2012年マナスル・ムスタン登山

2012/04/25

ポーターに逃げられた

ラルケ峠を終え次の目標であるサリブン峰のBCに向けてキャラバン開始。峠越え後は比較的に天候が安定し快適なトレッキング。しかし、ルート上の都合でせっかく稼いだ標高も1700M付近まで標高を下げなければならず勿体ない。そして2000M以下になるとこれまた暑い。久々に暑さを感じながら歩き続ける。それにしても毎日、本当によく歩くものだ。これでもまだ全行程の三分の一程度しか消費していないのだから・・・。

_MG_4777.jpg

_MG_4824.jpg

IMG_8845.jpg

ガイドのアドカリ君、ジャンプ!.jpgガイドのアドカリ君、ジャンプ!

4月21日、コト村入り。久々に快適なロッジで平賀カメラマンも「ここならダニはいないだろう!」と大喜び。ベッドに白いシーツ。同じ部屋に誰がいるわけでもないのに白いシーツを見ただけで何故かドキドキ。なんなのでしょ、この感覚は。いや、別に変態でも極端な妄想家でもありやしませんぜ。

IMG_9130.jpg

IMG_9282.jpg

P1010515.jpg

IMG_9141.jpg

そして夜は元気に丸々と太ったニワトリをゲット。フライドチキンとチキン入り野菜炒めを作ってもらった。久々にフレッシュミートに齧りついた。しかし、首をはねられる前のそのニワトリさんは自分の死期を悟っていたのか、ジッと恐怖に堪えているかのような素振りを見せ、これから食べようとしているくせに思わず頭をナデナデ。それでもチラリと僕の顔を見たかと思えば再び目線を下に落とし悲しげにジッ一点を見つめている。動物には本能的に自身に降りかかってくる運命を察知できる能力があるのだろうか?「申し訳ない」と感じつつも同時にそれでも食べたいという欲望が。日本のスーパーで肉を買う時にはまず感じないであろうこの感覚。僕らにできる事といえば残すことなく大切に食べる事。そして頂く命に感謝すること。その日ばかりは「頂きます!」の声が大きかったような。

目的地に到着したらビールで乾杯。.jpg目的地に到着したらビールで乾杯

あっ、そうそう、コト村に到着する道中に麦畑の横を通過したが、その麦畑の美しさにしばし見とれてしまった。風にたなびく麦の美しさと優雅さ。銀世界から下ってきただけに麦の色に癒されていた。また「風」を表現できるとレンズを向けた。写真を撮りだすと「ここだ!」と感じた場所から中々前に進めなくなり、到着時間が大幅に遅れたりするが、ただ写真のお蔭で気がつく世界も多い。写真をやっていなければそのままスルーしてトコトコと歩いてしまっていただろう。

P4203669.jpg

P4203697.jpg

P1010530.jpg

P1010540.jpg

ところがそんな呑気な雰囲気も一気に吹き飛ぶ事件が起きた。コト村の快適なベッドでゆっくりと朝まで過ごし、なんとも爽やかに気持ち良い朝。素敵な目覚めにいきなり平賀カメラマンが僕の寝室に飛び込んでくるや「ケンさん、バッドニュースです」と。「なんだよ、いきなり。せっかくの目覚めなのに!いきなりお前の顔が飛び込んで来たら台無しじゃないか。で、なんなんだ、そのバットニュースって」と聞き返したら「ポーターが逃げました!」と。なんじゃそりゃ~とガクリ。全くもって想定外の展開に顎が外れるかと思った。

宿の一階ではシェルパ達が大騒ぎ。慌てて一階に下り「どうしたんだい?」とシェルパのミンマに聞いたら「ポーター6人が逃げた」とのこと。「荷物はパクられていないか」と。荷物は無事で取りあえずホッとしたが、何故に彼らが逃げたのかとシェルパに質してみたら「昨夜、日当を前借させてくれと言われて数日分のお金を渡したんだ。そうしたら今朝になったらいなくなっていた。夜中に逃げ出したんだ!」とのこと。ほんの数日分の日当のために果たして一カ月以上の仕事を棒に振るものかと理解できない。仕事がきつかったのだろうか?
ラルケ峠を下っている最中にポーターの一人が転倒し足を捻挫していたこともありはしたが。またそのラルケ峠で起きた数日前の遭難事故が精神的に影響していたのか。確かにアルガータ村からの強行軍。疲れがたまっていたのかもしれない。が、それにしても夜逃げとは・・・。

ベテランシェルパのミンマは「最近の若いポーターはだらしがないんだ。すぐに荷物が重たいとか、寒いだとか。もっと食べ物をよこせとか、文句ばかり言ってくる。我々が若い時はもっと荷物が重たかったけれど文句なんか言えなかったよ。働かないくせに主張ばかりするんだ。そしてずる賢い。お金なんか渡さなければよかった」とぼやいていたが、いわゆる「今どき」だとするのならば、ひょっとすると日本も同じかもなぁ~と。いずれにせよ、スタッフの半分を失いどうしたものかと。

_MG_4821.jpg

途方に暮れていたら宿のご主人が「ロバを使えばいい。ちょうど私のロバが9頭いる。どうだ、ロバでキャラバンを続けてみたら」とニヤリとハッピーフェイス。ロバ使いも加えると一日約100ドルとのこと。約一月のキャラバンだからなかなかのビジネスだ。背に腹は代えられず早速そのロバさんとやらを手配し出発。メタ村(3560M)に向かうのだが、流石に歩き続けていただけあってバテ気味。途中、温泉が湧いている場所があり、靴を脱いで足湯をエンジョイ。硫黄の匂いがプンプンで平賀カメラマンと二人して「あ~日本に帰ったら渋御殿湯に行こうなぁ~」と早くも日本が恋しくもあり。全身、湯に浸かりたかったが雨が降り出し寒くて諦めた。足湯のみで我慢。

温泉を発見!足湯をエンジョイ!.jpg温泉を発見!足湯をエンジョイ!

そして雨が激しくなり途中からミゾレ。そして最後は雪に。ルート的にも崖をジグザグによじ登るわけで、この天候の中の登山はなかなかハード。コト村を出発し8時間後の18時にメタ村着した。到着した時はブルブルと震えあがり、雨~ミゾレ~雪には参りました。

このコースは標高が下がればやたらと暑い。そして3000Mを超えた高所で雨に降られればやたらと寒い。暑い、寒い、の繰り返し。そしてこれがまたよく濡れる。暑ければ汗で。そして雨が降れば雨で。

平賀カメラマンと僕はこれで完全に風邪をひいてしまった。23~24日はメタ村にステイ。休養日とした。二日間、歩かなくていいのだと一日中寝袋の中でグウタラ。グウタラ大好き星人としては最高の休日となった。

登山道が川に.jpg登山道が川に

土砂降りの中、登山が続く.jpg砂降りの中、登山が続く

それにしても6人のポーターを失い幾分かショックを受けていたが、しかし、残ってくれたスタッフたちが逆に僕らを盛り上げてくれる。あれは気を使ってくれているのだろうか。いずれにせよ、逆にこの一件でチーム野口は一致団結したような。シェルパ、ガイド、キッチンスタッフ、ポーターの計10人、ロバ使い1人、そして僕に平賀カメラマンを加え総勢13人にロバ9頭。これが野口隊の全容です。明日から再びキャラバン開始。今夜も薬を飲んで、いい子に寝よう。

2012年4月24日 メタ村にて 野口健

カテゴリー別

ブログ内検索

野口健公式ウェブサイト


(有)野口健事務所 TEL: 0555-25-6215 FAX: 0555-25-6216