カトマンズの夜。1人、あてもなくフラフラとタメルの路地裏を歩く。誇りと泥にぬかるんだ真っ暗な路地裏。下水道が漏れているのかツーンとした異臭が鼻につく。
野犬が飛び出してくる。尻尾を振って近づいてくるくせにたまに噛みつきたがるヤツがいるから厄介だ。過去2回ほど噛まれたことがある。噛まれた後は約1ヶ月間ほど毎週一回は狂犬病の注射を打たなければならないのが大変だ。
カメラ片手にただただウロつく。
どこに行こうか...。そしてどこに登ろうかと...。
そう、どの山に登るのか決めずに日本を発っていた。 いや、一応、事務所スタッフにはそれらしき山の名前だけは伝えていたが。どうやら「ふらりとヒマラヤに行ってくる」だけでは世間は納得しないらしい。
この日、タメルの街はやたらと賑やかで尋ねてみるとネパールの新年なのだと。
日本でいう正月なのか。四月に正月か。国々によっては新年を迎えるタイミングはそれぞれでいい。考えたら世界中の人が一月一日を新年と捉える必要もない。ただの1日に過ぎないのだから。
そんなどうでもいい事をボンヤリ考えながらまた迷路のような路地裏に吸い込まれていく。
この怪しい雰囲気がなんともいえない。カトマンズだからそんな呑気な事を言っていられるのだろう。これがナイロビの夜なら無事には生還できないだろう。
小さな食堂をみつけ腰を落ち着かせ、地図を広げ、さてさて、そうは言ってもそろそろ決めないと...。どこに登ろうかしら。
1人旅の気楽さなのか、せっかく日本を離れたのに予定に縛られたくないのか。いや、ただ決められないだけなのか、だらしがないだけなのか。まあ、そんなところだろう。
一つだけハッキリしているのは、ひたすら歩きたいということ。そしてヒマラヤの風にほどよく吹かれたいということ。
テーブルの下、足と足の間に何かがスッーと抜けていく。目線を薄暗い足元に移すと一匹のニャンコ。たまに目が合う以外は遠くを眺めている。だからといって「餌をくれニャン!」と伝えてくるわけでもない。
たまに目を合わせては遠くを眺めるニャンコ。やたら話しかけてくるウェイターよりも、静かに寄り添ってくれるニャンコの方が遥かに心地よい。
小一時間は一緒に過ごしてくれた。遠くを見つめているニャンコは何を考えているだろうか。このニャンコも行き先を見つけられないでいるのだろうか。
そんなわけがないか...。
試しに聞いてみた。地図を見せながら「どこに行ったらいいと思う?ニャン」
それまで一度もニャンと声を出さなかったニャンコがその時だけ「ニャン」とないた。そしてスッーと路地裏に消えていった。
「私もわからないの。ニャン」それとも「私はもうみつけたわ。ニャン」だったのだろうか。