8年ぶりのアイスフォール越えとなったが、今年のアイスフォールはルートが安定していて状況がいい。クレパスの数も98年の秋に比べたら半分以下。そして氷がしっかりと固まっているので固定されているハシゴがさほどグラつかない。とっ、強がってみてもやはりハシゴ越えは心臓に悪い。
アイスフォールを超え、キャンプ1に到着。ここも吹きっ曝しで時にテントが飛ばされてしまうほど。ただ一面が真っ白な銀世界でまるで砂丘にやってきたみたいだ。キャンプ2に向かって歩いている登山隊員たちがまるで蟻の行列のように、大自然の中では人間の存在は点でしかない。はかなくもあり、また、逞しくもある。都会の中ではなかなか感じる事が少ないが、この大自然の中にいると人の存在が愛おしくなることがある。まるで高山植物のように厳しい環境下に耐えながらも、必死に、また健気に生きている。
5月3日 ベースキャンプ~キャンプ1へ
5月4日 キャンプ1~キャンプ2~キャンプ1に戻る
5月5月 キャンプ1~キャンプ2へ
5月6日 キャンプ2~ローツェフェース取りつきまで~キャンプ2へ戻る
5月7日 キャンプ2~キャンプ3~キャンプ2に戻る
5月8日 キャンプ2~ベースキャンプに戻る
このスケジュールで行動してきましたが、文字で読むのはいかにも簡単ですが、実際はこの上り下りの繰り返しはなかなかハードなのです。今回はキャンプ3で清掃活動して下りてきましたが、理想はキャンプ3泊。そこで寝ると寝ないとでは大きく違ってくる。もう一週間、全体のスタートが早ければ8000Mの世界に突入するまでに一回ベースキャンプで休んだ後にもう一度キャンプ3入りし一泊したかったんですが。5月20日以降はいつモンスーン(雨季)が来てもおかしくないとの天気予報もあり、今回は高所順応活動はこれで終了ということになりましたが、それでもこの短期間の中ではベストを尽くせたかと思います。エベレスト直前のロブチェピーク登頂がなかなか効果あったような気がします。
それにしても6000Mを超えた高所での生活は何もかもが大変。夜は高山病の影響で頭が痛み、また空気が極度に乾燥しているため気管がやられ咳に苦しめられる。もう「コンコン」「ゲーゲー」酷いものです。上部からの電話の音声をこのブログ・HPでも聞けるようになっていますが、かなりお聞き苦しいですよね。すいません。どうしてもあんな声になってしまうのです。
今回は雪崩で雪をかなり吸い込んでしまい咳が特に酷い。あまりの咳の勢いで食べた物を吐き出してしまうほど。97年に初めてエベレストに挑戦した時は、咳のし過ぎで肋骨3本を折ってしまった。また2001年のエベレスト清掃活動では肺炎にやられ、とんでもない思いをした。高山病で苦しめられている最中は「なんでこんな事をやっているのだろうかと、こんな苦しみは二度とゴメンだ!」とブツブツ呟いているくせに半年後にはまたヒマラヤにいたりする。自分でも訳わからない。結局のところ、人間の行動全てを理屈で説明するのは不可能なんじゃないかと思う。
清掃活動のような社会的なテーマがあるときもあれば、ただ、がむしゃらに頂きを目指したくなる時がある。そこには公なテーマなどいらない。ギリギリの世界に身を置いてただただ必死に生きたいだけ。自己満足と言われれば自己満足。道楽と言われれば道楽。なにしろ命を賭けて遊んでいるのだからそんな贅沢な事はない。故に僕にはギャンブルにハマる人の気持ちが分からない。そんなにスリルを求めたいのならエベレストに来た方がよっぽど刺激的だろうに。なんて、これも極論かな。
さて、今回の写真集はカラーにしてみました。次回は再び「白黒」の世界となります。キャンプ3で行った清掃活動等は平賀カメラマンの写真特集で近々アップします。こちらも期待していてください。僕も平賀カメラマンもあれだけの雪崩に遭遇しながらどちらのカメラも壊れていなかった。雪まみれになったのだけれど。日本製のカメラは実に丈夫だ。
まとまりのない文書になりましたが、これも酸欠の影響?
では、次回の写真集も楽しみしていてください。頭ガンガンしながらも必死に撮影していますよ!
2011年5月8日 エベレスト・ベースキャンプにて 野口健
※2011年野口健写真集1
※2011年野口健写真集2
※2011年野口健写真集3