2009年マナスル清掃登山 , ヒマラヤ , マナスル基金 , 自己責任と危機管理

2009/05/01

遭難相次いだか? マナスル

 我々がサマ村におりてからマナスル上部では遭難が相次いだ。まずはイタリア隊の隊員がキャンプ2で我々の酸素ボンベを使用したが残念ながら死亡。イタリア隊から我が隊のシェルパに「遺体をベースキャンプまで下ろしてほしい」との要請を受けたが、熟慮を重ねて上でその要請を断った。これに対し批判はあるかもしれない。しかし、我々も5月に入ったら山頂アタック体制に入る。キャンプ2から遺体を下ろす作業は極めて困難かつ雪崩多発地帯を横切らなければならない。我が隊のシェルパを危険にさらすわけにはいかない。また山頂アタックを目前に控えている我がシェルパの体力的な消耗具合を考慮すれば受け入れられない。また、イタリア隊は隊員が10人以上いながら二人のシェルパしか雇用しておらず、つまり事実上シェルパレスに近い形態を自らがあえて選択したわけで、事故が起きた際には自身の隊員(独自)による活動が当然求められる。もし仮に遭難者が生存していれば、もはやそんな事も言っていられず、どうであれ至急レスキューしなければならないが、すでに亡くなっている。ミイラ取りがミイラになってはいけない。

 また理解出来ないのが最終キャンプに緊急用の酸素ボンベにマスクを用意していなかったこと。無酸素登山であろうが緊急事態を想定し用意するべきではなかったか。その結果、上部キャンプにて他の隊(野口隊)の酸素ボンベを使わざるを得なかったのは厳しい表現になるかもしれないが、明らかに初歩的なミスであり失態である。そして強風が吹き荒れる中、すぐに下山しないで最終キャンプに留まり続けたこと。遺族の心情を思えば一刻も早く遺体を下ろさなければならないが、登山活動はあくまでも自己責任。その覚悟と自覚が必要だ。冷たいようですが山で生きるとはそういうこと。

 ここまで偉そうに指摘しながら自身が遭難したら誠にだらしない。もし仮にマナスルから戻らないことがあれば、その時は「お前はだらしないじゃないか」と厳しくバッシングしてください。明日は我が身であるから彼らの遭難事故をきっかけに自らの気持ちをしっかりと締めなおさなければならない。

 4月29日にアタックした他の隊も登頂ならず。シェルパらの情報(未確認情報)によれば、隊員一名が凍傷にてレスキューされたとのこと。同日アタックしたまた別な隊の一名も一時行方不明となりクレパスに落下したかと心配されたが足の指を凍傷に侵されながらもなんとか救助されたとのこと。

 その中(28日)、登頂を果たしたのは韓国隊のキムさんとソーさん。このプサン出身の韓国隊はマナスル峰、ダウラギリ峰、アンナプルナ峰の8000M級の三山をワンシーズン(約2ヶ月間)で登るという計画をたて、このマナスルも3回目のアタックで登頂。彼らの決して挫けないネバーギブアップ精神、まさに驚異的な精神力に同じ登山家として敬服、また尊敬します。上部キャンプでキムさんが一人黙々とアイゼンの爪をやすりでガリガリと磨きながら、一言「アイアム、影武者」とニヤリ。そして今度はフォークを、磨くふりをして「アイアム座頭市」と。

親交深めた韓国隊のみなさんと
親交深めた韓国隊のみなさんと


 なかなかのギャクセンスと、これからアタックするのにこの精神的な余裕さに彼らはやれるなと確信を抱いていた。登頂翌日、早速サマ村まで降りてきて一緒に祝杯をあげ、30日にはヘリでカトマンズに飛んで行った。数日休んでからダウラギリ峰に向けてキャラバン開始とのこと。残り二峰。無事に生還してほしい。プサンでの再会を誓い合った。

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現場を視察する
現場を視察する

我々はサマ村で休養を取りながらマナスル基金によって建設中の学校を見学。外壁に使用する石は既に集められ、また窓枠やドアなどが手作りで作られていた。重機などの機械は一切ないこの山幹部で建物を建てるのがいかに大変か、彼らの作業を眺めながら改めて感じていた。とっ、同時に「何とか年内に間に合わせてほしい、頑張ってくれ!」と心の中で叱咤激励していた。来年はもう一棟、宿舎を建てたい。このサマ村の子供たちだけではなく周辺の村の子供たちも含めたい。一人でも多く。

窓枠を作る職人たち
窓枠を作る職人たち

30日はマレーシアからやってきた医師団が村人の診察を行っていた。村の子供たちの多くが慢性的な下痢であった。栄養失調や水の汚染が原因とされている。村の川の周辺にトイレがあり、また上流ではゴミが川に捨てられている。マナスル挑戦後、再びサマ村にて村人との一斉清掃を行うが、改めて水の保護の必要性を彼らに伝えたい。そして学校建設と同時にごみの焼却施設の設置も念頭にいれ計画を広げていきたい。それにしてもこの僻地まで足を運んでいる医師団の先生方には感謝。日本ではちょっとした地方ですら医師不足になっているときく。都市部の大病院に医師が集まり、地方には行きたくないとの要因もあげられているらしいが、本来の医師としてのあるべき姿とは、などとお節介ながらもついつい考えてしまった。麻生総理の医者についての例の問題発言?に対し、私は、むべなるかなといった印象を抱いている。いつの日か、このサマ村にも日本人医師による診察が行われることを切に願い、またその光景を想像しながら実現させたいとイメージだけは勝手に膨らんでいた。

診察する医師達

医師による診察風景1
医師による診察風景

診察を待つ村人たち
診察を待つ村人たち

あと二日しっかりと休み5月2日にはベースキャンプに戻りたい。

2009年4月30日 サマ村にて 野口健

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