長年、戦没者の遺骨収集を沖縄やフィリピンで行ってきましたが、死ぬ事を求められた日本の将兵たち。死ぬハードルがあまりに低いのに遺骨収集のハードルがとても高い。
インパール作戦で若手の参謀であった祖父は「国は遺族会や戦友会に遺骨収集を押し付け国家としての役割を放棄した」と嘆いていた。
沖縄は住宅街の目と鼻の先から未だに骸骨が発見される。国家のために死んでいった兵士にあまりに冷たい。戦後、経済発展にうつつを抜かし、最も大切にしなければならないことを軽視した。
遺骨収集は過去を振り返りながらもこれから先の日本の行く末を思えばこそやらなければならない活動。
国家のために犠牲になった方々に対して冷たい国はいずれ滅びるとあの火炎放射器で焼かれ辺り一面が真っ黒に焦げたガマや洞窟の中に入る度に痛感させられる。
政治家たちが靖国神社に参拝される事には感謝しつつも、未だに多くのご遺骨がかつての戦地で野ざらしにされている現実に複雑な心境に陥る。
アメリカは国をあげて米兵の遺骨収集を行っている。予算規模含めあまりに違う。
遺骨収集は国家としての責務でありプライドの問題。先にも述べたように「国家の命令で犠牲になった兵士たちに冷たい国はいずれ滅びる」と突きつけられる思いである。
当ウェブサイトに掲載されている記事、写真、ビデオなどの無許可転載、転用を禁止いたします。
Copyright(c) Office NOGUCHI KEN. All rights reserved.Never reproduce or republicate without written permission.
Powered By Advenproducts Inc.





