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2012年マナスル・ムスタン登山 , マナスル基金

「ヒマラヤ遠征スタート!~雨のキャラバン~」

2012年マナスル・ムスタン登山 , マナスル基金

2012/04/16

「ヒマラヤ遠征スタート!~雨のキャラバン~」

4月5日、ヒマラヤ遠征に向けて日本を出発。6日にカトマンズ到着。これから一月半のヒマラヤ遠征が始まる。まず向かうのはマナスル山域のサマ村へ。サマ村では5年前から「ヒマラヤに学校をつくろうプロジェクト(マナスル基金)」」を立ち上げ学校建設を行ってきた。そして昨年末ついに完成。まずその学校へと向かう。そして4月15日にはサマ村と富士山の同時清掃が行われる予定。その後、ラルケパスを超えムスタン王国へ。ムスタンではサリブン峰(6328M)登山。(タリバンではありませんよ)

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4月7日、マナスル山域のサマ村へ向けてキャラバン開始。まずはカトマンズからアルガータ村までバス移動。寝不足が続いていたので8時間のバス移動もほとんど意識なし。ただ酷いガタガタ道でバスは大揺れ。その度に頭を窓に「ガコン」と、しこたま打ち付けるものの、夢の中で衝撃を感じながらも睡魔には勝てずどれだけ打ち続けた事か。お蔭でただでさえ少ない脳細胞が・・・まだ残っているのかな?

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アルガータは標高608M。暑いのなんの。そしてムシムシ。テント泊だったが、テントの中はサウナ状態。寝られたものではない。

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そして翌朝からキャラバン開始となったが、このキャラバンはひたすら雨。雨が止み太陽が顔を出したかと思えばまた雨。パンツまでずぶ濡れになりながらのキャラバン。それでもこのルートの楽しみは幾つもの村々に訪れながら進むのだが村の人々の生活が垣間見られること。特に人懐っこい子どもたちの生き生きとした表情。目が合うとニコッと笑顔を見せてくれる。ネパールの子どもたちの表情豊かさはどこからくるのだろう。嬉しい時は全身で喜びを表現する。悲しい時も全身で訴えてくる。ネパールの子どもたちと比べると日本の子どもたちは忙しいのかな。子どもにして「目が疲れているなぁ~」と感じることが多い。そして溜息の多い事。どちらが幸せかどうかという話ではないが、少なくともネパールの子どもたちの方が、子どもらしい表情を見せてくれる。それは何も顔の構造上の問題ではないだろう。

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想像でしかないが戦前、戦後間もない頃の日本の子どもたちもきっと今のネパールの子どもたちのような無邪気な表情を見せていたんじゃないかと思う。教育環境も含め社会構造が完成してしまった先進国特有の壁があるのかもしれないと、そんな事を感じながら歩いていた。石原慎太郎氏も「昭和のあの頃は貧しかったが、貧しさ故にみながハングリーだったし、何しろ勢いがあったね。貧しい分だけ夢があった。あの昭和の時代と共に歩んでこられた事は幸せだった。比べると今の若い人は気の毒だね」と仰っていましたが、なるほど。貧しさの度合にもよるのだろうが、貧しさ故に夢を抱くこともあるのかもしれない。

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サム村までのキャラバンは約一週間。最初の二日半は灼熱。汗だくになりながら歩くのだが、僕の体は寒冷地仕様に仕上げられているのか寒さには強いが、暑さにはめっぽう弱い。マイナス30度まではそこそこ元気だが、プラス30度となればもうダメ。途中、休憩に腰掛けるもそのまま意識が遠のいていくかのような。

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とても分かり安いのだけれど、あれだけ汗をかくと塩を舐めたくなる。そしてひたすら歩いているせいか飢えてくる。村に入る度に元気に走っているニワトリの姿が目に入るが、飢えてくるとそのニワトリさんが美味しそうに見えてくる。「あっ、チキンカレーが走っている」って感じ。

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さらに飢えてくると走っているニワトリたちを眺めながら「あのニワトリの足の締り具合が実にいいね。あのジャンプ力も素敵だねぇ~。あれは相当に運動しているに違いない。日本でいう地鶏なんてものでなく、ここのニワトリは自由に野山を走っているのだから超地鶏だ!」なんてマニアックな会話に花が咲く。

キャラバン開始から5日目、ついにニワトリをゲット! 村人に1500ルピーで譲って頂いた。我々の目の前でそのニワトリは捕まり、そして首を捻られてしまうのだが、その時の悲鳴には、なんともいやはや。しかし、命を頂くということはこういうこと。解体されていくニワトリの姿に手を合わせ「有難う」と心の中で呟いた。

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そしてチキンカレーにして頂いたがキュイっと引き締まったもも肉に噛り付きながら心底幸せを感じていた。幸せを感じる瞬間とは意外とシンプルなもの。ニワトリさん、ありがとうな。

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そして驚いたのが山仲間の谷口けいちゃんとこれまた偶然にもフィリム村周辺で出会った。けいちゃんはトレッキングガイドでお客さんと共にサマ村へ。その帰り道とのこと。けいちゃんとは日本で会うことはほとんどなく、前回はエベレスト街道で、その前はアフリカのキリマンジャロでこれまたバッタリと。これが渋谷や新宿の街中でということではなく、ヒマラヤやアフリカなのだから不思議なものです。

それにしてもアルガータ~サマ村往復のトレッキングツアーとは中々・・・コアというかマニアックというか・・・。世の中には実に様々なツアーがあるものです。

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アルガータからサマ村までの道のりは長く、また最初の3日間はとても暑く、山小屋なども少なく、一般的な観光トレッキングコースとしては不向きかもしれないが、エベレスト街道のように完璧に観光化されていない分、ネパールのリアルカルチャーを体験できる。ただ、その反面、山小屋に泊まろうものならばダニ攻撃にさらされるが。前回はダニにやられ散々な目にあったので今回はテント泊の山旅となった。

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が、しかし、不覚にも一泊だけ雨に負け山小屋に逃げ込んでしまった。そうしたら平賀カメラマンのお腹、お尻、背中、足までの広範囲を見事にダニ攻撃にやられ、次の日から「痒い痒い」と悲鳴を上げているので、その患部とやらにウィスキーをぬってみた。いわゆるアルコール消毒ってやつ。果たしてネパール製の安物ウィスキーでも効果があるものかと実験。本人いわく「野口さん、痒みがひきました!」とのこと。「本当かよ~」と驚きもしたが、まあ~彼の場合は構造が比較的に単純だからね。

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それにしてもキャラバン生活はとても規則正しい。朝、6時に起床。急いでパッキング。テントを片付けて朝食が終われば出発。出発時間は7時半前までに。それから13時まで歩き昼食。昼食後は18時半頃まで歩いてテントを張る。19時半に夕食で20時半には寝袋へ潜り込む。この生活パターンが約一月半続くわけ。よく歩き、よく食べて、そしてよく寝る。なんとも理想的でしょ。歩き始めて最初の3日間程は体が重たいが、一週間も歩き続けると歩くことが前提の体になる。勝手に足が前に出るような。

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そして一月半の遠征を終え町まで下り、バスなりジープに乗り込んだ時のあの感動もまた格別であり、なんせ歩かなくても移動していることに「ラッキー」とさえ感じてしまうのだから。そしてホテルに到着し最初のシャワーには感動し過ぎて涙が流れるほど。まっ、そのような生活を送っているわけです。

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ただ今回のキャラバンで一つ残念な事はひたすら雨が降り続けている事。カトマンズを出発してからというもの一日中晴れた日はゼロ。午前中はギリギリもったかなぁ~と思えば午後からは再び雨。標高を上げるにつれその雨の冷たさで全身が冷え切る。サマ村まで登れば雪だろう。濡れた衣服を着替えるものの雨が降り続けるので衣服が乾かない。そのままの状態で何日も続くのだから、ビニール袋の中の濡れた衣服がまるでぬか漬けのような臭いを放す。これがなんとも辛い。

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全身びしょ濡れ状態でテントに入るものの体が温まるまでブルブルと震えながら、あのアフリカのルゥエンゾリ峰遠征を思い出していた。あのルゥエンゾリも毎日が雨雨雨に泥んこ。衣服も乾かず寒い。その心底冷えた体を温めようと亮さんと、それはそれは毎日しこたまウィスキーを飲み続けていた。僕らにとっては「ルゥエンゾリ」といえば「山崎」。そして「マナスル」といえば「ダニウィスキー」。

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それでは、サマ村に到着しましたらまたアップします。


2012年4月12日 ナムルン村にて

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