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2001年エベレスト清掃登山 , ヒマラヤ , 自己責任と危機管理

ベースキャンプでのトラブル ~その2~
佐藤桃子(チョモランマ清掃登山隊員)の場合

2001年エベレスト清掃登山 , ヒマラヤ , 自己責任と危機管理

2001/04/17

ベースキャンプでのトラブル ~その2~
佐藤桃子(チョモランマ清掃登山隊員)の場合

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朝食後、9時過ぎベースキャンプ・マネージャーの佐藤桃子が「ちょっと裏山行って来ます」と他の隊員に告げトレッキングシューズに履き替えずに運動靴のままトコトコと出かけた。その姿はまるで近所に散歩に出かけるかのようだったそうだ。そして、事件はおこった。


12時の昼食の時間になっても彼女の姿が見えず、「桃子は?」と聞けば、「朝散歩にでかけたよ」との返事。まあ、そのうち帰ってくるだろうとこのときはまだ心配していなかった。というのも、ベースキャンプは地形的に平坦で、裏山といっても明るければさほど危険ではない。高所順化の為に皆が登る丘といった感じだ。しかも多くの人が同時に登っているので、1人という事も考えられなかった。

13時過ぎても戻らない。14時過ぎても帰ってこない。段々と不安が頭をよぎる。しかし、遭難する場所でもなかろうにと、不安な気持ちを抑える。しかし、15時になってもその姿が見えず、双眼鏡で辺りを探すが、彼女が着ているはずのオレンジ色のジャケットは見当たらかった。

もう我慢の限界となりシェルパ12人、野口、村口,李、グルジア隊員と手分けをして捜索を開始する。16時、17時、18時、どこからも誰からも発見の情報が入らない。

みんなの無線機を通した声も時間の経過につれ殺気だってくる。陽が沈めば温度はガクンと下がる。ましてヘッドランプなど持ちようもない佐藤桃子の身の安否を思えば焦るのも当然だ。


ベースキャンプから徒歩2時間程下りたところにあるロンブク寺院まで探しに行ったシェルパから無線連絡が入り佐藤らしき人物を目撃したとの地元人からの情報が入る。

僕はその情報に愕然とした。

ベースキャンプとロンブク寺院の間は砂利道で、道に迷いようがない。もし、その地元人の証言が正しくロンブク寺院あたりで行方不明となっているのであれば、それは人災以外考えられない。
つまり何者かに連れ去られた可能性を否定しきれなくなる。チベットではトレッカーが行方不明になることが少なくない。そしてその大半は二度と発見されないという。

さらに入ってきた情報に、僕は最悪の展開を覚悟した。

「オレンジのジャケットを着た中国人らしき女性、その女性は歯に矯正していた。そして男と歩いていた。」

佐藤桃子は確かに歯に矯正している。中国人かといえばそう見えないことも無い。そして見知らぬ男。その男とは一体誰だ!!

19時30分、日もすっかり落ち、辺りは真っ暗。スタッフ一同は一旦、ベースキャンプに集合した。

中国連絡官にこの状況を伝え、また他の隊のシェルパ達にも捜索に加わってもらう。
各自ヘッドランプを持ち,徹夜の捜索活動が行われようとしていた。僕は中国連絡官と共にジープに乗り込み、ロンブク寺院に向かった。

車の中で色々な展開が頭の中をよぎる。状況は最悪だ。遭難か人災か、一体どこにいるんだ。真っ暗な闇の中、1人で凍えているのか、それとも何者かによって...。30分ほどで、ロンブク寺院に着き、目撃者の証言を取るも意見が食い違いなにが真実なのかわからない。

なすすべなく戸惑うが、迷っている時間はない。もし、桃子が道中で足でも滑らし骨折などで動けないのならば、チョモランマの冷気に刻々と体温を奪われ結末へと向かっていく。

ロンブク寺院より、ベースキャンプの村口さんと連絡をとり、再度ベースキャンプに集合し、捜索範囲を検討することにした。道中ジープの中では、なんとも重い雰囲気に占領され、幾度となくため息が漏れた。

そのため息の音が僕にはなんとも重くのしかかり、絶望的な気分にさせる。隊長としていかに責任をとればよいのか...。

とっその時、ベースキャンプにいるシェルパのニマ・オンチュウの声が僕の無線機に飛び込んできた。

「もも、いた!いた!いる!いる!ここ!」

と普段は流暢な日本語を話す彼がパニック状態となっている。
ただごとならぬその声に僕も声を大にして叫ぶ
「村口さんに代わって!!」

村口さんの声が無線機から聞こえる
「野口、桃子が戻ってきた!」
その後もなにかしゃべっているようだけど聞き取れず
「とにかく無事なんですね」と聞けば、
「そうだ!安心して帰って来い」と村口さん。

その瞬間、車の中では歓声があがり、皆で握手した。
中国連絡官とも色々あったけれど、頭が下がるほどにこの捜索に協力してくれた。
自分のことのように彼女の発見を喜んでくれた。僕も思わず目頭が熱くなった。

ベースキャンプに戻り、佐藤桃子の姿を確認すると、全身の力が抜けていった。同時にぐったりと疲労感に包まれた。
彼女の話では凍りついた川を氷河に向かってひたすら歩いているうちに戻れなくなり、近くの山に登れば道がひらけると3時間かけて山に登り、ベースキャンプ方向に向かっているうちに日が暮れ、真っ暗ななかガレ場を滑り落ちるように下りてきたとのこと。

10メートル近く滑落も経験し、膝はすりむき、爪は剥がれ、ズボンはボロボロに裂け、痛々しい姿になっていたが、その程度の怪我ですんで良かったと一同胸をなでおろした。

佐藤桃子の一言
「昨日は帰ってきたら大変なことになっていてビックリしました。お世話をかけた皆様大変申し訳ありません。今後この様なことは絶対いたしません。本当にすいませんでした。」
 

しかし、なぜでそこまで奥地行ってしまうのか僕には理解不能だ。ましてまったく知らない土地で凍てつく川は危険極まりない。割れて落ちれば終わりだ。またガりンガりンに凍っている氷の上を歩くわけだから滑って頭でも打てばただじゃすまない。僕にはまったくもって信じられない。まったくもって意味不明!!

彼女はとうぶんの間、ベースキャンプで謹慎処分。

末筆ながら、彼女の捜索のため、イギリス隊のシェルパ達、中国連絡官、我が隊のシェルパ、そして隊員達には心からお礼を申し上げます。本当にありがとう!!

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