2008年 4月19日 エベレスト富士山同時清掃登山

2008年4月19日、三年目となるエベレスト富士山同時清掃登山が無事に終了しました。この日は富士山川は女優の若村麻由美さんが隊長となり、約160人の参加者とともに約2トンものゴミを回収しました。清掃には中国やネパールからの留学生も参加。清掃終了後は、エベレストにいる野口とテレビ電話による衛星中継が行われました。


2006年 7月24日から27日 野口健環境学校富士山

「野口健 環境学校 富士山」無事に終了いたしました。参加者らがなにを体験し、どんなことを考えたのか?最終日には参加者自ら環境キャンペーンを作り上げました。ぜひ、
http://www.actions.jp/school/2006_fujisan/day3_message.html
より、ご閲覧ください。


 


2005年 8月16〜19日 野口健 環境学校 白神

2005年の8月16日から19日まで3泊4日のスケジュールで、コスモ石油 エコカード基金「ずっと地球で暮らそう。」プロジェクト野口健 環境学校 白神が開催されました。今回のメインテーマは「 自然との共生」と「入山規制法」の2つでした。 またぎの工藤光治氏の説明を受けた野口は「またぎというと環境保護団体や動物保護団体が眼の敵にするけど、あまりにも短絡的だと思う。彼らは自然が破壊されたら生きていけないわけで、実は誰よりも、自然に対して謙虚で深い感謝をもって、共存している。これまで自然と共存して生きてきたまたぎは一つの文化であって、世界遺産になったからといって、締め出すというのは文化の破壊でしかない。本末転倒でまるでバランス感覚がない。環境問題というのはバランス感覚が最も重要で、白か黒か、というオールオアナッシング的な考え方は逆に環境の破壊に繋がったりする。またぎの文化を学ぶことが自然との共生を学ぶことになる。」と述べていました。現地からのメッセージや写真など詳細は環境学校の公式サイト にてご覧ください。

 



2005年 7月31日 24時間テレビ収録 富士山清掃 

2005年の7月31日、昨年に引き続き、24時間テレビの主催で大規模な富士山の清掃活動が行われました。この日は静岡県側の山麓部の清掃に学生ボランティアを中心に、1000名を超える方々が集まり、ゴミと格闘しながら汗を流しまし、合計23トンものゴミを回収しました。野口は「今年の参加者の平均年齢は昨年よりさらに若くなった。若い仲間が増えて本当に嬉しいし、可能性を感じる。学生ボランティア団体のNATUは、半年前から毎週末、富士山山麓に通いゴミの調査を行ってきた。彼らが探し出したゴミを我々が今回、回収したが、こうして学生と連携プレーできたことは感激。学生達の行動に感動した。環境問題は複雑。時に疲れ果てることもあるが、今日は勇気付けられた。」と述べていました。

 

 


2005年 7月25日から28日 野口健 環境学校 富士山

2005年の7月25日から28日まで3泊4日のスケジュールで、コスモ石油 エコカード基金「ずっと地球で暮らそう。」プロジェクト野口健 環境学校 富士山が開催されました。今回のメインテーマは「不法投棄の現状について」と「外来生物法について」の2つでした。現地からのメッセージや写真など詳細は 環境学校の公式サイト にてご覧ください。

 
Photo By mana


2005年 7月24日 富士山清掃登山

2005年7月24日に富士山清掃登山(毎日新聞主催)が行われました。昨年に野口が環境省で発表した「青木ヶ原樹海ゴミゼロ作戦5カ年計画」の一貫です。この日は鳴沢村に位置する青木ヶ原樹海で参加者約50名と土の中に埋まった生活ゴミの回収を行いました。掘っても掘っても大量に出てくるゴミに参加者の方々も驚きの声をあげていました。
野口は「一見するとゴミがないように見える。だけど土を少し掘り返すとそこにはガラスの破片や生活ゴミが大量にある。それが原因かどうかわからないが、ゴミの投棄してある部分にはなぜか植物が生えない。またガラス片などで樹海内の小動物が怪我をする可能性もある。大きなゴミだけではなくこういった一見するとわからない小さなゴミもちゃんと回収していく」と述べました。

 


2005年 7月9日、10日 富士山清掃トレッキング

2005年7月9日、10日にわたり富士山清掃トレッキング(主催・産経新聞社、協力・富士山クラブ)。が行われました。二日間で約100名の参加者とともに青木ヶ原樹海の清掃活動を行いました。両日とも樹海内に埋められているゴミを回収しました。また清掃活動終了後、野口は富士山クラブの舟津氏に案内され、今後の清掃活動のポイントの視察に赴きました。青木ヶ原樹海は富士河口湖町、上九一色村、鳴沢村の3町村にわかれていますが、この日に視察に訪れたのは上九一色村に属する場所でした。野口は「ひどい状態。何としてでも原状回復を図る。また皆さん力をかしてください」と述べていました。




2005年 7月1日 富士山レンジャー出陣式!

2005年7月1日、山梨県は富士河口湖町にある富士ビジターセンターにて「富士山レンジャー出陣式」(主催:山梨県)が催されました。富士山レンジャーとは、野口が昨年、富士山の位置する山梨県の山本知事、静岡県の石川知事に地元レンジャーの必要性を直訴したことにより、発足された地方独自のレンジャー制度です。まずは山梨県側に二名の新たなレンジャーが富士山区域の保護のために配置されました。野口も名誉隊長に任命され、山本知事の激励の挨拶の後、「富士山は日本の象徴であり、富士山で起きていることは全国各地で起きている。富士山が変わればその影響が全国に広がる。富士山レンジャーは富士山の顔になって、国、地元自治体、NPO団体、そして地元の方々と有機的な連携を図って、新しい保護のモデルを築いてほしい。富士山から日本を変えようじゃないですか」と切々と訴えかけるように語っていました。

富士山レンジャー関連ニュース
富士山レンジャー:きょうから始動 小学生に基礎知識伝授−−富士河口湖町 /山梨
富士山レンジャー:アルピニスト・野口さん特別講義、2人に心構え /山梨


2005年 6月21日 富士山レンジャー特別講義

2005年6月21日、山梨県は富士河口湖町の県立富士山ビジターセンターにて富士山レンジャーへの特別講義が開催されました。富士山レンジャーとは野口が昨年、富士山地域の管理体制の充実のため山梨県の山本知事に直訴して実現したレンジャー制度のことです。今夏から二名のレンジャーが富士山の保護に新たに携わります。この日は、本格的な業務開始前に、提案者であり富士山レンジャーの名誉隊長でもある野口による特別講義が開かれました。野口は尾瀬保護財団やマッキンリーを初めとする海外のレンジャー制度の話をもとに、「レンジャー業務は官と民の連携が重要」と力説し、レンジャーを軸としてNPOやボランティアが集い、保護管理体制が確立している米国の例をあげ、繰り返し、その重要性を説きました。


富士山レンジャーと。


野口隊・マナスル、富士山同時清掃登山の発表

2005年5月27日、シシャパンマ遠征より帰国早々に、野口は環境省にて来年度に予定している「マナスル、富士山同時清掃登山」の記者発表を行いました。

ネパールでの記者発表の際は、マナスルのみの清掃活動の発表でしたが、帰国後、野口は富士山との同時清掃にまで発展させ、この日は「マナスル、富士山同時清掃登山」として発表しました。マナスル山は日本にとっても関係の深い山です。1956年にはマナスル山に世界で始めて日本人の今西寿雄氏が登頂を成し遂げたという歴史もあり、また日本、ネパールの外交樹立50周年記念でもあります。

マナスル、富士山同時清掃登山は、ヒマラヤ山系の1つであるマナスル峰( 8,163m )に投棄されているゴミを回収しつつ、同時期に富士山での清掃活動も行うというもの。清掃活動に参加するメンバーは日本、ネパール両国から参加者を募ります。このように日本、ネパール両国で同時期に清掃登山を行うのは世界初のこととなります。更に清掃だけに限らず野口健のマナスル峰への登頂への挑戦も含まれています。




野口隊によるマナスル清掃登山のお知らせ

2005年5月23日、ネパール王国の首都カトマンズにあるHOTEL MALLAにて野口健が記者会見を行いました。エヴェレスト清掃登山の発表を始め、野口のネパールでの記者会見は通算9回目となります。今回は、ヒマラヤ山系のマナスル山にて来年度の4月から5月にかけて行う日本とネパール合同の清掃登山の発表でした。マナスル山は日本にとっても関係の深い山です。1956年にはマナスル山に世界で始めて日本人の今西寿雄氏が登頂を成し遂げたという歴史もあり、また日本、ネパールの外交樹立50周年記念でもあります。
記者会見にはロイター通信やAP通信、BBC、CNNなど国際的なメディアをはじめ、ネパールの主要なメディアが多数詰め掛け、質問が相次ぎました。既にネパール国内ではメディアにも多数取り上げられており、非常に強い関心が集まっています。

野口は会見で「ネパールはマオイスト(毛沢東主義者・共産ゲリラ)によるあいつぐテロ活動をはじめ、内政が悪化している。そういった状況下ではとかく環境に対する意識が薄れるもの。だからこそあえてこの時期に清掃登山を行いたい。また両国の外交樹立50周年ということもあり、日本がネパールに対してどのような貢献ができるのか。特に環境という分野で我々にできることはたくさんある。こういった活動は粘り強い継続にこそ意味がある。エベレスト清掃登山以来の試みだが、再びこうしてヒマラヤに清掃活動ができることに幸せを感じています。」


写真左:ネパール山岳協会会長・アンツェリン・シェルパ氏


2005年 5月20日 シシャパンマ登頂後、無事カトマンズに帰国

2005年5月20日、シシャパンマ登頂後、野口は無事カトマンズに帰国しました。この日はネパール山岳協会会長であり野口健が理事長を務めるNPO法人、SSASSの特別顧問でもあるアンツェリン・シェルパ氏によって祝勝会が開かれました。 翌日は、シェルパ基金によって就学しているシェルパの遺児、11人の生徒に迎えられ、皆でナガルコットという高台の景勝地にあるレストランで食事をしました。 日ごろの学校生活の話を中心に、様々な話が交わされました。




2005年1月30日 野口健・環境学校 第一回環境メッセンジャーミーティング

2005年1月30日、新宿区立区民ギャラリーにて、野口健・環境学校を卒業した環境メッセンジャーが集い、ミーティングが行われました。この日は、小学生から大学生まで全国から卒業生が集まり、スタッフ
と共に、卒業後に取り組んでいる活動の発表が行われました。また温暖化に関するプログラムを学習し、その後、温暖化に対して、各自ができることを発表するなどの活動も行われました。

野口もアフガニスタンやヒマラヤでの経験をもとに、皮膚感覚で迫り来る温暖化について、独自のエピソードを展開しました。今後も環境メッセンジャーのミーティングはこれを機にさらに大きなものにしていきます。またのレポートをご期待ください。