2011年冬ヒマラヤ , トレーニング・体調管理 , ヒマラヤ

2011/01/12

「カラパタール」と「3月9日」

チュクンリー峰に登頂し、次の目標はカラパタール峰(5545M)。前日のディンボチェ村からチュクンリー峰往復の心地よい疲れを引きずりながらロブチェ村へ。途中、トゥクラの丘にある無数の慰霊碑の横を通る。主にエベレストやこの周辺で遭難した方々の名前が刻まれた墓標。その中には99年、私と一緒にエベレストに登頂し下山中に滑落し亡くなった英国人の名前など、知っている登山家の名前を見つけては眺め、そして「山では決して死んではならない」と心に誓うのだった。
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 バックはヌプツェ峰
バックはヌプツェ峰

この日の亮さんは今一つ体調が良くないようで、少し元気がなかった。とっ、言っても今までが元気過ぎたのだが・・・。ロブチェ村につき温かい生姜湯を何杯も飲む。高所では水分補給が大切。6000M以上の高所では一日5~6リットルの水分補給が理想的になる。脱水症状により血液が濃くなる。また酸欠による

血行障害も起こりうるので可能な限り血液をサラサラにしておかなければならない。血液の巡りを良くする為にも水分補給をこまめに行う。そして何よりも生姜は体を温めるのだ。

 

カラパタール・アタック開始は午前6時と決まり早めに寝袋に入るのだが、亮さんが高山病対策としてダイオマックスという利尿作用の強い薬を二錠飲んでいた事が判明。「えっ!」と正直焦ってしまった。何しろ通常は一回当たり半錠。しかも副作用が強いと言われており、効き過ぎると手足、顔面の痺れが起きる。通常の4倍も飲んでしまった亮さん・・・。

 

しかし飲んでしまったものはもうどうしょうもない。亮さんには「夜中におしっこしたくなると思うので、バンバン出しながらも水分補給も忘れずに。脱水症状に気をつけて。また手足、顔面の痺れもあるかもしれないが、あまり心配しないように」とアドバイスにならないアドバイス。

 

しかし、早朝、5時半に起床し亮さんの表情を見たら目がランランとしており「健さん!絶好調ですよ!昨夜は頭痛かったけれど今はスッキリ。でも夜中におしっこが止まらなくて大変でした」と、亮さんはどこまでも元気。2錠はあまりに多いが結果オーライ。


 午前
550分、ロブチェ村を出発。気温は約マイナス15度。風が吹けば体感温度はさらに下がる。当たり前ですが冬のヒマラヤは寒い。星空を眺めながら晴天を確信し、「よし!」と気合を入れた。ロブチェ村からゴラクシップ村まで約2時間。ここで朝食を取りそこから一気にカラパタール峰山頂を目指して登るのだが、流石に5000メートルを超えると一歩一歩がスローになる。


カラパタール・アタック開始の朝。とても寒い
カラパタール・アタック開始の朝。とても寒い
 

そしてカラパタール山頂手前までやってくるとエベレストの頂がドーンと現れる。冬のエベレストは真っ黒。乾季、そして強風により岩壁に貼りついていた雪は吹き飛び黒々とした岩が露出するのだ。それはまるで203高地の要塞のごとく圧倒的な威圧感、そして人を一斉寄せ付けないオーラーを放っていた。もちろん、冬のエベレストに登ろうなどと考えた事は一度もないが、それでもついついリアルに想像してしまう。そして身震いしてしまう。

黒々としたエベレスト上部
黒々としたエベレスト上部


一歩一歩カラパタールへ向けて進む
一歩一歩カラパタールへ向けて進む


エベレストのアイスフォール。
 

エベレストのアイスフォール。このくクレバス地帯にまた足を踏み入れるのかぁ~。

 カラパタール峰の山頂からエベレストを眺めながら初挑戦した
97年、二度目の98年、共に登頂を果たせず涙したことや、三度目の挑戦でネパール側からやっと登頂できた事、また2000~2003年の合計4回のエベレスト清掃活動、そして2007年には反対側のチベット側から龍さんの木製のピッケルと共に登頂した事などまさに20代から30代にかけて、エベレストと共に歩んできたその1つ1つの出来事を振り返っていた。


 カラパタール山頂付近で

カラパタール山頂付近で

そしてやっぱりエベレストはエベレストであるということ。植村直己さんの言葉の中に「一度エベレストに登ってしまうと他の山への気持ちが薄らいでしまう」といったようなものがありましたが、確かにそうなのかもしれない。エベレストは世界最高峰なのだ。


 カラパタール山頂手前から眺めるエベレスト
カラパタール山頂手前から眺めるエベレスト



そのエベレストを眺めていたら「再び」という言葉が頭を過った。「おいおい」と思いながらも「そりゃそうだよな、だって世界最高峰だもん」と苦笑しながら、いつになったらエベレストから卒業できるのかと。大学ですら卒業するのにギリギリの
8年間を費やしたのだから、世界最高峰エベレストとなればどうなるのだろうか、ひょっとすると何だかんだ言って一生を費やしても卒業できない?

 

そんな事を考えているうちに亮さんがギターケースからギターを取り出し歌い始めたではないか。低酸素の中、呼吸も苦しいだろうに、また手袋まで外し、寒さで指はかじかみ痛いはずだろうに、それでも何とも気持ち良さそうに心の底から嬉しそうに歌う亮さんの姿。その後ろにはエベレスト。「もう一曲いいですか」と亮さんは繰り返し、いつしかカラパタールの頂はライブ会場となった。観客は僕と小島クンとシェルパ3人。頭上の雲が亮さんの声を載せたまま激しくエベレストの頂の方へと流れて行き、それはまるで亮さん、そして私たちが、何かこうエベレストとの不思議な一体感なような世界を全身で感じていた。言葉では上手く表せないけれども「音楽」というものはそういうものなのかもしれない。

ライブ会場となったカラパタール山頂
ライブ会場となったカラパタール山頂

亮さんのギターを手に。あれ!板についている?
亮さんのギターを手に。あれ!板についている?

カラパタールの山頂にて
カラパタール山頂で

亮さんにカメラを向けられハイ、ポーズ!
亮さんにカメラを向けられハイ、ポーズ!

今こうしてパソコンの前で原稿を書いていますが目を閉じると、カラパタール山頂のあの風の音と、亮さんの「粉雪」「
39日」「Your Song」が合わさったハーモニーが聞こえてくる。そして間違いなくこの経験は私の生涯の宝物となった。

 

登頂後は4200メートルのペリチェ村まで一気に下った。そしてその夜、亮さんとウイスキーを。大晦日の時は高所(低酸素)を気にしながら香りを楽しみながらチビリチビリと舐める程度であったが、この日はいつもの僕たちスタイルに戻り遠慮なくやらせて頂いた。お陰で翌朝は頭がズキンと痛んだ。これは高山病ではなく間違いなく二日酔いであった。これもまたいつもの僕たちスタイルであった(笑)。

登頂後は慎重に一歩一歩下る
登頂後は慎重に一歩一歩下る

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藤巻亮太「な~んだかツアーだよね」ブログ

2011年1月4日 ペリチェ村にて 野口健

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