2018年、野口はランドセルをネパールに贈るプロジェクトを開始した。岡山県総社市からも子供たちが6年間使った289個のランドセルをネパールに届けることになった。そして、なんとそのランドセルは、ウパカルの父の学校にも届けられることになったのだ。
日本の子どものように、ポカラの子どもたちが、ランドセルを背負って学校に向かう。その鮮烈なイメージは「人は誰も平等だ」ということ象徴しているようにウパカルには思えた。
ネパールの子どもたちは、日本に親しみを覚えるだろう。一方で、日本の子供たちはランドセルが送られた先の国に興味を持つ。こうして少しずつ世界は、繋がっていくのだ。
総社市役所で行われた贈呈式では、地元の小学生から野口にランドセルが手渡された。野口は、
「必ずネパールの友達に届けます!」
と宣言した。「友達」という言葉の中にウパカルは、ネパールも日本も同じ地平の上にあるのだと再感していた。
贈呈式の3日後、野口はネパールにむけて出国。まず野口は、まずエベレスト街道のメジャーなエリアを訪れていた。現地から発信されるブログをウパカルは毎日見ていた。ヒマラヤの名峰を背景に、ランドセルを配る野口の写真。しかし、彼はマイナーエリアの自分の村まで、本当に野口が行ってくれるのか半信半疑だった。だが、数日後のブログの出だしは、何と
「ポカラ村の小学校にランドセルを届けました。」
だった。ブログはこう続いていた。
「日本の皆様、有難うございました!
ポカラの学校は、いつも、私達と一緒に活動している日本在住のウパカル君のお父さんの学校です。
妹さんは、この学校の先生です。
今回も、ウパカル君には、いろいろ協力してもらいました。
ヒンズー教の儀式でおでこに赤い粉をつけます。
ただ、物凄く気温が高く汗だくになり、おでこの赤い粉が汗と共に顔全体に流れ、ブッチャーみたいに^^;
ヒマラヤからポカラに降りてくると温度差に体がビックリ!!!
でも、みんな、喜んでくれて疲れが飛びました!」
数日後、帰国した野口は、すぐにウパカルに電話をかけてきた。話題は学校のことだった。
「あの校舎は、相当古いね。かなりガタが来ている」
そういう野口にウパカルは
「机とか椅子とかも、ずっと同じものを使っています。」
と答えた。野口は、少し早口でこう返してきた。
「校舎は古かったけど、お父さんの『カーストに関係なく全ての子どもたちに教育を受けさせてやりたい』という言葉が、本当に良かった。また行くつもりだから」
ウパカルは、野口が帰国後すぐに電話をかけてきてくれたのが嬉しかった。最後の「また行くつもりだから」という言葉にも感動したが、それは社交辞令だろう。多方面で活動を続けている野口が、あの辺鄙な村に再訪するとは思えなかった。
だが、数日後に再びかかって来た電話には驚かされた。
「あの学校は古くなってしまったけれど、ウパさんのお父さんが築いてきた『希望の学校』だよね。お父さんは、『貧困によって教育を受けられる機会から取り残されてしまうことがあってはならない』と何度も言っていたよ」
そこから続く言葉は、ウパカルにとっては、信じがたいものだった。
「校舎の建て替えの計画を手伝いたいんだ。将来の夢を持てるような学校に建て替えよう。」
と野口は力強く言ったのだ。
「モンスーンの時期は、泥で床も壁も汚くなってしまう。そんな部分はタイルで仕上げて、掃除がしやすいようにしよう。そのうえで、上履きであがるようにしよう。」
さらに野口は、続けた。
「日本の学校と同じように『お掃除の時間』も作り、生徒全員に掃除を行ってもらう。できるだけ、水道の蛇口も多く作り、手洗い、うがいの習慣も取り入れてもらおう」
それから矢継ぎ早に、次々と具体的な案が飛び出してきた。そして、野口はこう言った。
「ウパさんは、現地との窓口になって、日本の学校のシステムを伝え、細かい指示、管理を行う係になったから。よろしくね‼」
そんな話はまったく聞いていない、と思いながらも、ウパカルは
「がんばります!!」
と答えてしまっていた。自分を育て日本に送ってくれた父と、その日本で力を与えてくれた野口さんの意思が詰まった学校再建計画なのだ。断る理由が見つからなかった。
仕事も多忙を極めていた。しかし、夢を持てる環境を子たちに作っていくことで、世界はひとつにつながり、それが将来的にインバウンドにもつながって行くことだろう。
「ソーラーパネルで電力を賄おう!」
「グラウンドは、人工芝にしたいね!」
「図書館ももちろん設置しよう!」
電話口から野口の明るい声は続いていた。その時は夢物語にも聞こえたが、数日後、実際に作られた机の試作品の写真を野口はウパカルにメールで送ってきた。
落ち着いた黄色で塗られた机は、ランドセルが入るように設計されていた。
野口は本当に動き始めているのだ。ランドセルプロジェクトは、始まりの始まりに過ぎなかったのだ。
自分も野口と動き続けていこう。ウパカルはそう決意しながら、新しい学校の青写真を思い描いていた。
〈完〉
2019年、総社市で行われたランドセル贈呈式。総社市長片岡聡一氏と。
日本からのランドセルを大切に使ってくれるポカラの子どもたち。
工事中のポカラの小学校
ホテル業務として国内外の出張もあり、忙しい日々を過ごすウパカル
教育委員会主催の高校生向け説明会にて
母校・倉敷芸術大学で講義を行う
写真 ウパカル 文責 大石昭弘
※ポカラ村の小学校支援の状況は、またあらためてお伝えしてまいります。
野口健が理事長を務める認定NPO法人ピーク・エイドでは、ネパールポカラ村の小学校支援を行っています。
みなさまのご支援、よろしくお願いいたします。