本日の産経新聞に野口健連載が掲載されました。ヒマラヤで遭遇したネパール大地震後、現地より原稿を送ったものです。ぜひ、ご覧ください。
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2015年4月30日産経新聞 野口健連載「直球&曲球」
4月25日、エベレスト方面を目指し、4500Mの斜面をトラバース(横に移動)していた。その日も朝から雪が降り、標高を上げるにつれガスに覆われ、視界が悪くなっていった。そしてシェルパのデェンディーと「今年のヒマラヤはよく雪が降るな」と話していたその時だった。
足元がグラグラと左右に振られていく。不安定な足場ゆえ、気のせいかと次の一歩を出そうとした瞬間、グワッと体が下から持ち上がったような、そして見えている全ての世界が横に流れていった。背中がゾクッとし、意識より先に「地震だ!」と叫んでいた。体が3・11(東日本大震災)を記憶していたのだ。
同時にまるで空爆されたような爆音が周囲の山々を覆い尽くした。「ドゥオン ゴオン ドドド」と今まで聞いたこともないような不吉な重低音。複数の岩が音を立てながら落ちていく。雪崩の音も覆いかぶさる。辺り一面の斜面で多発する大崩壊・・・。
何も見えない真っ白な世界に突如、黒い点が現れ、ヒューと空気を切り裂きながら一瞬にして消えた。落石だった。岩陰に身を隠し、じっと耐えるほかなかった。
頭を過ったのはエベレスト。エベレストには長年ぼくを支えてくれたシェルパ達がいる。その日はシェルパの村まで下ったが、目にしたのは倒壊した数々の家屋。翌日、エベレストから何人ものシェルパ達が降りてきた。
ハクパ・ヌル・シェルパの言葉に凍りついた。地震直後に発生した雪崩がベースキャンプまで到達したという。最も安全なはずのベースキャンプが雪崩と爆風によってテントが人ごと吹き飛ばされた。爆風で窒息し、無念にも死んでいった人々。ベースキャンプはお椀の底のような場所にあり周囲を山々に囲まれている。両サイドから雪崩に襲われ逃げ場がなかったのだと。
一瞬にして奪われた多数の命。つくづく感じたことがある。運命とは命を運ぶというが、自分の努力によって築いていく運命もあれば、人間の力には到底避けられない運命もあるのだろう。時に運命とは酷であるが、それが生きとし生けるものの定めなのかもしれないと。