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上部キャンプへ 2回目

 4月19日、2度目のアイスフォール越え。午前、7時30分、ベースキャンプ出発。アイスフォール通過中、付近の岸壁から落石が発生し、その爆音に身がすくむ。2度目のアイスフォールとあり、先が読めるので前回以上に精神的に楽だ。高度的にもいくぶんか順応できたのか、前回ほど息がきれない。しかし、いつ崩れてもおかしくない氷柱群の下を通過しなければならないときは、疲れていようが足が自然と速くなる。そして、クレパスの多さ。ハシゴを渡っている時に、思わず、
「ここは160メートルの深さ」
「ここは200メートルはあるな!」
と声をだしてしまう。そんな時、一緒に登っている高畑隊員から嫌な顔をされる。高畑隊員は初のヒマラヤ登山であり、まして、その初ヒマラヤがエベレストのアイスフォール越えとあれば、精神的にきついのも当たり前だ。そりゃ〜嫌な顔するわな〜。

 

 5時間弱でキャンプ1に到着。今日はこのキャンプ1にテント泊し、翌日にキャンプ2(6400メートル)を目指す。高所での生活で欠かせないのが水分補給だ。テント周辺の雪を袋に詰め、テント内でコッヘルに移し変えガスコンロの火力で水に溶かす。この作業は疲れた身にこたえる。しかし、息を切らせながら5時間弱も登りつづけてきた。体は脱水症状気味になり、また、酸欠の影響で血のめぐりが悪くなり、血がドロつく。水分をしっかりと補給し、体内の血液をサラサラにしてあげなければならない。高畑隊員は高山病の初期症状で頭痛と吐き気に苦しみだしたので、利尿剤を飲ませ、水分を多く取らせた。高所の夜はとにかく永い。寒さや酸欠気味から寝つきも悪く、寝袋の中でもんもんと過ごす。

  耳元で氷河に亀裂が入る音が響いてくる。かと思いきや、付近で発生する雪崩や落石の爆音。この氷河は、夜中になると決まってにぎやかになる。テントの周辺もクレパスだらけ。夜中にトイレで目を覚まし、テントから出て移動するスリル感はなんともいえない。クレパスの表面だけに雪がかぶるヒドゥンクレパスが無数あるだけに、一歩一歩に緊張感がはしる。

何年か前、このキャンプ1周辺で一人のシェルパが皆の見ている前ですっとその姿を消した。彼は氷河に飲み込まれるかのように、静かにこの雪原に消えたそうだ。

 翌20日、午前8時キャンプ2へ向けキャンプ1を出発。歩き始めて30分ほどしたら、それまで手前の岩壁に隠されてきたエベレストがいきなりドーンとその姿を現した。真っ黒な南西壁の大岩壁に圧倒され、また、その堂々たる姿に世界最高峰の威厳を充分に感じた。

 11時、キャンプ2に到着。キャンプ地は氷河の脇にあるモレーン上に設営された。さすがに6400メートルのキャンプ2は、いるだけで息がきれる。頭も重くなり、しまいに脱力感に襲われる。テントの周辺を少しぐらい歩き回ったほうが、体が楽になるのは百も承知だが、わが身はテント内から一向に動こうとしない。夕方になり、日が暮れれば、辺りは凍りつく。食欲もなく、スープを無理やり飲み込み、後は寝袋に潜り込むだけ。そして再び、永い夜。息苦しくなり、横になっていられないため、半身を起こし、深呼吸をする。酸欠の影響は明らかだった。その後も、寝返りを永遠と繰り返すが、寝つけない。

 次第に目がらんらんとし、寝ることをあきらめてしまった。そんな時、いつも寝袋の中でもの思いにふけてしまう。きまって過去の出来事が頭の中を駆け巡る。特によく思い出されるのがイギリスにある寄宿舎で過ごした高校時代のこと。そこでの出会いや別れ。そして、停学処分、落ちこぼれていく僕と本気で戦ってくれた先生達。立教英国学院は僕の原点であり、故郷でもある。あの時のお姫様も、もうお嫁さんになってしまったんだな〜。それは寒い寒い夜だった・・・。

 21日、朝からだるく、なにもする気が起きない。高畑隊員とキャンプ2の周辺を歩くが、ちょっとした坂道に息がきれ、100メートル歩くのにも精一杯。気分は怠け者。相変わらず食欲もなく、ダイエットには最適な場だ。弱点の喉からも咳が止まらなくなり、腹筋が痛む。

  ベースキャンプからこちらに向かっているわが隊のシェルパがアイスフォールのハシゴを渡っている最中に、バランスを崩し、ハシゴから落ちてしまったそうだ。命綱で宙ぶらりんにぶら下がってしまったが、幸い他のシェルパに無事救助されたとの情報が入る。無事で良かった。全身の力がスーと抜けた。

 韓国隊はキャンプ3(7300メートル)へのルート工作に出かけた。ここから、見えるキャンプ3はとてつもなく遠い世界のように感じられ、自分があの切り立った氷壁のど真ん中にあるキャンプ3に行くはずもなかろうと、他人事になって眺めている自分に気がつく。高所順化が出来ていない身はなにもかもが不可能に感じてしまうほどに怠惰感に埋め尽くされてしまう。キャンプ2での、2日目もまるで眠られず・・・。

 22日、早朝、ベースキャンプへ向けて下山開始。標高が下がるしたがって、体が生き返ってくるのがわかる。午前11時、ベースキャンプに戻る。雪にふられ悪天候であったが、それでも、ベースキャンプに戻ってきたという安堵感からか、寒さなど気にならなかった。

 この緊張感と安堵感が入り混じるエベレストの世界は実にメリハリがきいている。普段、なにもないときは一日中、ダラ〜と口も半開き状態で過ごしている僕にはこれぐらいのスパイスが効いた世界が時には必要なのかもしれない・・・。ベースキャンプに下りてからは、食欲が回復し腹にたらふく食べ物を詰め込んだ。そして、夜は久々に熟睡。ベースキャンプは天国だ!これから三日間のお休みで〜す。

 

2002年4月23日
ベースキャンプより 野口健