戦争 , 遺骨調査・収集

2007/07/01

靖国神社で参拝

靖国

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先日、エベレストの帰国報告、またエベレストの登頂祈願のお礼参りで靖国神社に伺った。子供のころから父に連れられて度々尋ねていた靖国神社。最近では小泉さんが参拝でクローズアップされて、話題になっているが、僕にとっては幼い頃から通っていただけに、心安らぐ場所です。また、気持ちがスーとシャキッとし、迷いごとがあるときなどよく一人で靖国神社に出かけ自分はどうするべきなのか、いやどうあるべきなのか、自問自答することがあります。特に目の前に控えている挑戦に対して逃げ出したくなった時など。

 多くの先人が祖国の為、また家族、恋人を守ろうと命を落としていきました。一部の戦争指導者(A級戦犯の合祀についてよく議論されるが、そもそも靖国神社は戦没者を祭っているわけで、終戦後に裁かれ亡くなった方々まで含めるべきなのか、そのあたりの定義が明確ではない。その事が混乱を招く1つの要素だろう。私はあくまでも戦没者に限るべきだと考えています)は別として、祭られている大半の先陣達は命令に従って、命を落としてきました。死を覚悟する作業は極めて孤独なもの。

 2年前にシシャパンマにチャレンジしているときに、7000Mあたりで悪天候に数日間、閉じ込められたことがあります。食料や燃料が尽きてしまえば終わり。夜中に地吹雪で荒れ狂う中、テントの中で飛ばされないか恐怖で一杯だった。もしかしたら、もうベースキャンプに下山できないのではないかと、どこかで覚悟を決めようと腹をくくっていた。しかし、死を覚悟する作業はいつでもそうですが、とても孤独だ。
 
 そんな時にふと感じたのが、僕はあくまでも自分の意思で山に登って命を賭けている。では、大戦中に戦地へ派遣された将兵達はどうだったのだろうか。彼らは「お国のためだ」と自らの死を正当化しながら戦地に向かったのではないだろうか。そして未だに彼らの遺骨が戦場に残されている。負傷し死を迎えるまで、何を思っていたのだろうか。天皇陛下バンザイではなく、「家族の元に帰りたい」ではなかったか。最近では遺骨収集の活動も少なくなってきた。戦没者を日本に帰国させたい。

 以前、特攻隊員の遺書を目にした事があるが、紙一面に「お母さん・お母さん・お母さん」とビッシリと書かれてあった。文字はその「お母さん」だけであり、それがまた僕にはズシリと伝わってきました。誰しも死にたくない。

 僕は靖国に参拝するたびに先人の犠牲の上に今の日本の繁栄があるのだと痛感させられる。「こんな日本にする為に我々は死んだんじゃない」と思わせてはいけない。そして二度と、戦争を繰り返さない為にも過去の犠牲を忘れてはならない。そして、先人に恥ずかしくない生き方をしなければならない。私が靖国神社について発言すると決まって「野口健は右翼だ!戦争を容認している!」などといったご批判を頂きますが、やれ右翼だ!左翼だ!と色を分ける事自体、時代遅れではないでしょうか。そもそも戦争を歓迎するわけがない。私が最も強く感じるのは先人への敬意を払えない国家はいずれ滅びるだろう。末期のローマ帝国から学ぶべきだろう。

 今年の12月から、遺骨収集活動をスタートする。

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