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2011年エベレスト清掃登山 , エネルギー , ヒマラヤ , 東日本大震災

エベレストでフクシマについて考える

2011年エベレスト清掃登山 , エネルギー , ヒマラヤ , 東日本大震災

2011/05/02

エベレストでフクシマについて考える

エベレストにいても外国人登山家から「日本は大丈夫か?」「フクシマはどうなった?」と毎日のように聞かれる。そして「ツナミ」以上に彼らが気にするのは「フクシマ」である。つまり福島第一原子力発電所の原発事故の事だ。「フクシマはアメリカのスリーマイル島の原発事故を越えた」と世界に報じられたからなのか。または「フクシマはチェルノブイリと同レベルになった」と報じられたからなのか。夏になると日本に出稼ぎにやってくるシェルパ達の中からも「日本は危ないから今年は行かない」などといった言葉がチラホラと聞こえてくる。

インド人の登山家の一人は「日本は大変だ。アメリカの原爆にやられただけじゃなく、フクシマの爆発にもやられて。日本人はヒロシマに原爆を落としたアメリカ人が嫌いだろ」などと「原発事故」と「原爆投下」をごちゃ混ぜにして論じてくる。確かに、日本人の中にも「原発」と「原爆」をイメージの中で同一にしてしまう人もいるが。

それにしてもこの度の震災は阪神淡路大震災の
1400倍のエネルギー。またエネルギー計算するとヒロシマ原爆(15キロトン)の3万2千発分。史上最強の水爆は1961年にソ連が実験的に作ったツァーリ・ボンバ(50メガトン)。あまりの破壊力に実用化されなかったそうだ。立花隆氏によれば今回の津波はそのツァーリ・ボンバの十発分だったそうだ。

故に福島原発事故後から頻繁に「未曾有」「想定外」といった言葉が出てきたのだろう。それはそれとして、では我々はその原発をどのように捉えていくべきなのだろうか。

以前、地方の某電力会社主催の講演会での出来事。講演のテーマはあくまでもエベレストや富士山の清掃活動や環境教育に関してであったが、講演後に会場から「あなたはこの電力会社が原発を持っているのを知っていて講演しているのか!つまりあなたは原発を容認しているのか!それでよく環境問題を語れるな!」などと野次が飛んできた。講演中から客席の一角が明らかに他の方々とは異なる雰囲気の人たちが集団で座っている事に気が付いていたので、突然の野次にもさほど驚かなかったが、ただあのヒステリックに、そして一方的な表現方法にまるでグリンピースや、または最近ではシーシェーパードの類の印象を受けたものです。

日本は唯一の被爆国(戦争として)であり、いわゆる原子力にアレルギー反応を示す人たちがいるのも理解できる。しかし、エネルギー問題は日々の生活にあまりにも直結しているわけで、感情論のみで論じる問題でもない。日本は既に三分の一を原子力に頼っている現実がある。この三分の一を全て自然エネルギーで担えるかと言えばそれも不可能だろう。勿論、節電も大切であるが、節電によって原発で発電しているエネルギー分全てを削減できるものでもない。

いわゆる環境団体の中にも「原発推進派」と「原発反対派」があったりする。

例えば気候変動(地球温暖化)について研究している学者や環境活動家の中からは「火力発電所は温室効果ガスを多く排出する。原子力発電所こそが温暖化対策だ」といったような意見もでれば、その反面、「核のゴミはどうするのか」「放射能が漏れたら大気も水も汚染される」といった指摘をする環境保護団体も多い。

この分かれる意見に対し、どちらが「正しいのか」「正しくないのか」、「白」か「黒」か、「100」か「0」か、といった議論になりやすいが、私はそのどちらにも一理あると思う。人が生きていくためにはどうしたってエネルギーが必要となってくる。欲望に任せて欲しいだけ消費すればいずれ自分たちに跳ね返ってくる。かといって今更ながら槍を持ってジャングルを駆け廻る生活に戻れるかといえばそれも無理だ。開発と保護。その狭間の中で私たちは生きている。

そしてエネルギー問題を環境問題としてのみ捉えるのではなく国家の根幹として受け止めなければならない。何しろ日本には
12千万人が生活しているのだ。一つには安全保障の問題。石油を輸入にだけたよっていればそれは日本にとってアキレス腱となる。オイルショックの時に日本人はそれを嫌というほど実感しているはずだ。

そもそもあの大東亜戦争だって一つには資源を求めたがゆえに引き起こされたとも言われている。独自の資源をほとんど有しない日本のエネルギー自給率は原子力を除くと四パーセントしかないとのこと。原子力を含めても19パーセント。故に独自で開発できるエネルギーとしての原子力の開発に力を注いできた経緯がある。

福島原発の事故後、東京電力はマスコミから袋叩きとなっている。「人災」とまで言われている。私は専門家でもなく、またエベレストにいてその後の情報が入ってこないので、分からない事だらけ。ただ一つ懸念しているのは、この度の原発事故によって原子力発電そのものを極端に否定する流れが日本中に蔓延してしまわないかということだ。原子力に対し理性的な議論が国民レベルで出来なくなってしまうのではないだろうかということ。

政治家による国民へのパフォーマンスとして原発叩きが横行しないだろうか。またテレビに出るコメンテーターや評論家も世間の流れに合わせて片一方の事しか話さなくなるのではないだろうか。また原発を容認するかのような発言をした人は必要以上にバッシングされたりしないだろうか。

実際に先の都知事選挙も石原慎太郎氏以外の候補者は原子力発電に対しハッキリと「NO」と言わないまでも「原子力のかわりに自然エネルギーを」と皆が口をそろえていたように記憶している。その中で石原氏は「皆さん、冷静に。原子力は必要なのです」と断言されていた。そもそも石原氏は以前から東京湾に原発を建設すればいいと公言されていた方です。

東京都知事選に関わらず統一地方選挙では
12知事選挙も行われた。福島原発事後直後であり、原子力発電の是非が大きな焦点となったのは間違いないだろう。有権者の判断はどちらに流れるのだろうかと注目した。あれだけマスコミによる東電叩きが連日続けば原発容認派はさぞかし不利になるだろうとの見方が評論家の中にもあった。

しかし、開票の結果は原発立地自治体の北海道、福井、島根、佐賀県のいずれも原発容認派の候補者が勝った。

「原発を東京湾に作ればいい」と公言していた石原氏も圧勝。投票率が低ければどうしても現職が有利となるが、都知事選に関しては前回比3・45ポイント増の57.80パーセントとなった。街頭演説などの自粛で投票率が下がるだろうとの見方もあったが、逆に防災、原発問題、復興などが有権者に注目され関心が高まったのだろう。

知事選挙は現職有利とも言われているので、選挙の結果だけで有権者が原発を認めたとは断言出来ないのかもしれないが、それにしても震災が最大のテーマとなった選挙だけにこの結果をどのように受け止めるべきなのか。私が勝手に受けた印象からすれば、原発に関し、日本人の多くは冷静に受け止めているのだろうということ。

だからといってあれだけの事故を起こしてそのままというわけにはいかない。太陽光、風力、地熱などのいわゆる自然エネルギーのさらなる開発に莫大な税金を投入しつつ、マグニチュード9の地震や津波にも耐えられる原子力発電所の建設が果たして可能なのか、それともその規模の震災となればもはや不可能なのか、をはっきりと検証してもらいたい。これは結果論かもしれないが、マグニチュード9を想定していなかったから「想定外」になってしまったわけで、最初から想定していれば「想定内」であったはず。

これは東電のみの責任ではなく、様々な学者が永遠と議論し合って、また国も絡み一緒になって「想定」を作ったわけで、その想定が大きく外れてしまった結果がこの度の原発事故に繋がった。だとするのならば、震災大国日本はこの事故を教訓に世界一安全な原発を建設しなければならない。その為には今まで以上にコストをかける必要があるだろう。安全対策の為ならば電気代を高くしてでもあらゆる想定をしながら二重三重に対応策を練るべきだ。

「今まで通り電気は使いたい」「でも電気代高騰は嫌だ」「原発も嫌だ」では子どもの議論でしかない。起きてしまった原発事故は大変不幸なこと。風評被害や地元を追われ避難所生活している方々の気持ちを思えば「ああだ」「こうだ」と簡単に言葉に出来るものではないのかもしれない。しかし、全てをマイナスにしてしまっていいのだろうか。どうであれ、我々は生きていかなければならない。この震災を大きな教訓にし、新たな社会を築いていかなければならないのだ。その責任は一部の電力会社や国だけではなく、社会の一員でもある私たちも担っていくものだろうと思う。

日本社会全体が原子力の恩恵を受けてきたのも事実。それを忘れてしまったかのように電力会社を一方的に叩くのにはどうしたって違和感がある。もっと建設的な議論を期待したい。

いずれにせよ、この大震災で日本人の価値観も少しは変わったように感じる。計画停電を経験し、また高速道路含め夜の街から街灯が消えた。考えてみれば今までが異常なほど煌煌と街の光が灯り過ぎていたのだ。夜はもう少し暗くてもいいはずじゃないかと、私を含め多くの日本人は気がついたはずだ。

さて、話は大きく変わりますが、このエベレスト登山隊のエネルギー事情も大きく変わってきました。僕がエベレスト登山を始めた頃(
90年代後半)はほぼ全ての登山隊が発電機を持ちこんでいた。故にベースキャンプの至る所から「バラバラバラー」と発電機が発する爆音が響き渡っていた。もちろん、今でも発電機は存在するが、それ以上に増えたのがソーラー。我が隊もソーラーと発電機の両方を有しているが、メインはソーラー。この原稿を書いているパソコンもまた衛星通信機材なども全てソーラーで充電している。分厚く重たかったソーラーパネルが今ではテントに張り付けられるほど薄くなった。来年以降はさらに工夫して100パーセント、ソーラーで補えるようにしたい。

私のこの原発に関する意見には様々な意見があるでしょうが、これはあくまでも私個人の感想であり、それは人それぞれです。原発の問題をタブーにしてはいけない。この原発事故をきっかけに、私も含め一人でも多くの人がエネルギーについて、自身の事として考えるきっかけになればと願う。

2011
51日 エベレスト・ベースキャンプにて 野口健

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