2012/05/05
サリブン峰BC入りしても天候は一向に回復せず。午前中といっても早朝に辛うじて青空を見せてくれるもののあっという間に雲に覆われそして午後になる前に雪。そして湿度が高いのか実際の温度以上に寒く感じる。骨の真まで冷えきってしまうような。サマ村、メタ村で風邪をひきその度になんとなく治していたが、このサリブンBCで完全にぶり返してしまった。
それでもなんとか少しは進んでみようと、ハイキャンプを目指した。目的は荷揚げ、高所順応、そして上部の雪の状態の偵察など。シェルパ3名が先行し、僕と平賀カメラマン、そしてアディカリ君の3人が後に続いた。BCを出発し2時間ほどしたら膝上までのラッセル。一歩一歩、ズボズボと足が雪に埋まる。高所でのラッセルは中々、息が切れるもので「ハァーハァー」と。
そして先行しているシェルパ達との無線交信。「深いところは腰まで雪がある」「なかなか前に進めない」「BC周辺はそんなに雪が深くないがハイキャンプ付近になると日陰が多いので雪が膝から腰ぐらいまで積もっている」といった情報ばかり。そしてさらに数時間たった時に「今日はハイキャンプまでは無理。手前に荷物をデポしてBCに戻る」との連絡。そして吹雪に。我々も今日は一旦、BCに戻ることにした。
そしてBCでシェルパたちと合流。彼らは、しきりに撮影した上部の雪の状態を我々に見せながら「この雪の状態では厳しい。前に進めないし、雪崩が危ない」と訴えてきた。何度かサリブン峰に登頂したことのあるプラソナ・シェルパは「ここまで雪が深いのは初めて。私の経験からしてこの雪のコンデションではサポートできない」と。10年来のパートナーでもあるミンマ・シェルパも「ケンさん、今回はやめたほうがいい。頑張って頂上に行けたとしても、その日のうちにハイキャンプに戻れないと思う。僕だってサリブン峰に登りたいけれど悪すぎる」と。ヤンチャで無理したがる彼にしてもそう。
ただその場で結論を出すには早急過ぎるので明日、もう一度確かめて見ることにした。シェルパ達にとっては既に結論は出ているのだろうが・・・。しかし、その翌日から僕が完全にダウン。情けないことに肺をやられ、咳が止まらないのと熱で全身が痛みBCから動けなくなり、シェルパのみがハイキャンプへ向かったものの、結局ハイキャンプには到達できずに昨日デポしておいた荷物を撤収。こうしてサリブン峰挑戦は幕を閉じた。
シェルパの判断は極めて冷静で正しく、アタック出来なかったのは残念でもあったが僕も納得。条件さえ良ければBCから二泊三日で登って帰って来られる山だが、今回は一週間みても厳しいだろとの判断。何故ならば仮に数日間晴れてくれたとしても積もりに積もった雪がある程度溶けるのには時間がかかる。雪崩のリスクを考えれば晴れたからと直ぐに突っ込めない。また我々の旅はまだ半分で、サリブン峰の後にはムスタンのローマンタンに向かわなければならない。最終的なゴールまでまだ約250キロの山旅のコース。いつまでもここにいるわけにはいかない。
それにしてもどうしてこんなに天候が不安定なのだろうか。この地域だけなのだろうか?
その後、エベレスト街道(クンブ地方)のクムジュン村に実家のあるアディカリ君が家に電話してみたらクムジュン村も毎日のように雪が降っているとか。クンブ地方はこの時期は比較的乾燥しているはずで、そのクムジュンでの大雪情報に驚いた。我々はまだいいがマナスル峰、ダウラギリ峰、アンナプルナ峰等に挑戦中の登山隊の無事を祈る。
いずれにせよ、我々はこのような条件の中で真っ向勝負する必要はない。ある程度の条件さえ整えばさほど大きなリスクを背負わなくとも登れる山。今、あえて勝負をつけなければならないほど僕は追い詰められていない。5月1日、BCを下る朝も少しだけ青空を見せてくれたが、それもほんの瞬間。サリブン峰もここまで僕らのことを歓迎してくれていないと未練もわかないもの。今回は「その時」ではなかっただけのこと。
サリブン峰BCからメタ村まで約11時間かけ降りた。1700Mを一気に下りメタ村に着いたときには流石にバテバテ。三日かけて登った道のりを一日で降りたのだから疲れるわけだ。その夜、僕は熱にうなされ、平賀カメラマンは頭痛と吐き気でほとんど寝られなかったそうな。しかも、吐き気から夜中にロッジの表を「ゲーゲー」と吐きながら徘徊してはシェルパ達を起こし大騒ぎになっていたとか。僕はそんな事も気がつかず一人寝袋の中でガタガタと震えていた。
翌朝、真っ青な顔をした平賀カメラマンの表情に驚き、そして夜中にそんな事が起きていたことを知り二重に驚かされた。コト村まで降りる予定であったが、二人の体調からして休養日とし一日中寝ることにした。
5月3日、コト村に下る途中にまたあの天然温泉が。平賀カメラマンはあれだけ風邪を引いていたにも関わらずスッポンポンになり温泉に入るではないか。そして全身で気持ちよさをアピール。それを見ていたらこちらまで我慢できなくなり温泉へ。それはそれはひと月ぶりのお風呂だ。感動しないわけがない。
まるで巨大冷凍庫の中で凍る冷凍マグロのような4泊5日をサリブンBCで過ごした後であっただけに体が溶けそうな、いやいや幸せな一時でしたが、本当に一時であった。温泉を上がりコト村に降りる途中からまた天候が崩れ小屋に着いたときには全身が冷えきっていた。二人揃って再び風邪が悪化。またまた寝込むことに。そして我々の元に悲しい知らせが・・・。この山旅はもちろん楽しい事の方が多いが、時に驚き、また呆れたり、戸惑いに、そして悲しみがセットとしてついて回る。
サリブン峰の挑戦が終わり、この旅はちょうど折り返し地点。「もう半分なのか」、それとも「まだ半分なのか」、それは人それぞれ。
2012年5月4日、コト村にて 野口健