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2012年マナスル・ムスタン登山

ムスタン〜不毛地帯に夢の農場〜

2012年マナスル・ムスタン登山

2012/05/12

ムスタン〜不毛地帯に夢の農場〜

5月10日、ポカラから飛行機でムスタン・ジョムソン村に入った。
しかし、10日からカトマンズ、ポカラはバンダ。バンダとはどこぞの勢力、民族、職種が勝手にストを宣言し、彼らだけがストをしていればいいものを、その地域中全ての人々にもストを強要するとんでもないもので、そのおかげでこの日、ポカラ市内は車の通行がなくなりタクシーに乗って空港入する事ができないわけ。そして悪いことは続く。朝方から酷いカミナリと豪雨であり、この雨の中、約4キロの道のりを歩きながら空港に向かうのかとイライラモード全開。マオイスト出現からこのバンダが年々酷くなりネパールに訪れる度にこのバンダに泣かされる。そんなにストをしたければ自分たちだけで勝手にストをやりゃいいんでね、全く関係のない人たちまでをも巻き込んでやる、または強制する法的権限など彼らにあるわけもなく。まったく!

雨の中、ポラカ空港まで歩くはめに.jpg雨の中、ポラカ空港まで歩くはめに

ただ、そのような正論を言ったところでどうにもならないのが発展途上国なわけです。そんな事をブツブツと愚痴りながら雨の中、空港まで歩き、シェルパ達に「お前たちの国のこのバンダはどうにかならないのか。これではいずれ観光客が減るぞ。観光で食っている国がこんな事を四六時中やっていてはいけない。国益に反する!必ずしっぺ返しが来るぞ!」と八つ当たり。僕の八つ当たりにすっかり慣れてきたアディカリ君も「ハイハイ、そうですねぇ〜。その通りです。ハイ」とかわすのが実に上手くなった。

ジョムソン村の様子.jpgジョムソン村の様子

まるでチベットの町.jpgまるでチベットの町

ジョムソン村は蒸し蒸ししていたポカラとうって変わって乾燥地帯。飛行機で一時間弱ですが、サリブン峰手前のプーガオン村のような、それはまるでチベットの世界。このジョムソン訪問には明確な目的があり、それは長年においてこのムスタンの地で地元の方々に対し果樹栽培の指導や畜産、また学校や病院を建設してこられた農学者でいらっしゃる近藤亨先生にお会いする事です。

近藤先生はネパールに最も貢献し評価されている日本人です。とても著名な先生でご著書も沢山ありますのでご興味ある方にはお薦めですが、何が凄いって91歳のご高齢でありながら一貫しての現場主義。この荒野のムスタンの大地を耕しそして1998年ついに世界最高地点(標高2750M)での稲作に成功。その近藤先生の農園を見学させて頂きました。

近藤亨先生と.jpg近藤亨先生と

というのも、マナスル峰山麓のサマ村に学校を建てましたが、その次の目標としてサマ村での森林再生プロジェクト、また3400Mという高地での野菜栽培があり、それはまさに近藤先生がムスタンで長年取り組んでこられた事そのものです。農業の知識が全くもって皆無の私にとっては未知の世界であり少しでも近藤先生から学びたいと、そんな思いでジョムソンにやってきました。

リンゴ農園.jpgリンゴ農園

このビニールハウス?の中で稲作と野菜が作られていた.jpgこのビニールハウス?の中で稲作と野菜が作られていた

カトマンズからやってきたホリスタイン.jpgカトマンズからやってきたホリスタイン

近藤先生のお言葉で印象的だったのが「野口さん、私がここにやってきた当時は村人の多くが出稼ぎでね、町に降りてしまっていなかったんですよ。貧しくてね。でもね、農業をちゃんとやっていれば人々の生活はそんなに貧しくはならないのです。生活できるんですよ。だから、ここで農業をやってやろうとね。農業は面白いんですよ。今ではリンゴから何までここで作れるようになったんです。それでね、今では出稼ぎに行く人も減ったんですよ。牛もね、カトマンズからホルスタインを連れてきてね、現地の牛と交尾させてこの高所にも適応できる乳牛を作ったんだ。だからここでは牛乳も飲める。その牛の糞を肥やしにして農業もできる。養鶏所も同じことでね。ですから農業は家畜とセットなのです」

近藤さんの農場には果物、野菜、そして牧場に養鶏場、そしてニジマスの養殖と全てがそろっていた。その農場のすぐ隣は乾いたガレ場。よくもこの不毛地帯の荒野からこれだけの農場を作れたものだとただただ感心させられた。そしてやれば出来るものだと。ただ、そのためにはどれだけの時間と根気と情熱が必要であったことか。農園を一目見ただけで充分過ぎるほど伝わってきた。

クルパニの実.jpgクルパニの実

ニジマスやコイの養殖所.jpgニジマスやコイの養殖所

IMG_1410.jpg

乳牛たち、一日で60リットルの牛乳がとれる.jpg乳牛たち、一日で60リットルの牛乳がとれる

農場見学させて頂きながら、サマ村の学校のあの広い校庭をつかって牧場、養鶏所を作ってみたいと思った。それを子供たちの手によって管理していく。そうすれば今、極めて偏っている栄養状態に変化を与える事ができる。自分たちで食べるものを自分たちで作る。これこそまさに本当の教育なのだろう。まさに理想ではないかと。近藤さんの農園はまさに「夢の農園」だった。

P1014761.jpg

ムスタンの荒野で植林活動も.jpgムスタンの荒野で植林活動も

養鶏所のニワトリたち.jpg養鶏所のニワトリたち

その近藤さんの農園に小林健太郎さん夫婦も昨年から住み込みで活動している。3歳のお嬢さんの愛実(あみ)ちゃんも共同生活。小林健太郎さんは元プロスノーボーダー。その小林さんが農業にひかれ気がついたら?ムスタンのこの荒野で近藤先生の元で農業を始める。奥さんに「ムスタンでの生活はどうですか?」と質問してみた。ニコリと笑いながら「もう諦めていますよ」と。「新婚旅行でムスタンに来ていたんです。あの時に、まさかここで生活する事になるとは思わなかったですけれどね」と。「運命だったんですかねぇ?」と聞いたら「そうかもしれませんねぇ〜」と達観している様子。その横で3歳のお嬢さんが楽しそうに笑っていた。逞しく育つに違いないと、実にイキイキとした日本人ファミリーにこのムスタンで出会えたことがとても嬉しかった。

小林さんファミリーと.jpg小林さんファミリーと

小林さんから農場のレクチャーを受ける.jpg小林さんから農場のレクチャーを受ける

つい先日まであのポカラ郊外の悲惨な洪水現場にいただけに、この農場、そして近藤先生や小林さん夫妻、そして多くのスタッフたちとの交流に心が救われる思いだった。最近、世界を旅する度に、日本、また日本人の「勢いのなさ」「元気のなさ」を痛感していただけにこのムスタンの荒野でイキイキと活躍されている日本人の姿を発見し大いに勇気づけられた。

夜は近藤先生の事務所で夕食をご馳走になり、農園の養殖所から水揚げされたばかりのコイの刺身やニジマスの塩焼き頂きましたが、これがこれがまた素晴らしく美味しく、また皆さんの温かい雰囲気に心から癒されていました。

近藤先生の事務所で記念写真.jpg 近藤先生の事務所で記念写真

明日からはローマンタンに向けてキャラバン開始。平賀カメラマンは国内の仕事の関係で一足先に帰国。僕とはここで別れます。ポータが逃げ、ロバが逃げ、そして平賀カメラマンまで?「プー!」でもお疲れ様でした。それでは、また。ナマステ!

平賀カメラマンひと足早く日本へ.jpg平賀カメラマンひと足早く日本へ

2010年5月10日、ジョムソンにて 野口健

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