もう絵子さんとは何回目のヒマラヤ遠征かな。確か6回目だったかな。初めて一緒に山に登ったのは絵子さんがまだ小学四年生の頃。絵子さんの初登山は冬の八ヶ岳。吹雪の中で指が痛いと泣いていた。
またある時には岩場で「落ちたら死んじゃうの?」と不安そうに聞いてくるので「それは、まともに落ちたら確実に死ぬだろうね」にまた「ビャー」と泣く。3点確保を教えたが泣くのを優先しているので「死にたくないなら泣かない方がいいよ。だって泣くと前が見えなくなるでしょ。泣いて通用するのは相手が男だけ。山では涙は通用しない」と言ってみたがどうやら小学生には伝わらなかったようだ。
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小学校4年生のとき、八ヶ岳登山で怖くて号泣
あの頃を思い出すとまさかこうして一緒に6000m峰を次から次へと登る事になるとは想像もしていなかった。
しかし、絵子さんが中学生の時にキリマンジャロ(5,895m)に挑んだ時に「あれ?」と感じるものがあった。
真っ暗闇の山頂直下で天候が急変し猛吹雪に。
他のチームが次々に撤退していく中で先に進むのか、それとも引き返すのか「ギリギリのギリの状況だな」と感じていた。
そして本人に「やるか、やらないか」と尋ねてみた。キリマンジャロ登山は彼女が初めて自分から「登りたい」と伝えてきた山。それだけに思いは強いのだろうと、まずは本人の意思を確かめたかった。
寒さで少しボーっとしていたのか、軽く頬を叩き、再度、「やるのか、やらないのか」と。少しだけ間があり「やる」と一言。「分かった。やれない事はないが厳しいぞ。山頂まであと2時間だ」と決行が決まった。
体が吹き飛ばされそうな強風のなか、約2時間、気持ちを切らす事なく耐えられるのか、それだけが心配だった。気持ちが切れたらその時に降ろせばいいと自身に言い聞かせた。
山頂直下では体が飛ばされそうになり、ガイド達と腕を絡めあった。それでも噴火口の方に吸い込まれていきそうで重心を低くしながら一歩また一歩。
それにしても強烈に寒い。過去2回、キリマンジャロに登った事があるがこんなに寒いのは初めて。