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ベースキャンプでの生活



 二日目の休養日。朝8時までグッスリ。夜中から風が強くなりテントがバタバタ騒いでいたが、眠さのあまりいつの間にか眠っていた。熟睡しすぎたのか、朝起きたら顔がむくみ、頭がフラついた。朝からの登山に備え、頭と体を洗った。桶に貴重なお湯を入れてもらいテントの入り口で少しづつ髪の毛を濡らすのは相変わらずだが・・・。

  午後になり、韓国隊員の金さんがベースキャンプ付近の氷河から古びた金属の魔法瓶と火器を持ってきた。その魔法瓶の裏に薄っすらと年号が書かれてあり、よくよく確かめると1952年の物であることが分かった。慌てて我々も金さんが見つけ出したポイントまで駆けつけた。我々のテント場からたかだか3分。当時は木材のドラムを使用していたのか、木材の破片が散乱している。缶詰、テントの残骸、火器や靴などが至る所に散らばっている。その中に、妙な形をした、どこかで見覚えのあるようなゴム製の物が発見された。
「まさか、あれか!」
と思いきや、金さんが、
「あれだ!」
と表情で合図を送ってくる。しかし、そのゴム厚からして、使用した際のフィーリングには不満極まるだろうし、サイズからしても充分ではないだろうと、にわかに信じられなかったが、哺乳瓶の先っぽなどエベレストにあるわけないし、
「結局はあれか!」
ということになった。いつの時代も欲するものは同じだとなんだか嬉しかった。健康な証拠だ。でも、人間は極限状況に追い込まれれば追い込まれるほど、体の疲れに反してその欲望だけは元気になってしまうのは、僕も経験済みであり、子孫を残そうと最後の抵抗に出ているのかもしれない。男の役割とは過酷なものです。その数十年前のゴミを前にしみじみ痛感させられた。

 その他にゴミとして電池が出てきたのには嫌な気持ちになった。この氷河の末端が川の始まりとなり、この水はいずれガンジス川へと続いている。つまり、人の生活用水となる。そこに電池が無造作に捨てられていた。自身の冒険さえ成功すればよいと考えられていた時代の産物だ。我々は同じ過ちを繰り返してはならない。

  清掃後、グルジア隊員のドクター・ズーラから血圧検査を受けた。80〜140と前回よりも落ちてきた。地上と比べるとまだまだ高血圧だが、なにぶんここは地上の大気の三部の二しかない高所だ。健康であるほうがおかしい。

  ベースキャンプにアッパー・シェルパが遊びにきてくれた。アッパーはエベレストに11回も登頂し、エベレスト最多登頂記録を樹立した方だが、けっして威張らず、いつも腰が低く、誰からも尊敬されているシェルパだ。アッパーは僕が設立したシェルパ基金にも共感してくれ、今年1月上旬に橋本龍太郎氏とカトマンズ入りした際も、ネパール山岳会の幹部との席上で共にし、シェルパ基金の必要性を訴えてくれた。これから、アッパーとは永い付き合いになるだろう。

  ギーアが
「ケン、気をつけろ。このベースキャンプでもお前の悪口いっている奴が多い」
なかなか清掃活動に理解を示さない登山家はなにも日本に限ったことではない。ギーアは欧米人登山家からも顔が広く、あちらこちらに顔を出しているのだが、方々で
「あの日本のヤングボーイ、随分スポンサーつけて儲けたな」
と冷やかされ、それに対して異議を唱えてくれたらしい。ギーアは
「ケン、なにか新しいことをするときにはいつでも反発がある。気にするな。ただ、油断するなよ。ラッセル・ブライスみたいな奴が多いからな」
と忠告してくれた。ニュージーランド人登山家のラッセルブライス氏は昨年夏、日本に来日し、「山と渓谷」という山岳専門誌でチョモランマに野口清掃隊のゴミが散乱していると発言した。僕としてもいきなりの彼からの攻撃で驚いたが、我々は自身のゴミに関して徹底して持ち帰った。シェルパの報告や、同時期にいた他の登山隊からも情報を集めたが、その事実は確認されていない。結局、3人のシェルパをチベット側に調査のため派遣した。今現在、確認中であるが、ネパール山岳会の幹部の話では
「チョモランマの環境保護を長年にわたって指摘してきたラッセル氏の嫉妬だろう」
とのこと。

  無意味な摩擦は避けたいが、しかしどうしても引けない一線がある。チョモランマ清掃活動に命をかけてきた。もし、仮にラッセル氏の発言が事実に反していれば、残念だが彼との摩擦は避けられなくなる。

  エベレストの自然の前に立ちはだかる人間社会の醜さ。時に、耐えがたくなる。明日から、アイスフォール越えだが、無心になりながら、がむしゃらに山に登れる貴重な時間だ。

  僕にはアイスフォールより人間社会の憎悪のほうが怖い。

2002年4月18日
明日からキャンプ2へ 野口健