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「ターメ村と能登半島への思い」

2024/09/23

「ターメ村と能登半島への思い」

ヒマラヤでの活動を終えカトマンズに戻りホッと一息を入れようと思った矢先に能登半島で再び災害が発生。日本のニュース画像を見て愕然とさせられた。

震災が起きてから何度も訪れた奥能登が水に飲みこれている。あれ程、待ちに待った仮設住宅も浸水被害に...。ニュース画像を眺めながら頭の中を多くの記憶が駆け巡った。

避難所に寝袋を届けた方から「やっと仮設住宅に入れました!」と喜びの連絡を頂いていたのを思い出し思わず涙する。




ヒマラヤ遠征に出かける数日前にネパールのエベレスト街道のターメ村が氷河湖の決壊により大洪水が発生。村は壊滅的な被害を受けた。ネパールから洪水によりターメ村が流されていく様子が映された動画が送られてきた。

その時も今回のそれと同じように過去の出来事が頭の中で蘇り、あまりの不条理さに涙する。

「男は顔で笑って心で泣け」と言われながら育ってきた世代にとって、涙は封印してきたはず。母との死別の際も涙は目の奥に留めておいた。

それでありなが意識より先に涙が流れていく。それ程にターメ村や奥能登を飲み込んでいく様子があまりに悔しく堪らなく悲しかった。


「何故にまたターメ村で。何故にまた奥能登で」

それらの言葉がこのヒマラヤ遠征の前後で何度、頭の中で木霊したか、もう分からない。




2015年ネパール大震災ではエベレスト街道の中で最も被害が大きかったのがターメ村。あの時、ネパールは2回、巨大地震に見舞われたがその2発目の時に私はターメ村で倒壊した家屋の被害状況を調査をしていた。
「ズン!」という響きと共に砂煙が宙を舞い、辺り一面、砂色に包まれた。辺りから村人たちの悲鳴が響き渡る。その次の瞬間に目の前の大地に亀裂が走って行くのが見えた。
 そして周辺の家屋が一斉に崩れだし、一緒に作業を行っていたデェンディと広場に走って逃げ地面に伏せながら揺れが収まるのをじっと待った。
 おそらく数分間だったと思われるが私にはもっと遥か長く感じられた。
 揺れが収まり砂埃が地に降りた頃に変わり果てた村の様子を次第に捉え始め呆然と立ちすくんでいた。




村人の悲鳴や泣き叫ぶ声は響き渡っていたはずだ。この時、僕から音が遠ざかっていった。顔中、埃まみれになりながら逃げ惑う人々をみた記憶はある。しかし、音の記憶が抜け落ちている。音のない世界だった。
 半壊した家屋から脱出する人の姿も脳裏の片隅に残されている。まるで夢の中で音のない映画を眺めているような。

どれだけの時間をそうしていたのか分からないが、デェンディが僕の頬や背中を叩いていたような気がする。それでハッと我に戻る。私の人生で始めて1つの村が目の前で完全に破壊される瞬間に立ち会ったのだ。


目の前で展開する事態に脳が追いつかなかったのだろう。あれから長い年月が経ち、ターメ村は復活を遂げた。




私が代表を務めるNPO団体もターメ村再建に向けサポートをした。村人からの要望で人々が集まれるホールを建てた。日本でいう公民館のようなもので、災害時は避難所としても使用できるように耐震にも力を入れた。また、学校支援なども。

復活したターメ村に訪れるのが楽しみであり、村人の笑顔が何よりもの励みになった。

しかし、なんと理不尽なことか。そのターメ村に今度は決壊した氷河湖の湖水が一気に押し寄せたのである。ターメ村の災害から約1週間後に我々はターメ村に入った。

小学校は教室の中に土砂や木が流れ込み灰色1色と化していた。まるで白黒の世界。寮に関しては跡形もなく消え去っていた。家屋も跡形もなく流されたものもあれば半壊したものも多かった。

湖水が到達しなかったエリアは一見被害がないように見えたが足を踏み入れると地面が割れたザクロのように無数のひび割れ、そしてまるで液状化現象か起きているように地面が波打っているそれにより家屋かあちこちに傾き中に入れたものではない。
 水害後、数日が経ってからひび割れが始まり更に日々広がっていくのだと。




印象的であったのは震災の時にはこの世の終わりと感じていたかの如く嘆き悲しみ、それを全身で表現していた彼らがとても静かであったこと。悲しそうな目で自分の家があったであろう場所を眺めていた。
 ある男性は跡形もなく流された自宅周辺に僅かに残された外壁の残骸を集めていた。木っ端微塵に砕けた残骸である。再利用というよりもあれは執念だったように感じる。ここに自分の家があったのだと。集めた瓦礫を自宅のあった場所に積んでいた。まるで墓標のように。




再建したばかりの村が存続の危機に立たされている。もっと嘆き悲しみ、私に助けを求め訴えてもいいはずである。あの震災の時のように。あの時は感情を包み隠すことなく私にぶつけてきたじゃないか。それも私の役割だったはずじゃないかと。

しかし、皆、静かに僕の首にカターをかけるだけ。そして多くを語ることなく僕に手を合わせる人々の姿。その姿が僕にはとても寂しかった。


何故ならば何と表現していいのか分からないが、感情に乾きを感じたからか。諦めと表現してもいいのかもしれないが、いや、もっと乾いている。まるで砂漠のような。人はこれ程までに感情を封印してしまうのかと。封印ならまだいい。感情が残されているのならば。
 静かに遠くを眺める彼らの心が海に沈んでいくのを感じていた。
 しかし、無理もない。2度に亘る大災害により村が破壊されたのだ。無責任な意見でしかないが諦めてほしくないと。




日本の歴史は破壊の歴史でもある。自然災害による破壊もあれば戦争による破壊もあった。終戦時は焼け野原であったが世界が驚くほどに短期間で復興し終戦からわずか19年で東京五輪開催を実現させた。昭和天皇の全国巡行が大きく影響していると私は感じているが、戦後の日本人の復興にかける執念たるや凄まじいものがあった。沸騰するようなエネルギーである。

安易に言える話しではないので心に収めておいたが「破壊を経験した人々は強くなる。日本人がそうであったように」と。いや、そうであって欲しいとの願望でしかないのかもしれないが心の中でそう呟いていた。

私の口癖は「生きてさえいればなんとかなる」である。無論、人生そう単純ではないが、しかし、ターメ村は幸いな事にあれだけ破壊されながらも1人の犠牲者もださなかった。それだけでも凄いことなんだ。私は奇跡だと確信している。

さて明日から日本。当然ながら能登半島支援を継続し同時にヒマラヤ洪水基金の活動を行なっていきたい。その前に少しの時間、休みたい。私はどうやら少し疲れているようです。支援に向かう人は心身ともに元気でなければならない。




それにしても今回のヒマラヤ遠征では絵子さんに幾度も救われた。シェルパたちから「ケン、顔が疲れている」とスタート時から言われていたが絵子さんがその分、役割を果たしてくれた。絵子なりに察してくれていたのだと思う。

シェルパたちも絵子の姿に「逞しい」と目を細めた。これでいつでもバトンタッチできる。これでよかった。

2024年9月22日
機上にて 野口健

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濁流に飲み込まれたターメ村

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2015年、地震直後のターメ村

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能登半島地震、支援物資を届ける

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2024年3月、被災地にも花が咲く

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