昨日は疲れてブログ書けませんですみませんでした。ただ、昨日は収穫大きかったです。4200mのキャンプ地跡に約100キロのほどのゴミ回収に成功。空き缶やビン、食料の袋、電池なで岩陰や岩の下に捨てられていたゴミを発見。回収しました。ゴミの多くはハングル語に日本語。その捨てられ方からして意図的に隠して捨てられたものと思われる。20年ほど前の隊のものかな。
小西さん、谷口さんはキャンプ2から無事にベースキャンプに戻ってきました。2人ともとても元気。6000m付近から上部を撮影した写真を見たが、あれはなかなかやばい。気をつけないと。今日は僕と平賀カメラマンが高所順応のためキャンプ1に向かいます。今日から3日間キャンプ1から体調がよければキャンプ2で過ごし5月2日にベースキャンプの戻る予定。5月3日にテレビ朝日のスパーモーニングにてここマナスルのベースキャンプから生中継しますので、良かったらご覧くださいね。中継がつながる時間はこれから決まるので、決定しましたら野口健ホームページのお知らせで案内します。
今日から3日間、上部。頑張らなきゃ!頑張らなきゃ!
今日は朝から晴天なり。小西さん、谷口さん、は午前7時半キャンプ1からキャンプ2へと向かった。12時過ぎ、谷口さんからキャンプ2(6000m)着の連絡が入る。キャンプ1からキャンプ2間のルートが安定せず良くないとのこと。セラック地帯(ビルほどの大きさの氷の塊の集合体)が不安定で、また雪崩れのリスクありとの無線連絡が入りました。小西さんからも「新雪が降ったら危ない」とのアドバイス。ただ、昨年、マナスルに挑戦した南井さんから、野口健HPでアップしているマナスルの写真と比べ今年の方が雪が少ないとメールを頂きました。これよりも雪が多かったとは・・・恐るべしマナスル。
ベースキャンプ組みはゴミ探しに出かけシェルパが300mほど下った所にゴミが雪から露出しており、発見したとの一報。明日、早速そのポイントに一斉清掃に出かけます。雪を掘らずしてゴミが拾える。そんな素敵なことがありえるのだろうか。先日は約20人で2時間以上も掘り続け、それで回収できたのはチョコレートの包み紙一枚。捨てるのは簡単だけれど、回収するのは極めて困難。そんな事を痛感しましたが、明日は雪を掘らないでゴミを拾える。この間、夢に温泉や寿司が出てきたが、昨夜ついにゴミが夢に出てきました。かなり重症かもしれません。 それにしてもこのブログ、毎日毎日、ゴミだの雪堀だのかなりマニアック。僕は別にゴミマニアじゃないんですけれどね・・・。
昨夜から再び大雪。テントが雪の重みで押しつぶされそうになり、シェルパ達が夜中までテントの雪下ろしをしてくれました。ベースキャンプで50センチほど、おそらくキャンプ1では腰まで積もっただろうとのこと。今日、平賀淳君とキャンプ1に向かう予定でしたが、キャンセル。それにしてもこのマナスル、よく雪が降ります。
本当に・・・。三日連続でベースキャンプ周辺のゴミを清掃しましたが、労働力に比べ回収量は・・・。あるのは分かっているんだけれど。また雪質が問題。ベトベトでミゾレにアラレ。4月中旬でこんなに暖かかったら5月に入ったら雨になってしまう。
やはり地球温暖化なんでしょうか。ヒマラヤにいると気温の明らかな変化を痛感しますよ。雪でテントに閉じ込められている時は 毎週土曜日の日経新聞夕刊の連載の原稿と、毎日新聞の原稿、ホームページにブログを書いていますが、4000mを超えてからは酸欠の影響なのかなかなか頭から文章がでてきません。それにしても清掃登山は登るだけの登山と違い忙しい。昨年のシシャパンマ登山はシンプルで楽しかったなぁ~。
来週は富士山との同時清掃活動。富士山は若村隊長に任せたので安心していますが、こちらはどうなるんだろうか。昨日、夢で寿司を食べていました。そろそろ寿司が恋しい。「まなぶ」や「金多楼」の寿司が食べたい。それと温泉なんかもいいなぁ~。日本はもうだいぶ暖かくなったんでしょうね。アネハさんが逮捕されたとか。う~ん ここにいると日本での出来事がイメージつかないです。
明日は天候次第でキャンプ1に向かいます。
昨夜、サマ村から2人のお坊さんが我々を訪ねてやってきた。我々の安全祈願をおこないとわざわざサマ村から登ってきたのだ。おかげでまた今日、早朝からベースキャンプで安全祈願が執り行われた。今回の遠征は4回も安全祈願を行ったのだから、無事に帰れるでしょう。安全祈願を終えてから再びごみ清掃を開始したが、今日は
快晴無風で雪の反射もあり絶えられないほどの灼熱地獄。雪に囲まれていながらなんでこんなに暑いのか理解できないほどの暑さ。頭クラクラ、そして脱水症状なのか頭が痛くなり、雲がでる夕方に活動を開始することで、いったん中止。今、ベースキャンプに戻ってきました。
昨日、キャンプ1に上がっていた小西さん、谷口けいちゃんの2人も先ほどベースキャンプに戻ってきました。カトマンズは今日から50万人規模のデモ行進が予定されているとか。カトマンズはデモ、マナスルは雪崩。どっちがいいんだろうか。
昨日の午後に清掃活動開始。マナスルの神様は相変わらずご機嫌斜めでなかなかスッキリと晴れてくれませんが、まあ~長期戦ですから焦らずノンビリと構えます。今日の午前中にベースキャンプ開き(安全祈願)を執り行い、午後から再びベースキャンプ周辺のごみ捜索活動を開始します。小西さんと谷口けいちゃんはシェルパ6人と共にキャンプ1を目指して先ほど出発しました。
ネパールはデモ活動が日に日に激しくなっているようで、シェルパ達が「マナスルから戻ったら国が無くなっているんじゃないか?」「国王はインドに亡命するしかない」だとか朝からヒソヒソ話をしています。それは気になるよなぁ~。建国以来の危機だとみな心配しています。僕はマナスルの雪のほうが気になっていますが・・・。
昨夜も一晩中、雪崩の音にビクビクしながら横になっていました。夜中の雪崩は怖い。
今日のマナスルは安全祈願を終えた直後から再び雪。いや、雪というよりもアラレ。この時期に、またこの標高でアラレは経験したことないなぁ~ 温暖化の影響なのかヒマラヤにしては高温です。これでは、午後から清掃活動開始します。
4月21日、マナスル・ベースキャンプ(4750m)入り。サマ村滞在中にたっぷりと雪が降った影響で、サマ村のポーター達が雪崩が怖いと荷揚げを嫌がったが、説得しなんとかベースキャンプまで登ってきました。それにしても雪が多い。ベースキャンプは2m以上は積もっている。う~ん、つまりごみを回収する為にはこの雪を掘り起こさなければならない。どこにゴミが埋まっているのか、マツタケを探しより難しい。今までのヒマラヤ清掃活動の中で最も困難。
昨日はコスモアースコンシャクアクト・アースデー・コンサートが武道館が行われ倉木麻衣さんが出演されたが、その前座でここマナスルのベースキャンプから衛星中継で生中継しました。本番直前まで大雪でアンテナの上に雪が被さってしまい、なかなか映像と音声が武道館に届かずバタバタ、焦りました。本番10分前に雪がやみギリギリセーフ。生中継成功しました。ただ完全にガスっていたので、ヒマラヤの景色を武道館にお届けできなかったのが、残念。午後に先にマナスル入りしていたグルジア人登山家のギーアと再会。彼はエベレスト清掃活動の時にずっと行動を共にしてくれた親友で、今回はロシア隊に参加してやってきた。彼かマナスルに挑戦し続けなんと今回で6回目のチャレンジ。キャンプ2手前まで登ってきたそうだが、やはり雪の状況に「マナスルに来て16日目になるが、完璧に晴れたのは一日だけ。ケン、のんびり構えよう」とマナスルをよく知っているギーアは開き直っていた。
今朝はとても残念なニュースが入った。エベレスト(ネパール側)のキャンプ1~キャンプ2の間で雪崩が発生し、6人のシェルパが巻き込まれ、3人が死亡とのこと。今年のヒマラヤはマナスルに限らず雪が多いようです。今日はベースキャンプ周辺の雪を部分的に掘り起こし、ゴミ探しします。発見できるかな? 体調のほうは、ベースキャンプ3日目になって少しずつ体が順応してきました。それでは、清掃活動開始!
いよいよマナスル出発です! 昨日は靖国神社でお参りしました。夕食は大切な仲間たちと金多楼寿司で最後の晩餐会。千葉では「まなぶ」、東京では「金多楼」と僕にとって大切なお寿司屋さんですが、マナスル前にしっかり両方に通ったし、夜は植村直己さん自宅にお邪魔して線香を上げてきました。夜中まで公子夫人と昔話し、別れるときに「帰ってきてね」と本当に暖かい言葉をかけて頂いた。京都の実家にも戻ったし、これでヒマラヤ前にやるべきことは全部やった。出発を目前にしたこの一週間は一日一日がとても濃かった。1つ1つに意味があった。普段なにげなく過ごしている日々もヒマラヤ前はとても貴重に感じられる。極端な話、一食一食も選び抜かれた食事になっていく。無駄な物は一切食べたくない。わがままな一週間でした。そして、かみさんも荷造りからネパールとの連絡、電話対応、毎晩、夜中までよくやってくれました。感謝、感謝。スポンサー活動はミスター小林、若村さんは富士山清掃隊長を引き受けてくれたし、その彼女を支える富士山クラブの舟津副隊長はじめ富士山クラブのメンバー、多くの人たちに支えられて初めて実現するマナスル・富士山同時清掃活動。ネパールでは共に命を賭けてくれるシェルパ達。僕は幸せ者です。
ネパールは極めて困難な時期ですが、こんな時こそネパール社会のためになにか恩返しをしたい。 そして二ヵ月後には大好きな日本にみんなで帰ってきたい。いや、帰ってきます。遠征中もこのブログや野口健HPで更新していきますので、みなさんも日本から応援してくださいね。特に写真や映像はHPのほうでアップしますので、楽しみにしていてください。それでは、次はネパールから。ナマステ!
昨夜から京都。銀閣寺の近くに実家があり、マナスル前に両親に出発の挨拶をしてきました。学生の頃からそうでしたが、山に行く前はちゃんと親に説明と挨拶はしてきた。あえて危険なことをするわけだから、しっかり説明しないとね。
今日はまず午前6時に起床し親父の愛犬であるハチの散歩。でかい秋田犬だが、こいつがまた暗い奴なんです。いつもトボトボ歩いていてハーとため息つく。食べる時も
やる気なし。それでもかわいいんですけれどね。早朝の哲学の道を散歩しましたが、桜の凄さ。京都は今がちょうど満開。今年は珍しく桜をたっぷり拝見できた。散歩後には大阪に単身赴任中の兄貴(野口哲也)と2人で蓮華寺(れんげじ)と圓通寺(えんつうじ)に行きました。僕の大好きなお寺で京都に出かけるとふらりと寄りしばしノンビリする隠れ場所です。特に蓮華寺の庭園は小川が流れお茶を頂きながらその水の流れを眺めながら心を落ち着かせるものです。
朝からテレビや新聞ではネパールのゼネストのニュースばかり。ギャネンドラ国王の独裁政治が続くネパールでは協賛ゲリラ、それに学生、主要7政党、大学教授などが反国王で結束した。マナスル清掃登山ではネパール政府の協力も得ているので、ここでの表現は難しいが誓い将来ネパールの国王制度はなくなるだろう。大切なのはなくなり方。突如カースト社会がなくなるとも思えないが、国が混乱するのは避けられないだろう。明日は過去最大の抗議行動(デモ)になるだろうとのこと。いやはや、大変な時期にマナスル清掃活動がスタートしようとしている。ヒマラヤなどの自然も怖いが最後は人間社会のほうがよっぽど厄介で怖い。
蓮華寺の小川を眺めながら、そんなことを考え「ネパールの治安悪化は最初から分かっていたこと。だからこそこの厳しい状況下であえて行う清掃活動に意味があると決断したんじゃないか」と自身に言い聞かせていた。
昼は両親と合流し深泥池の近くにある「武鮨」(075-791-6475)に行きました。ここの寿司はおそらく京都で最も美味しいだろうと自信をもって人に紹介できる絶品のすしを握ってくださるお寿司屋さんです。親父、かあちゃん、そして兄貴と家族4人での外食は何年ぶり(おそらく10年以上ぶり)だろうかと、たわいもない話をしながら楽しい楽しい食事会でした。一泊の京都の旅を終え、東京に戻ってきましたが、やはり日本はいいですね。しばらく日本を離れるのが寂しいなぁ~と新幹線の中でぼんやりと考えていましたが、でもヒマラヤに通っているからその分だけ日本の魅力を感じるわけだから・・・。明日は靖国神社へお参りです。
4月6日、7回行った低酸素トレーニングを終えました。4500mまでは高所順応も順調に仕上がったかなぁ~ あれだけ頭痛かったり、吐き気がしたのが嘘のようにトレーニング後も元気。トレーニング後は赤坂のすし屋でたらふくお寿司を頂いた。
4月7日は、午前中に歯医者で治療。きれいに磨いていただき歯もピカピカになった。仮に万が一の事態が生じてもピカピカの歯であれば、歯型を調べられても恥ずかしくない。午後は自宅で荷造り。大量の食料や登山道具や衣服をダンボールに詰めた。TBSのニュース23が今日も取材にきてくれ、ディレクターやカメラマン達が撮影後に荷造りを手伝ってくれた。メディアの方々に手伝ってもらえる関係性が嬉しかったし、楽しかった。
それに環境学校の生徒であったアジもお手伝いで我が家に駆けつけてくれ、おかげでパッキングもだいぶ片付いた。夜は富士山清掃隊長の若村麻由美さんと高田馬場のイタリアン、イルキャステロで食事した。イルキャステロは親父の代から通っているイタリアンで僕も10数年間、イタリアンといったらイルキャステロだった。僕の大好きなレストラン。ヒマラヤ遠征直前には決まってイルキャステロの「渡り蟹のリングイネ」を食べる。縁担ぎでもあるから、今年も無事にマナスルから生還できるだろう。
若村麻由美さんとも最後の打ち合わせを行い、力強い言葉を頂いた。彼女が隊長であれば私も安心してマナスルに行ける。僕の大切な仲間です。明日から一泊で京都。京都に住む両親に挨拶してきます。それでは おやすみなさい。
4月になってマナスルの準備に追われています。3月29日にマナスル・富士山同時性移動登山の壮行会が開かれ、女優の若村麻由美さん(富士山清掃隊長)と決意表明しました。若村さんに富士山清掃清掃隊長をお願いしたのは、ただ著名人だからではない。98年に彼女はNHKのロケでヒマラヤのカラパタール峰(5545m)に登頂するのだが、カラパタール峰までの道のりをトレッキングしている道中に落ちているゴミの多さに驚き、撮影の合間にごみを拾いながら歩いたと、他のスタッフから聞き、その後の私の富士山清掃活動に参加してくれた仲間です。98年から彼女と交流を続けてきましたが、彼女の富士山を美しくしたいという気持ちに嘘がなく、隊長を引き受けてほしいとお願いしたら、「野口さんがマナスルで命賭けるなら、私は責任をもって富士山の隊長を引き受ける」と言ってくれた。これで私は安心してマナスルに専念できる。
3月30日には環境省で記者会見。小池大臣ともお会いする予定であったが、緊急入院された当日で実現しなかったが、そんなことよりも、この入院でゆっくり休んで頂きたい。激務が激しかった。正直、激務に心配していました。特に現場主義の彼女は全国を飛び歩いてきたので、とにかくゆっくり休んで頂きたい。
4月になってからはマナスルに持っていく食料や医薬品の買出しパッキングの日々。
4月2日は夏に予定している障害者の2人と挑戦するヨーロッパアルプスのトレーニングで佐久にあるスキー場で橇に乗っていただき引っ張る練習をしたりしましたが、この日は残念ながら雨。寒い中、みなで頑張ってトレーニングしました。
そして我が家にやっと 私の秘密兵器の立ち漕ぎマシーンが届きました。注文していましたが、なかなか在庫がなく、2ヶ月目にしてやっと手に入れました。残り1週間ですが、出発直前までこの秘密兵器でトレーニングを行いたい。明日は、低酸素トレーニング。出発までバタバタですが、泣いても笑っても残り一週間。今夜は千葉の鎌取にある「まなぶ」というすし屋で食べました。僕の愛するすし屋です。美味しかったぁ~ まなぶにいるときがなによりほっとする。そしてもう一軒が世田谷にある金多楼寿司。明後日でも行こうかな~。寿司、寿司、寿司。食べまくりたい。