ヒマラヤの山旅も後半戦。今回の目的はピークを目指すと言うよりも、高所でたっぷりと距離を稼ぐこと。2年半ぶりのヒマラヤとあって丁寧に高所順応しながら上がってきました。やはり最初の一週間は体が重たかったですが、二週間目から体がなんとなく馴染んできたのが分かります。
やはり感覚を取り戻すにはヒマラヤの風に当たるのが一番。今回のコースは三つの峠越えですが、少し寄り道をしてエベレストのベースキャンプ入り。久々のベースキャンプ。トレッキングコースは主にトレッカーの世界ですが、ベースキャンプは山屋の世界。「ピン」と張り詰めたような空気感。ここからアイスフォールに向かって行くのだ。ベースキャンプに足を踏み入れた時に「ああ~帰ってきたぞ!」と感じている自分に少しビックリ。僕のベースキャンプはここにはないのにね。
ベースキャンプで何人ものシェルパ達と再会し2時間ほど楽しい時間を過ごしましたが、やはり、これから8000Mの世界に向かう彼らと、僕との間には目に見えない壁なのか、距離なのか、力強く握手をしても何か遠くに感じてしまう。「見送る側」と「見送られる側」とは決定的に違う。それは今に始まった話しではないし、時に立場は逆転します。見送られる側として握手をした時にも、やはり相手の存在を遠くに感じたり。
逆に登山隊員同士の握手は目に見えないザイルで繋がっているかのような安心感と運命共同のような仲間意識があります。高校生の娘は僕のことを「父親というよりも戦友」と表現しましたが、一緒に冒険を続けてきたからでしょうね。あのピリピリ感を共に共有したのは大きい。僕も絵子さんの事を「娘」というよりも「仲間」であり同じく「戦友」だと感じています。
大学山岳部時代の仲間が未だに特別なのは共にザイルを結んだからでしょうね。考えてみれば20代前半の頃に「生き死に」を共に背負いながらエベレストに挑戦してきた訳ですから、何物にも代えがたい絆のようなものが無意識の内に、深く定着しているのでしょう。山仲間とはそういうもの。
エベレストBCを後ににし、クンブ氷河の先端から吹いてくる風を全身で浴びながら、そんな事を考え、同時にわずかながら心のスイッチが「パチン」と音を立てたような。
うん、それだけでもヒマラヤに戻ってきた甲斐がありました。
2022年5月2日 ゴキョ村にて 野口健
一歩一歩、標高を上げていきます。
ゴジュンバ氷河を越える