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5月9日を山頂アタック日とし5日にベースキャンプを出発。キャンプ1入りしたその日の夜から再び悪天候となる。夕方から雷がゴロゴロと鳴りだしそれから絶望的な大雪。そして雪が止んだかと思いきや今度は猛烈な強風。真横の平賀カメラマンがいるテントに向かうこともままならず。大声を出しても強風の「ゴォー」という爆音に声が届かない。相変わらず眠られない夜を過ごす。6日のキャンプ2行きは前夜の大雪で積った雪が落ちてくるリスクがあるので一日延期。キャンプ1に二泊することとなった。この日、ロシア隊はキャンプ2に向かったが途中で二回雪崩を誘発し隊員4人が数十メートル流されゴーグルやストックなど失ってしまったが、またしても強運に助けられ犠牲者なし。これでロシア隊は5回目の雪崩遭遇にも関わらず一人の犠牲者も出していないのが奇跡である。恐るべし、バルチック艦隊。

キャンプ1の朝日・朝はいつも晴天なのだが・・・キャプションなし
キャンプ1の朝日・朝はいつも晴天なのだが・・・


キャンプ1を出発する野口隊キャプションなし
キャンプ1を出発する野口隊

 7日、朝から雲ひとつない晴天。平賀カメラマンと「やっと天候が見方してくれた!」と素直に喜びキャンプ2を目指した。しかし、ところどころに点在している雪崩多発地帯をドカドカと歩くのは、それはそれは恐ろしくソロリソロリと出来るだけ雪面にショックを与えないように一歩一歩進む。冷や冷やで生きた心地がしない。
一歩一歩、この繰り返し
一歩一歩、この繰り返し
キャンプ2に向かうアタック隊
キャンプ2に向かうアタック隊

キャンプ2に到着し、早速、平賀カメラマンは撮影した映像を日本に送信。ブログやHPにて動画をアップするためであるが、こんな高所でアンテナを含む衛星通信機材を担ぎあげて作業する登山隊はまあ~なかなかないだろう。平賀カメラマンが「どうせなら新しい事をやりましょうよ!これもチャレンジ!」と張り切ってくれている。大した男です。
キャンプ2から動画を送信する
キャンプ2から動画を送信する

 久々の晴天に浮かれ「9日にはマナスルに登れるぞ!」とはしゃいでいたら、あっという間に雲行きが怪しくなりまたゴロゴロと雷が、そして再び大雪に・・・。「ハァー」と溜め息。「一体全体この山はどうなっているんだ!」と愚痴がこぼれる。それからが大変だった。

寝袋の中で寝ていたら両サイドから「グググッ」と圧力がかかり目を覚ましたが体が固定され動かせない。雪が私の一人用の小さなテントを押しつぶしていたのである。必死に体をモジモジさせながら少しずスライドさせなんとかテントから脱出に成功。ヘッドランプの光で真横にあったスペイン隊のテントを探したが見当たらず。「あれっ」とよくよく見たらテントの天井が辛うじてチョコンと雪から出ていた。慌てて「カルロス!大丈夫か!」と声をかけたが無反応。

雪に埋まっているカルロスのテント
雪に埋まっているカルロスのテント

雪で埋まったテントを掘り出す
雪で埋まったテントを掘り出す

上から一部露出しているテントの天井をバンバンと叩いたら「オウ!」と目を覚まし驚いているカルロスの声が聞こえた。中でもがいているようであったが、ここまで雪に埋まってしまったら自力脱出は不可能。慌ててスコップで雪かきを始めるが一人では限界。我が隊のシェルパと平賀カメラマンを起こし交替で猛吹雪の中、雪かき合戦が始まる。顔に当たる強風が容赦なくチクチクと針で刺されているかのような痛みに涙がでた。約30分の作業でなんとかカルロスを雪の中から引っ張り出すことに成功。テントを失ったカルロスは平賀カメラマンのテントに避難。放心状態であったのか、グッタリしていた。
極寒の中、救助作業は続いた
極寒の中、救助作業は続いた

吾輩のテントも雪に埋まりテント内は雪まみれとなり寝袋も濡れ、そして次の瞬間にガチガチに凍ってしまった。体も心から冷え切り朝までガタガタ震えが止まらなかった。結局、この日も一睡もできず。それにしても厳しい夜であった。ただ、後にカルロスが「あの時、日本人が助けてくれなかったら私は今、生きていないだろう。日本人はとても親切だ」と話しているのを耳にし「良かった、良かった」と一人自己満足に浸っていた。
助けられたカルロスと平賀カメラマン
助けられたカルロスと平賀カメラマン

8日は朝から上空に不安定な雲が不気味に漂っていた。そして特に嫌だったのが、マナスル山頂をすっぽりと覆っている笠雲。98年の二度目のエベレスト挑戦もあの笠雲の中に突っ込み酷い目にあった。幸い、私は途中で引き返したため無傷で帰還できたが、そのまま突っ込んだスペイン人登山家は凍傷で手足の指の大半を失っていた。これは単なる偶然であるが、あの時のスペイン人登山家もカルロスという名であった。
レンズ雲に覆われるマナスル峰
レンズ雲に覆われるマナスル峰

 マナスル山頂の笠雲は天候が大きく悪化するサインである。さて、どうするか。ベースキャンプで待機している野口隊のシェルパ頭のダワタシに無線連絡したら「天気予報では9日の午前中まではなんとか天候がもつ」との事であったが、いやはや、どうしてそんな予報が信じられるものですか。何故ならば我々はその時点で既にブリザードに全身を曝されていたのだから。
目が開けられないほど容赦ないブリザード
目が開けられないほど容赦ないブリザード

 それでもロシア隊はキャンプ3に突っ込むと決断。ロシア隊に引きずられるかのように台湾隊もキャンプ3行きを決定。では我が隊は?シェルパからは「みんなが行くのだから我々もキャンプ3に上がろう」と迫られた。しかし、笠雲を見上げながら「これで行くのか・・・。う~ん、やっぱり行くしかないのか」と天を仰ぎ、いったんはキャンプ3行きをシェルパに告げた。シェルパが先に出発し、「あ~ いよいよかぁ~」と気分はもう玉砕。
大荒れのマナスル峰
大荒れのマナスル峰

 それでも、もう一度、空をジッとにらみながら「本当にこれでいいのか、自分の中でこれだけ迷っているにも関わらず突っ込んでいいのか」と自問自答。そして無線機を取り出しキャンプ3へと先行しているオンチュウ・シェルパに「アタックは中止。ベースキャンプに戻る」と告げた。
キャンプ2から下る(左・カジシェルパ・右・野口)
キャンプ2から下る(左・カジシェルパ・右・野口)

 いつでも山の中での判断は難しいが、特にこのいつまでも天候が安定しないマナスル峰はとても困難だ。キャンプ2に戻ってきたシェルパの表情は「またアタックをかけないのか」と不満で一杯だったが、こればっかりは仕方がない。我が隊から如何なる事情があろうとも犠牲者を出すわけにはいかない。確かに悪天候で待機ばかりの生活が続けば突っ込みたくなるのが人の心情である。しかし、そこをグッと堪えるしか生き延びる術はないではないか。人に臆病と思われようが、そんな見栄や強がりなど、もはやどうでもいい。そんな感情はこの世界に必要ない。
 ベースキャンプに向かって下山中
ベースキャンプに向かって下山中

 私の判断が正しいのかどうか、はっきり言って分からない。それでも「今がその時ではない」と感じたのならば降りるべきである。ベースキャンプに向けて下山しながら「これで明日晴れたらシェルパ達、怒るだろうなぁ~」と平賀カメラマンと話しながら、その時はケロッと笑うしかないと、根拠のない所で生きているのだから、「まあ~そんなこともあるよ」と開き直ればいいじゃないか。
もうすぐでベースキャンプ
もうすぐでベースキャンプ

 ベースキャンプに無事に戻り夕食を食べたと同時に猛烈な睡魔に襲われ、久しぶりに朝まで安心してぐっすりと寝ました。

 8日にキャンプ3入りし9日に山頂アタックを賭ける予定でいたロシア隊は強風のためアタックかけられず、スペイン隊もキャンプ3から撤退。複数の登山隊が9日を狙っていたが、全てのアタック隊が登頂ならず。そう簡単には登れないのがマナスル。あの韓国隊も5回目のアタックでようやく山頂に立ったではないか。それに簡単にマナスルに登ってしまったら勿体ない。

 過酷だがこの自然との駆け引きが登山の最大の醍醐味だ。命がかかっているだけ何よりも本気になる。だから登山はやめられない。このマナスル登山、スタート時から、いやその直前から困難の連続だった。そして継続中だ。しかし、生き生きとしている自分の姿を明確に自覚している。これは決して強がりなどではない。

 さて今後の予定ですが、ベースキャンプで数日休養し再びアタックをかける。5月14~17日の間に山頂を目指します。
ヒマラヤの満月
ヒマラヤの満月

2009年5月9日 マナスル・ベースキャンプにて 野口健

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