何時頃だろうか、屋根を雨が強く打つ音を遠くに聞きながらうとうとしていた。
起きているのか、寝ているのか、その合間だったと思う。スッーと夢の世界に入り込んだのだろう。気がつくとテントの中にいた。あれ、ここはどこだろう。テントの空気孔から外を見たら懐かしい景色が。エベレストのチベット側のベースキャンプじゃないか。
数人の化粧の派手な中国人女性とチベット人女性がタバコを加えながら歩いているのが見えた。ああ、そういえばチベット側のベースキャンプにはその手のテントが並んでいたっけ。まだ、あったのだとどうでもいい事を考えながら眺めていた。
ふと、テントの中を見渡すとシェルパが2人座っている。誰だろう。声をかけても振り返ってくれない。しかし、その後ろ姿はニマ・オンチュウだ。これまた懐かしい。もう彼とはかれこれ23年、山に登っていない。
そんな時に「ケンさん、久しぶりです」と日焼けと所々が凍傷で皮膚が裂けた平岡さんが入ってきた。「平岡さん!!!また、会いましたね!!!こちらに来ていのですね。それにしても毎年、エベレストで会いますね!いつベースキャンプ入りですか」に「ケンさんと会うのは何年振りでしょうね。それに最近、エベレストでは会っていませんよ。あっ、今回は2月から入っていまして。もう2ヶ月いますよ」に「えっ!冬からですか!ルート工作で?」に「そんなものですよ。ガイドも楽じゃないです」と笑った。もう一度、尋ねた。
「前回もエベレストで会いましたよね?」に「会っていませんよ。違う山だったんじゃないかな」と遠くを眺めた。
しばらく沈黙が続き平岡さんは不思議な事を話し出した。「この遠征が終わったら山を辞めようかと思っているんですよ。それで、イギリスにでも行こうかと思うんです」。「立教英国学院の教師になろうと思っていまして」にビックリし「立教英国ですか!それ、僕の母校ですよ」に「だから行こうと思っているのですよ。あそこはケンさんにとって特別なところですからね。そしてね、当時のケンさんに会って、ケンさんに、そうだな。何を教えようかな」と。
「それはいいですね。では、英語を教えてください。僕の英語はネパールでしか通じないんですよ」と笑った。「ところで平岡さんは教職免許は持っているんですか?」「いやいや、それが持っていないんですよ」と頭を掻きながらまた笑った。
会話はそこで途切れ「ではケンさん、また」と言って立ち上がった。「平岡さんのベースキャンプはどの辺りですか?遊びにいきますから」に手で遮るようにしながら「ケンさんに会う時は僕から会いに来ますから大丈夫ですよ」と。
帰り際に平岡さんは振り返り「あっ、ケンさん、最後に会ったのはマナスルでしたね」と思い出したかのように伝えてきた。
「あっ、そうか、マナスルでしたね。そうだ!淳くんの誕生日の日でしたね!」と返事をしたら平岡さんは既にいなかった。
あれ、マナスルで淳くんの誕生日に平岡さんがいた。その記憶は確かだ。そして、その後、淳くんはアラスカで遭難し...
あれ...
あっ...
その後、平岡さんも...
パキスタンの山で...
ハッとさせられ慌ててテントを出たが平岡さんの姿はもう見えなかった。
よほど衝撃的だったのだろう。混乱したのだろう。そこでガバッと目が覚めた。やはり雨が強く屋根を打っている。
再び寝てしまうのを恐れこの夢を忘れてしまう前に、午前4時13分にこれを書いている。
短い時間だったけれど平岡さんとの再会が嬉しかった。大切に残したいと思った。さりげない会話だったけれど、とても印象的だった。
「当時の僕」に英語を教えている平岡さんの姿を想像してはおかしかった。でも、どうして「当時の僕」に会いに行こうとしていたのだろう。
「やっぱり山家は山家にしかなれないんじゃないですか。平岡さん」とあの時に言いかけていたのに、何故だろう。それが言えなかった。
頭の中で平岡さんの表情やテントの中の景色一つ一つが再現され、雨の音を聞きながら布団に包まるものの今夜はもう寝られそうにもない。
![]()