電波状況が極めて悪くなかなか写真をアップできませんが、午前中は霧が抜け2時間ほど太陽の光を感じたものの、それからは安定の雨にザトルワラ峠(4610m)辺りではミゾレから雪に。
絵子さんもかなり疲れた様子。景色さえあればまた違うのですが、このシトシトが10日以上、続くとモチベーションの維持が難しい。
いずれにせよ、無事にザトルワラ峠は超えました。景色がほとんどなかったので、自分がどの辺りにいるのか全く把握できないままトゥリカルカに到着。
ロッジにメラピーク登山を終えたロシア隊3人がいらしてギターでロシアの歌謡曲になるのでしょうか、ダイニングルームで誰に依頼をされた訳ではありませんが、何曲も歌い続けていて、それがどの曲もどん底に暗く悲しみに満ちており、まるで窓の外の世界と重なり「もっと明るい歌はないのかな?」と。
しかし、彼らの表情もまたいくつもの霧に包まれているように感じられた。
関係ないかもしれないが彼らの祖国が背負ってきたであろう過酷な歴史的背景を感じないでもなかった。
ただ、閉口させられたのは数曲ならまだしも他のお客さんが集まるダイニングルームで永遠と歌い続ける。最初は愛想笑いしていた人達もさっと寝室に戻っていく。
山小屋の夜は早いがそれでもお構い無しに更に大声で歌い続ける彼らの姿に、シェルパたちも、からかうようにオーバーにその歌を真似しゲラゲラと笑い転げ。
何故にこの空気感を悟れないものかと思いつつ、滑稽さとでもいうのでしょうか、微笑ましくもあり、更なる笑いを誘って来るかのようでした。
小さなロッジの中で何かの縮図を見たかのような。しかし、こうであるからこそ、今の世界情勢にも繋がってくるのかもしれないとボンヤリと僕なりに勝手に推測しながら珍しいものを眺めるかのような気持ちで1つの発見を感じ取っていたのかもしれない。
「一切動じない心」は「察し合う文化」の我々からしたら限定されるかもしれないが、ある意味において羨ましく感じるのかもしれない。
または、歌でも歌ってでもいないとやっていけないと。祖国の有り様を嘆いていたのかもしれません。