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戦争 , 講演会 , 遺骨調査・収集

人間魚雷の島、大津島にて講演

戦争 , 講演会 , 遺骨調査・収集

2009/11/10

人間魚雷の島、大津島にて講演

人間魚雷回天の島、大津島に訪れたのはこれで3回目。11月17日、山口県大津島にて「遺骨収集から見えてくる日本社会」というテーマで講演会(主催:交流の島プロジェクト実行委員会 協賛:徳山ロータリークラブ)が行われました。約250名の方が参加してくださったが、その大半は徳山港から20~40分かけて(フェリーによって時間が変わる)フェリーに揺られてやってきてくださったのだ。
「遺骨収集から見える日本社会」
今日の講演演題は「遺骨収集から見える日本社会」

「はるばる大津島にようこそ」、と私が言うのもなんでしたが、そんな気持ちになりました。嬉しかったです。またテーマが「遺骨収集」ですから、環境問題をテーマにしている時と比べれば、若い人は少ないかな?女性は少ないかな?と関係者の中からもそのような声が聞こえてきましたが、それがお子さんから若い女性まで、逆に男性よりも女性の方が多いほど。遺骨収集を始めた頃、この問題をどのように訴えていくのか、環境問題よりも遥かにハードルが高いだろうと、しかし、今回の講演会が1つ証明しているように若い人たちからの反応が実に多い。

 例えば私のブログの掲示板に嬉しい報告がありましたが、中学生のハスユ君が民主党のホームページにある掲示板に「遺骨収集について取り組んでください」といったメッセージを送ってくれたこと。中学生からのアクション、本当に嬉しい。昨日は岡山県の総社市、池田小学校で環境学校を行ってきましたが、6年生が「遺骨収集活動に感謝しています」と全校生徒の前でスピーチ、これにも驚いた。

 忘れさられようとしていた遺骨問題。この問題、早く風化させたいといった風潮がなかったかどうか。私は意図的な「何か」を感じる事があります。しかし、多くの反響を受けて、「そうはさせまい」と講演会に足を運んでくださった方々、御遺骨収集基金にご寄付くださった方々含め、多くの方々に勇気を頂きました。本当にありがとございます。

 大津島入りする直前に鳩山総理から遺骨収集に関する公開質問状への回答が届きました。このブログにも既に総理のお言葉は公開してあります。鳩山総理のお言葉に対し「冷たい」といった感想も寄せられていましたが、私は総理のあのメッセージを拝読し、なるほど、そういう事ですか、と「冷たい」とはまた一味違う感想を抱きました。

 明後日、厚生省記者クラブにて会見を行います。遺骨収集に対する鳩山総理の姿勢、また思いというものがこれで明らかとなったわけですから、それを受けて私たちは何を感じたのか、またこれからどのように取り組んでいくのか、改めてメッセージを発信させて頂きます。
講演会後のサイン会にて
講演会後のサイン会にて

 大津島は回天の訓練基地があった島。この島から多くの特攻隊員が出撃し散っていきました。遺骨収集を始めてから、航空特攻の1つの拠点ともなった知覧に訪れ、また水中特攻の1つのシンボルでもある大津島にも足を運んできました。特攻隊員にとっての最前線であるこれらの地で、彼らが何を感じ突撃していったのか、少しでも感じたかったからです。もちろん、当事者ではないわけで、本当のところは、彼らの気持ちなど到底分かるわけもないのですが、ただせめて近づく努力はしたい。
回天記念館にて
回天記念館にて

回天で戦死された1つ1つの墓標に胸がつまる
回天で戦死された1つ1つの墓標に胸がつまる

 講演会翌実、回天の慰霊祭が回天記念館で行われ、参列させて頂きました。式典が開催せれる前に回天の搭乗員であり、突撃する前に終戦を迎えた河崎春美さん(全国回天会事務局長)とお話しさせて頂きました。河崎さんは「私たちの仲間は1・5トンの爆薬と共に突撃しました。通常の魚雷の3倍もの爆薬です。巨大戦艦でも一撃で轟沈させるほどの威力でした。だから、突撃していった仲間たちの遺骨なんてもうないんですよ。海に散ってしまったんです。もう遺骨すらないんですよ」と、この言葉はとても重たかった。私はこの「もう遺骨すらない」のお言葉に河崎さんの無念さをひしひしと感じていましたが、同時にならば「ある遺骨」は祖国に還さなければならないと改めて感じていました。ジャングルに野ざらしにされているご遺骨の姿も悲しいが、もう跡形もなくなって海に散っていったご遺骨を思えば、我々がフィリピンで発見してきたご遺骨は祖国に還ってこられる。回天含め多くのご遺骨が海に散っている。ならば収容不可能なご遺骨のぶん、収容できるご遺骨は一体でも多く一日も早く日本に戻したいと決意を新たにしていました。
全国回天会事務局長・河崎春海さんと
全国回天会事務局長・河崎春海さんと

P1090652


 慰霊祭の時に海上自衛隊による慰霊飛行が行われ、我々の頭上を日の丸がついた自衛隊機が編成を組んで飛んでいましたが、あの姿にこみ上げるものがありました。あの感覚、感情はなんなのだろうか。フィリピンのジャングルの中、収容した遺骨の焼骨式の際にトランペットによる君が代が聞こえてきた時に思わず涙してしまった。振り返ってみたら他の隊員も同じように涙していた。あの時、やっぱり俺は日本人なのだと、理屈を超えたところで感じていましたが、海上自衛隊の慰霊飛行を眺めながら同じような気持ちになっていた。
人間魚雷「回天」の慰霊祭が執り行われた
人間魚雷「回天」の慰霊祭が執り行われた
P1090713


 ちなみにあの飛行隊ですが、最初の3機は先月、海上自衛隊小月航空基地で私が登場したT-5でした。慰霊飛行隊もその小月航空基地から飛んできたとのこと。それだけに親近感が増したのかもしれません。さて、今日も都内で遺骨収集をテーマとした講演会です。さらに輪を広げてまいります!

2008年6月に大津島訪問記は以下よりご覧ください。
2008年6月人間魚雷
回天」と共に散った特攻隊員たちがいた



2009年11月10日 野口健

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