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2019年マナスル

産経新聞 直球&曲球「生きるために山に登る」

2019年マナスル

2019/10/17

産経新聞 直球&曲球「生きるために山に登る」

産経新聞「直球&曲球」に掲載されました。

産経新聞 2019年10月17日掲載

3度挑戦したマナスル峰にまたしても登頂ならず...。
山頂目前まで迫りながら、最後のひと押しに確信を持てず山を下りた。
同じ日に登頂した人もいれば、山頂直下で遭難した者もいた。
自身の判断について正しかったのか、正直いまは分からない。

しかし、過去2回の挑戦では最終キャンプにすら到達できなかった。
連日降り続ける雪に、雪崩が発する爆音におじけづいてしまったのだ。
登れなかったという結果は同じだが、今回は、かすかな手応えも感じている。

マナスル峰は多くの登山家の命をのみ込んできた。
その中には世界を代表する登山家も含まれている。
優しく優雅にほほ笑みかけてくるマナスル峰は、僕にとって最も美しい山。
しかし、同時に何食わぬ顔をしながら平然と"人を食う"山でもある。

死や失敗を恐れるあまり、もう一歩を踏み出せないことがある。
しかし、人は遅かれ早かれ必ず死ぬのだ。
恐怖に背を向けたまま生きながらえるのか、恐怖を真正面から受け入れ、あえて挑むのか。

どうあがいてみても、死は怖い。やり残したこともあれば、娘の成長も見届けたい。
なぜ、あえて危険な山に挑むのか。自身に問うてみてもあやふやなまま、明確な答えは見つけられない。

「生きぬくことは冒険だ」とは登山家の長谷川恒男氏の言葉だ。
多くの壁が待ち構えているのが人生。人生とは美しくも時には過酷で残酷なものだ。
ふとした瞬間に「もう全てを終わりにしたい」と感じることは、誰しもに「あり得る」のだ。

人は死をリアルに感じれば感じるほどに生への執着心が高まり、死への抵抗が始まる。野生に近づく感覚というものか、
より本能的になるのだ。本能とは本来そういうものだ。

 なぜ、山に登るのか。それは死の恐怖と寄り添うことにより、
「死へのハードル」を高めるためではないのか。
つまり裏を返せば「生きるために山に登っている」のではないかと。最近、ふとそう感じる。
そして、マナスルへの再々々挑戦に向け、明日からまた新たに生きようと。

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