2011年エベレスト清掃登山 , ヒマラヤ

2011/05/08

雪崩~生きてこそ~

5月4日、午前9時半(ネパール時間)、キャンプ1からキャンプ2に向かっている最中の出来事。一カ所、ヌプツェ峰の真下を通る場所があり、我が一行がクレパスに架けられた梯子を渡った直後、上部の方から何か爆発音のような音が聞こえ、サーダー(シェルパ頭)のダワ・タシに「雪崩か?」と聞けば「落石じゃないか」との返事。その方向を見上げたが何しろ真上。何も見えない。とっ、次の瞬間に巨大雪崩が爆音と共に真っ直ぐに我が方に向かって一直線に突っ込んでくる。とっさに「おい!平賀!雪崩だ!」「逃げろ!」

と叫んだものの、我々は二本の巨大クレパスの間の氷のブロックの上にいて逃げ場がない。それでも左に逃げようか、いや右かと、捜してみるものの、雪崩はもう目の前。皆がパニック状態。その時にサーダーが「集まってしゃがめ」と叫び、我々は一瞬にしてよつんばいとなり互いを握り合い一かたまりとなっていた。雪崩から逃げるのを諦め、その代わりに皆でタッグを組んで流されないように体制を整えたのだ。たかだかほんの数秒間の出来事であったに違いない。
1番 この梯子を渡った直後に雪崩が発生。左奥がエベレスト
この梯子を渡った直後に雪崩が発生。左奥がエベレスト

急いで口の周りに腕でスペースを作り、生き埋めになっても呼吸できるようにしたが、まもなく直撃するであろう巨大雪崩相手にこれしか手段がないのか。今まで様々な事を経験してきたが、その度に「死んでたまるか」「なんとかなる」と死の世界に抵抗してきたが、今回ばかりはこの巨大雪崩相手に「もうこれで終わった」と、そして「ああ、やっぱり最後はエベレストだったんだ」と妙に納得させられていた。

とっ、次の瞬間に凄まじい衝撃が全身を襲った。スノーパウダーに叩きつけられ呼吸が出来ない。顔の部分にスペースを確保していたはずだが目も開けられない。どれだけ続いたのか時間の感覚もない。息が吸えない。窒息状態が続き全身から力がスーと抜けていくのが分かり「ああ~これで終わるのか。実に呆気ないもんだ。まだまだやらなければならない事が沢山あったのに、申し訳ない。本当に申し訳ない」と、ただただ「申し訳ない」という感情に包まれていた。

その時にサーダーが私の腕を何度もギュギュと握り「大丈夫だ」「大丈夫だ」と合図を送ってきたのが分かった。その合図にハッと我に返り、僕もギュと握り返していた。「まだ死ぬわけにはいかない。死んでたまるか」とそれから何秒続いたのか分からないが、とても永く感じられた。サーダーの腕を放したら流される。「何が何でもこれだけは放してはいけない」と最後はそれだけを考えていた。

そして雪崩は過ぎ去った。青空が見えた時、初めて「俺は助かったんだ」と、そして平賀カメラマンの姿を探したが見つからない。流されてしまったのかと、「平賀!」と何度か叫んだら「ハイ」と確かに声が聞こえた。なんと平賀カメラマンは、かたまりの最後にいたシェルパの右足にしがみ付き流されずにいた。そしてゾッとさせられたのはその位置。平賀カメラマンはクレパスの淵にいた。つまりあともうほんの少しでも流されていたら雪崩と共にクレパスに落ちていたのだ。実際に雪崩直撃直前にザック(リックサック)を放り投げていたシェルパのザックは雪崩と共にクレパスの底に流れ落ちていた。

私と平賀カメラマンにサーダーのダワ・タシ、そして他の日本隊のシェルパ3人が一緒だったが、雪崩から解放された後も、雪を吸い込んでしまっていた為にしばらく「ゲーゲー」と、のたうち回っていた。雪崩から解放された直後から「ゲーゲー」しながらも必死にシャッターを切りまくっていた。どこかで冷静になりたかったからなのかもしれない。後で撮影した写真を見たら一枚だけ自分の顔が映っていた。無意識のうちに自身を撮影していたのだ。その表情を見て驚いた。この顔と37年間、一緒に歩んできたが、こんな表情をしている自分を見るのは初めてだった。冷静でいたつもりだったが・・・。

2番目 雪崩直後の最初の一枚目
雪崩直後の最初の一枚目

3番目

クムジュン村の若いシェルパが「もう下りよう」と悲鳴を上げたが、ここで下りてしまったら気持ちが完全に切れてしまう。私は迷わずそのままキャンプ2に向かう事を決意していた。
4番目 ダワ・タシの判断が私たちを救った
ダワ・タシの判断が私たちを救った

5番目

それにしてもあれだけの雪崩に直撃されながらも、どうして助かったのだろうかと意味が分からなかった。後でシェルパに「私たちはとてもラッキーだった。私たちの前には大きなクレパスがあった。雪崩には重たい雪と軽い雪がある。重たい雪は目の前のクレパスに流れ落ちて、私たちには雪崩の表面の軽い雪が流れてきた。もし、目の前のクレパスがなければ私たちが間違いなく死んでいた」と言われ、クレパスによって逃げ場を失ったが、しかし、そのクレパスによって救われていた事を知った。
6番目 

7番目 この斜面から雪崩が襲ってきた
この斜面から雪崩が襲ってきた

確かに死の世界に片足を踏み入れたかもしれない。それでも我々は助かったじゃないか。6人で一かたまりになって生き延びたのだ。あれが一人ならば流されていただろう。今回の出来事で逆にこれが冒険の世界なのだと改めて目が覚めた。人は死を感じれば感じるほどに生を強く意識するものなのかもしれない。キャンプ2に到着した頃には「どのような状況に追い詰められようとも最後の最後まで精一杯生き切ってやろう」「あれだけのピンチを潜り抜けたのだ。自分にはまだ運が残っている」と気持ちは前向きだった。気持ちが切れなければ、また潰れなければ、なんとかなる。そう、なんとかなる。

2011年5月8日 エベレストベースキャンプにて 野口健

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