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ネパール , 橋本龍太郎氏と , 経済格差

カンティ小児病院に訪れる 龍さんへの約束

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2006/12/30

カンティ小児病院に訪れる 龍さんへの約束

 カトマンズ入りし、サマ村のビルバードル校長とマナスル基金について打ち合わせを行いました。12月上旬にスタートしたマナスル基金はマナスル峰の山麓にあるサマ村に学校を建設(宿舎)することを第一段階の目標としています。サマ村に訪れる予定でしたが、雪で清掃活動が出来そうもないということと、往復約100万円かかるヘリコプター料金を学校建設に使ったほうがいいだろうとビルバードル校長と話し合い、具体的な協議はカトマンズで行いました。1月中旬にもジグメラマ(サマ村僧侶頭・事実上の村長)含めカトマンズにて協議を行うこととなりました。予定では6月中旬までに建設終了を目指します。

  24日、橋本龍太郎氏がネパールに訪れる度に必ず訪れたカンティ小児病院に伺いました。カンティ小児病院はネパール唯一の国立小児病院。以前、ロシア政府の協力により建設されましたが、規模が小さく、また充分な設備が整っておらず、病院に運び込まれる子供達は廊下にまで溢れたそうだ。そして治療が出来ないまま多くの子供達が亡くなっていったとのこと。そこでネパール政府が日本政府に援助を依頼。しかし、日本サイドの判断として他国が手を付けたものに関しては援助しないとのこと。ようするに人の手垢の付いたものには興味なしとのことだったのでしょう。その事を耳にした橋本龍太郎氏が「そんな馬鹿げたことはない!」とカンティ小児病院を視察し日本政府に働きかけ、92年に日本政府の援助によって300床の小児病院が建設された。それから龍さんは橋本基金を設立し治療費や入院費用を払えない貧しい人たちの支援に尽力されてきました。

橋本氏視察
「2002年1月 カンティ小児病院を視察する橋本龍太郎氏」

 2002年、龍さんとネパール入りした際に「野口君も見ておいたほうがいい」とカンティ小児病院に龍さんと同行しました。日本政府の援助があったものの、それは建設までで継続的なものではない。したがって例えば酸素生成プラント(酸素を作る機械)が壊れ使えないままとなっている。そのため、インドから酸素ボンベを購入しているのだが、年間約600万円かかってしまっている。

案内
 案内

「ヒマラヤン・ジャー二(旅行代理店)の大河原社長に案内されて」

  今回、私が訪れた時も心電、心拍、血圧モニターのセットが三つしかなく、集中治療室には3名の患者しか入れない状況だった。夏にはコレラ、赤痢など細菌伝染病に犯された多くの子供達がカンティ小児病院に運び込まれベッドが足りず廊下に寝かされている。なにしろネパール唯一の国立小児病院。ネパール全国から運びこまれるからそれはそれは大変。人手や医療器具の不足から毎年、助けられるはずの多くの子供達の命が失われ続けている。

カンティ小児病院
カンティ小児病院


 龍さんはチューブだらけの未熟児を手に目を真っ赤にしながら「助けなければいけない」「見捨てちゃいけないんだ」と涙ながらに訴えていた。日本政府の援助によってたくさんの命が助かったのも事実。しかし、継続的に活動を続けていかなければ意味がない。龍さんが橋本基金を設立し長年に渡り援助を続けてきたのもそんな気持ちからでしょう。脳内出血により医者にも見離され病室の端っこで誰にも見守られることなく一人死を迎えようとしている女の子を眺めながら龍さんの「見捨てちゃいけないんだ」という言葉がズシリと胸に響いた。龍さんは亡くなってしまったけれど、橋本基金に幕を下ろすわけにはいかない。シュレスタ院長に橋本龍太郎氏の遺志を受け継いでいくことを伝え病院を後にした。

カンティ小児病院
カンティ小児病院


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