山の雑誌『山と渓谷11月号』に、キリマンジャロ登山に関してインタビューを受けました。
こちらが全文になります。ぜひお読みください。

【山と渓谷11月号掲載 文=大石明弘】
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「温暖化といわれながら、まさか30年前の時よりも寒いキリマンジェロに登ることになるとは、考えてもいなかった」
アフリカから帰国直後、真夏の都心で、野口健はそう言った。
「アフリカで吹雪は、『奇想天外』だったよね」

 隣で、娘の絵子(15歳)が、自身のオフィシャル・ブログに書き込んでいた言葉を言った。
この春、彼女はコミニケーションツールの開発と販売を手掛ける株式会社ネオジャパンの広告モデルに起用されていた。
その前後に、日本テレビの『メレンゲの気持ち』『踊る!さんま御殿‼』などのバラエティー番組にも出演。
この取材の前には『徹子の部屋』の収録をしていたという。 
スタジオ撮影が似合う、華奢で透明感のある彼女が、荒涼としたキリマンジェロに登頂したことこそ「奇想天外」だ。


 絵子がそのアフリカ最高峰を意識したのは、5年前、小学4年生の時だったという。
「テレビでキリマンジャロを俳優さんが登っていて私も行きたいと思った
その俳優さんは誰? どんな番組? と質問すると、
「それが覚えていないんですよ」
絵子がそう答えた直後、野口が言う。
「お前、なんでそんな重要なこと覚えていないんだよ。インタビューしている記者の気持ちを考えろ。ドラマにならんだろ」
息を合わせた親子登山を行ってきただけに、ツッコミは早い。
「キリマンジェロは高い山なのに、『丘』みたいな形の山で、私にも登れるかなって」
「確かに丘っぽいだけど。って言うか、それも記事にむいてないよね」

 二人がはじめて登った山は、風雪の八ヶ岳だった。野口は振り返る。
「それでへこたれるようなら『キリマンジェロに行きたい』なんて言う資格はないと思ってた」
だが絵子は山嫌いにならなかった。
中学は、野口の母校であるイギリスの立教英国学院に進学した絵子だったが、長期休暇の度に、野口と日本の山に向かった。
そして、昨年12月と今年3月にヒマラヤに赴き、合計で4つの5000m峰に登頂。
そして6月には、キリマンジェロの前哨戦として、マレーシア最高峰のキナバルに登頂していた。

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キナバル山、頂上直下

 絵子の友達は「なぜ山なんか、わざわざ登るの?」と聞いてきた。
「そのとき、口に出して言わなかったけれど、友達よりも絶対良い経験をしていると私は思っていた。山は、誰もがいける場所ではない、非日常的な場所だって知っていたから」
15歳でキリマンジェロに挑戦するということが紹介された時、17歳で登頂した野口と掛け合わせて見る人もいた。
「でも実は、30年前の俺とは、全然ちがうんだよね......」
 そう言って、一瞬上を見やると、野口は堰を切ったかのようにしゃべりはじめた。

 30年前――。
全寮制の立教英国学院で共同生活をしていた級友たちは、一流大学から大企業へ進むため、日夜勉強に励んでいた。
そんななか、野口の成績は、最下位近く......。
最愛の娘の眼の前で、自分の暗い過去を堂々と語れる親も珍しい。そんなことを考えている間にも野口の早口は続く。
「『どん底』の時に、自分を表現できる何かがほしかった。それが山だった」
だが、標高5000mを超えるキリマンジェロは、想像を超えた過酷な世界だった。
アタック日は、猛烈な高山病で苦しむことに。
「でも、そこで諦めたら『どん底』から抜け出せないと思って必死に歩いた」
朦朧としながら眼下を望むと、赤茶色の大地が広がっていた。その広がりをみると寮生活が、遠く、小さなものに思えた。
「あのとき吹雪だったら、登頂どころか、確実に遭難していたよ」
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立教英国学院中等部入学式

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野口健、高校2年生。停学明けた高校時代。


 今回、その吹雪の中、絵子は野口の後を淡々とついてきた。
彼女はそこで、何を感じていたのだろうか?
「テレビに出ても、他の人よりもうまくしゃべれない自分がいて。それがコンプレックスで......。
この風に耐えて山頂に立てば、強い自分になれるかもしれないって思っていた」
野口が、間髪入れずに言う。
「そんなのはコンプレックスでも、何でもないんだよ。場数を増やせば、誰でも話せるようになる」
笑顔で野口はまた、「どん底」時代を饒舌に語りはじめる。
「俺が受験勉強についていけなかったは、やっぱりコンプレックスになったんだよ。
例えて言うなら、あの時は、深い湖の底で、動けずに湖面を見ているような状態だった。
湖面には他の生徒が浮かんでいるのに、自分は上がって行けない。
登山を続ければ、その湖面から顔を出せるようになると思っていた」

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キリマンジャロ登山の高所順応のためにメルー山登山
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猛吹雪の中、キリマンジャロに登頂

 そんな野口とは対照的に、絵子は大学まで進級し続けられる校内順位を常に保っていた。
閉そく感から解放されるために登山を始めた野口とは、まるで違う。
では彼女にとって山とはなんだろうか? 
ストレートには尋ねられず、この1年間の登山で一番印象的だったことを聞いてみた。
「山の風景は、どこもきれいだった。
でも一番記憶に残っていることは、パパが、シェルパやアフリカの人々と親しく接して話していたこと。
普通に笑顔で話をしていた。本当に普通に。登山よりもそれが凄いと思っていた」

 現実から離れるために向かっていた「非日常」は、30年の時を経て、野口の中で、「日常」になっているのだろう。
その辺地の「日常」のなか、野口は現地の子どもに日本のランドセルを送るプロジェクトなどを展開中だ。
「私は中学3年間イギリスにいたけれど、向こうの人との交流は、ほとんどなかった。
結局は日本人との生活で。でも9月からはニュージ―ランドの現地校に入学することを決めました」
 野口は、このままエスカレーター式に立教の高校へ進学してほしいとも思った。
だが、反対はできなかった。

「どちらかと言えば、これで絵子は『組織』ではなく、『個』として生きることになった。
でも、決断してしまった人間を、親でも止めることはできない」
その言葉に、腹を括ったのは、親の野口のほうだったのだろうと思う。
彼の隣で、絵子は凛とした佇まいを見せていた。
「どん底」から出発した野口が、長い時間をかけて発見した「個」。
そして「非日常」とのつながり。それを絵子はすでに目標として捉えている。
彼女が、異国の人々と笑顔で話しながら遥かな頂きを目指す日も、そう遠くはないだろう。
そして将来、彼女は、野口が切り開いた地平よりも、さらに遠くに行く気がしてならない。

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