がありますから、様々な個性があるものです。ペチャクチャとお喋りする女学生がいて3回ほど注意しても辞めなかったから怒鳴りましたけれどね、さぞかし不愉快な思いをさせたかもしれませんが、人が真剣に話している時には聞く側も真剣になったほうがいい。私の話がつまらなかったのかもしれませんが、もしそうならば、それはそれで私も反省しなければならないでしょうが、学生は大人だからね。社会に向けて即戦力となる人材育成を目指すのならば、人としての在り方をしっかりと伝えていかなければいけない。

 サンドイッチかハンバーグか分からないけれど、講義中に食べ物片手に遅れて教室に入って来た学生が以前いましたが、そのような行為を見逃がしていいのだろうか。そして講義が始まる前から爆睡している学生たち。教室表のロビーのソファーで靴を履いたまま寝転んでこれまた爆睡。どうして昼間からそんなに眠たいのか。もっと早く寝た方がいい。親に高い授業料払ってもらっているのだから、寝てばかりではもったいない。もちろん、全てがそのような学生ではないが、目立つとまるで全体がそうであるかのような印象を人に与えるものだから、彼らは責任を感じた方がいい。

私のスタッフが撮影した爆睡風景

私のスタッフが撮影した爆睡風景・恐るべし野口健事務所!

 まあ~基本的に私は学生や生徒たちにそんな事があれば怒ることにしている。声を上げる方もエネルギーを必要としますが、しかし、怒らない大人たちや、先生たちが多すぎる。 
 
 廊下に立たせることも体罰にあたるからダメだという。体罰と虐待の定義がごちゃ混ぜになっている。時に子供たち、また学生であろうが、怒らなきゃイカンと思います。それは大人の役割でしょうに。子どもたちに好かれる事が仕事じゃないだろうに。時に嫌われてもいいじゃないかと、こちらの思いさえしっかりしていれば、いつの日か必ず分かってくれるはず。

爆睡する学生たち

爆睡する学生たち

 子どもの為に叱るのが体罰であり、大人の八当たりで子どもに手を上げるのがいわゆる虐待でしょ。ごちゃ混ぜになっているんだなぁ~。日々講演活動などで教育現場によく足を運びますが、本当にこのままでいいの?と、将来の日本に対し不安を感じる事が実に多々あります。先生、生徒間もためご。敬語も死語になりつつある。そういう私も不良でしたからあまり偉そうに言えませんが、少なくとも先生には敬語を使っていたし、どこかで大人に対し尊敬していた部分はありました。

 高校時代(小学校・中学校含む)や大学時代の先生方、また登山家の先輩方、橋本龍太郎さん、また両親含め、私の事を本当に本気で怒ってくれたし、つまり本気で接してくれたわけですから、感謝です。

 まあ~とにかく私は騒ぐ生徒がいたらこれからも怒鳴りますから、騒ぐ奴は覚悟してもらったほうがいい。とっ そんなものです。つまり怒ることを諦めたくない。
 
 そんな中、母校はやっぱりいいなぁ~。まるでベースキャンプでした。

釧路湿原と再会の旅

| コメント(21) | トラックバック(0)
 小諸市から帰京した翌日は風邪で一日ダウン。9月2日、教育委員会主催の講演会で群馬県へ。主催関係者の中に親戚が含まれておりその関係で講演をしましたが、僕の祖父は群馬県太田市出身。したがって群馬県には親戚が沢山います。久々の親戚との再会に控室では祖父の話で盛り上がった。「健ちゃんのやっている遺骨収集で一番喜んでいるのはお爺さんだよ」の言葉は嬉しかった。
 P1080389

僕はじいちゃん子でじいちゃんと一緒にいるのが大好きだった。軍人であったじいちゃんから戦争の話を聞きながら育ったようなもので、遺骨収集を始めたのもじいちゃんの影響からです。97年、98年とエベレスト登頂ならず、入院中のじいちゃんに「またダメだったよ。じいちゃん、ごめんね」と、「ケンは大丈夫。必ず登れる。自分を信じることだ。じいちゃんは健の事を信じているぞ」と微かな声を絞り出すように話してくれた。その直後に亡くなり、そしてエベレスト登頂はその半年後。もう少しだったのに、誰よりも僕のエベレスト登頂を信じ、楽しみにしていたのに、なんとも悔しかった。親戚の方とじいちゃんの話をしていたらとっても会いたくなった。近々、富士霊園に眠るじいちゃんに会いに行こうと、報告することが山ほどあり何からお伝えしようかとそんな事を考えながら、夕方に東京に戻り、羽田から北海道釧路行きの便に乗り込んだ。
P1080387


 アテンダントさんが「いつも野口様のブログを拝見しております」と声をかけてくださった。「ですから今日のフライトに乗られるのも分かっておりました。いつも応援しています」と、そういえば前日のブログで釧路に行くと書いたっけ。それにしてもそんなさり気ない会話っていいものです。その一言だけでも心温まった。

 そして飛行場では再び懐かしい再会あり。小学生の時にエジプトにあるカイロ日本人学校に通っていたが、そのカイロ日本字学校時代の先生が迎に来てくださったのだ。もうかれこれ二十数年ぶり。大倉光昭先生は今現在、厚岸町立真龍小学校校長先生。今回は第56回日本PTA北海道ブロック研究大会釧路大会での講演会。

 車の中、エジプト時代の話でまたまた盛り上がり「ケン、お前は大変だったんだぞ。空気銃事件は忘れないよ。よく喧嘩して殴っていたな。学校一の問題児だったよ。でもしゃべり方は今となにも変わっていないよな~。お前は昔から負けん気が強かった。それにジッとしていなかった。チャカチャカしていたな」と、よく細かく当時の出来事を覚えてくださっているのに驚いた。

 実に恥ずかしかったのはこれは本人も覚えていないのだが、小学校5年生の時、下痢をしていたらしく学校でウンコを漏らしたとのこと。「ウンコ漏らしのケン」と呼ばれていたらしく、あれは可哀そうだったと、しかし、必至に思いだそうとしても思い出せない。小学生5年でのウンコ漏らしは死ぬほど恥ずかしかったに違いない。おそらくショックのあまり記憶ボタンを押し頭の中の記憶から永久追放してしまったのだろう。群馬では親戚、北海道では小学生時代の先生と再会、最近、「再会」がなにより嬉しくまた大切に感じる。自身のルーツをたどりたくなるお年頃なのかもしれない。

 9月3日、大倉先生や関係者と釧路湿原を歩く。日本一広い湿原。壮大な空間に広い空。澄んだ空気になんとも癒される。登山者も我々ぐらいでとっても静か。木道に座って目をつぶるとどこからか大地を感じる。自然の力は不思議なもので理屈では到底説明しようもない感覚に包まれるものだ。
P1080420


P1080437


 午後は地元の北海道標茶高校に訪れた。この高校は日本で最も大きな敷地。道立とは思えないレンガ造りの校舎に一面が芝生に奥は牧場と森。生徒達が「湿地再生プロジェクト」を立ち上げ、年々小さくなっていく釧路湿原の保護のための研究を重ねている。森の中にビオトープを作り、牛の糞尿などの汚水を流しこみ、どのように浄化していくのか、試行錯誤、今年で2年目となる実験、フィールドでの研修を行っていた。その彼から取り組みを彼らから発表して頂いたが、日々現場で格闘しているだけに言葉に説得力、とっ言うか、熱意のようなものを確かに感じ取りました。
P1080484

北海道標茶高等学校にて、湿地再生プロジェクトの説明を受ける

 そして何よりも実に生き生きとしている。年内には地元の小学生を対象にこのフィールドで環境教育を行うとのこと。これは大きな意味がある。大人から子供に伝えるよりも、高校生である彼らは子供たちから見たらお姉ちゃん、お兄ちゃんである。つまりグッと身近に感じる存在であり、そんな彼らの言葉のほうが、大きな抵抗もなくスッと子ども達の心に届くに違いない。それと日頃、学ぶ側の高校生が今度は小学生に伝える側になる。人に伝えるという作業はなんとなく分かっているだけでは無理。頭の中でちゃんと情報を整理し確実に理解したうえで初めて人に伝える事ができる。つまり日頃の活動でなんとなく分かっているつもりになっているかもしれないが、子ども達に伝えるということが、1つのきっかけとなって物事をしっかりと把握する。そして難しい事をいかに子ども達相手に分かりやすく伝える事ができるのか、この訓練は実に大切です。これは大人とてなかなか出来ない。

 よく環境問題などのシンポジウムに参加しますが、どうして日本の専門家の先生方はあえて難しく説明したくなるのかと思う。簡単なことでさえ、あえて難しく話そうとする。専門家らしくてもっともらしいと感じているのかもしれないが、そんな事は評価されないし、自己満足になってしまう。何故ならばシンポジウムの会場の大半の方々が寝に入るからだ。

 そんな事よりも難しい事をいかにシンプルに簡単に伝える事ができるのか、そっちの方が遥かに高度であるし、最も大切な「伝える」事に繋がる。だから彼らが小学生相手に環境教育する事はとても素晴らしい。私には彼らの取り組みに大きな可能性を感じています。

 高校を後に夕方からは釧路川でカヌー体験。エンジン音のないカヌーはとても優雅。川岸の動物の鳴き声がよく聞こえ、特に鹿が多くカヌーが近づくと「キョー」と声を上げこちらをじーと眺めている。白鳥や鷲も。
P1080542


 そして見事な夕焼け。私は知らなかったが釧路は三大夕陽?夕焼け?と言われているようで、カヌーを漕ぎながらこの美しい風景をなんとか撮影しようと試みたが、漕ぎながらの撮影は難しいね。
P1080568

世界三大夕日の一つといわれる釧路の夕日

P1080574


 そして今回の釧路行きには娘の絵子さんを同行させた。なにしろなかなか家に帰る事も出来ず父親らしいことなど出来ないでいるので、せめて現場の仕事の時にはご迷惑をおかけしない程度に連れて歩こうと、先週の富士山清掃活動にも参加させた。現場に連れて行くことしか私には出来ないが、ただ色々な世界を理屈抜きになんとなく肌で感じ取ってもらえばそれでいい。理屈は後から追い付いてくるもの。そして何よりも自然の美しさやロマンを今のうちからしっかりと味わってほしい。

P1080518


 4日、無事に講演を終え、先ほど東京に戻ってきました。明日は(5日)母校、亜細亜大学で学生相手の講義。これは毎年、年に一回行っていて今年で5年目。母校となると思いれも違ってくるもの。特に亜細亜大の学生は質問が多くて嬉しいね。授業の時間内では収まらず授業後、約30分ほど質疑応答の時間が別の教室に用意されるほど熱心な学生が多い。

 明後日は私が客員教授を務める浦安市にある了徳寺大学にて講義。同大学のボランティアサークルの顧問もやっていますが、そのサースクの学生2名も先週の富士山清掃活動に参加してくれた。彼らも現場で何かをやりたくてうずうずしているのだ。

特に千葉では環境大使に就任してから清掃活動を行ったり、また近々、森田知事と不法投棄の現場の視察が予定されていますが、これらの活動に私の学生達を参加させたい。明後日の講義の前に彼らに何ができるのか、また何をやりたいのか、話し合ってみようと思う。

さて、明日、明後日とどのような学生とのやり取りが行われるのか、真剣に心して接してきたい。

P1080589



長野県・小諸市にて森林教室!

| コメント(22) | トラックバック(0)
 富士山から長野県小諸市へ移動。9月27~30日まで小諸市で野口健環境大使賞の授賞式、講演会、そしてメインの小学5年生を対象とした森林教室を行った。小諸市では4年前に小学校(義務教育)の授業の中で現場型環境教育をやろうと芹澤市長と共に「森林再生プロジェクト5カ年計画」を発表。小諸市には小学校6校あり、いまでは全ての小学校の5年生(600人強)と一緒に森作りを行っている。具体的には子どもたちに間伐体験などをさせている。
この写真をトップに


 市が直接、教育委員会や教育現場に呼びかけて環境教育をプログラムに入れたのは全国で小諸市が初めて。私がいつもやっている野口健環境学校は夏休みなどの学校が休みの日に開催しているが、自身で申し込んでくるわけだからそもそも環境問題に関心がある子どもが多い。まあ~それはそれでいいとして、しかし、環境問題は全ての子どもにも関係してくるわけで、興味があろうがなかろうが、国語、算数、社会といった科目同様に教え伝えていかなければならないだろう。
P1080375


 そのために方々の教育委員会などに「現場型環境教育をやらせて頂けないか」と提案してきたが、部外者に対しなかなか門が開くことはなかった。ちょうどそのタイミングで芹澤市長から「小諸市を環境都市にしたい。力を貸してほしい」との要望があり、それでは引き受ける条件として「市長が教育委員会を説得して市内の小学校で環境教育をさせて頂きたい」と生意気ながら注文をつけさせて頂いたのが事の経緯です。それから芹澤市長は教育委員会や学校に直接働きかけ紆余曲折ありながらもスタートしたのだ。

P1080313

 
 最初の年は6校中4校が参加。この森林教室は地元メディアも大きく取り上げ話題となった。参加しなかった学校の親たちからは「なぜ、うちの子供たちは参加できないのか」といった声があがったそうだ。それらの結果、2年目からは6校中6校全てが参加。嬉しい広がりではないですか。

 毎年やっていて思うんですが、朝、体育館で集合したときはなんとなく眠たそうな顔をしている子ども達が一歩森に入ると途端に表情がキラキラする。これは理屈じゃないんだなぁ~。どんなに頑張って子ども達に話しかけ、接してみても、自然の魅力、力には勝てないんだね。
DSC06156


 最近の子ども達は自然と触れ合うきっかけがないだけで、いざ自然の中に入ると生き生きする。そして解散の時に「また森に来たい人は?」と問いかければほぼ全ての子どもたちが「ハーイ」と元気に手をあげる。環境問題は現場感覚がなによりも大切。そして自然が好きだから守りたいとなればそれが本来の姿で、知識だけの環境問題を詰め込んでもあの年号の暗記ばかりであった歴史の授業みたいに退屈するだけだ。

野口健環境大使賞授賞式にて

野口健環境大使賞授賞式にて

このような機会を子ども達に与えてくださった芹澤市長や教育委員会、そして各学校の先生方には心から感謝しています。この現場型環境教育(義務教育の中で)はまだまだレアケースですが、小諸で成功すれば1つのモデルケースとして全国に普及していくだろうと、そんな期待と夢を抱きながらまた来年も頑張りたい。
この写真をサイゴに


 それにしても連日の雨で森の中は寒かった。鼻水がズルズル。風邪を引きました・・・。温室育ちのアルピニストはとてもデリケート。明日は群馬で講演し、東京にとんぼ返りしてから夜の便で北海道へ。明後日は釧路湿原を歩き、明々後日は釧路市内で講演です。以前から釧路湿原は是非とも訪れてみたい所であったのでとても楽しみ。それまでに風邪を治さないと。ではお休みなさい。

カテゴリ

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.01

このアーカイブについて

このページには、2009年10月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2009年9月です。

次のアーカイブは2009年11月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。