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表情の乏しい日本の子供達

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2000/01/24

表情の乏しい日本の子供達

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サガルマータ登頂後、日本の至る地域で小中学校、高校、大学等で講演を行ってきました。また、不登校をテーマに教育関係者達と講演も行いました。私がまずビックリしたのは子供達の表情の乏しさです。嬉しいのか、つまらないのか、嫌なのか、悲しいのか、楽しいのか、表情になかなか現れない。私は世界じゅうの子供達を見てきましたが、これほどに自身の感情を表現できない子供達を感じたことがありません。例外としては、共産国家の中国(チベット)でも同様な感情を持ちましたが、しかし、それ以上でした。

 そしてもう1つ驚いたのが、教師を尊敬せずバカにしている生徒が多いという事です。例えば、私の講演の最中に私語を止めない生徒に教師が注意しても、フンとばかり無視する生徒があちらこちらの学校にいました。ある地方の教師が私に「今の親は子供の前で先生の悪口を言うんですよ。子供はもう先生なんかバカにしていますよ。厳しく叱るとすぐに親が学校に来て大騒ぎするんです。PTAというのもなかなか厄介なものです。我々は生徒の親と問題をおこさいように気ばっかり使うんですよ。過保護なんでしょうね。今の日本の教育は先が暗いですよ」と語りました。この教師の言う事が全て正しいとは限りませんが、ただ私はなにか、今の日本の教育問題を象徴しているような気がします。親にも先生にも厳しく叱られたことのない子供達、けんかすらしなくなった子供達、その代わりに管理化された受験社会、夜遅くまで塾に通い、帰りの電車の中では小学生にしてまるで疲れ果てたサラリーマンのような顔している子供達、夢を見ることもせずに、大人同様のストレスを感じてしまった子供達...。

 私がネパールや中近東で出会った多くの子供達は貧しさのあまり学校にも通えない子が多かったです。しかし、経済的に貧しくとも、子供達の表情は豊かでした。ネパールの山の中に住むシェルパ族の子供達の多くは鼻水を垂らし、服も汚れ果てお世辞にも「こっちにおいで!」と抱き上げられるものではありませんが、しかし、私は自由に野山を駆けるシェルパ族の子供のほうが子供として、日本の子供よりも幸せなんじゃないかと、彼らの表情を見ていると思う事があります。昨年暮れには、お受験などを巡る殺人というあまりにもお粗末な、大人の犠牲になった事件がありましたが、私達はあの事件からそろそろ日本の行き詰まった教育の現状を感じとらなければいけないと切に感じます。

 残念な事に「落ちこぼれてエベレスト」を読まれた読者の中から、立教英国学院の教育方針への批判的なご意見も私の元へ届いています。その大半は子供を持つ母親からでした。私のつたない文章力が誤解を生じているものと思いますが、私は立教英国学院の教育方針には感謝しています。時には突き放すのも教育の一環であると私は考えています。大切なのは、厳しさの中の暖かさだと私は思います。突き放されながら、どうすれば自分の学内での環境が変わるか、変化させられるかと本気になりました。立教英国学院を卒業する際、担任の先生でした信岡先生が私にこんな言葉をくれました。「迷った時は挑戦しろ。挑戦せずに後悔するよりも、挑戦して失敗してもかまわないじゃないか」。私はこの言葉通りに生きてきました。

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