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もう一つのアフリカⅢ~難民問題の現場に訪れて~

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2012/08/28

もう一つのアフリカⅢ~難民問題の現場に訪れて~

「カクマ難民キャンプ訪問」

8月24日、スーダン国境付近にあるカクマ難民キャンプ訪問。カクマ難民キャンプの特徴は南スーダン、ソマリア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、コンゴ、エチオピア、スーダンなど13ヶ国から集まる多国籍難民キャンプ。1992年に設営された頃は2万2千人だった難民が今では10万人を超えた。

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今回は国連難民高等弁務官事務所渉外担当官の箱崎律香さんにご案内頂きました。

ちなみに難民とは難民条約で「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々と定義されている。

*注意)他国に逃れた人々の事を難民と呼ぶのであって、国内に留まっている人々に対しては「難民」という表現は使わない。国内の場合は「難民」ではなく「避難民」と表現される。もちろん正式ではないが日本で度々使われてきた「帰宅難民」「就職難民」という表現はもちろん「難民」の定義の中には含まれない。

箱崎さんの所属している国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は1950年に設立され51年から活動を開始。設立以来この50年以上にわたり5000万人以上の生活の再建を支援し、現在は約6600人の職員が世界約110ヶ国で3400万人の支援を行っています。

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日本は先進国の中で最も難民受け入れに対し消極的とも言われています。日本社会に馴染みが薄い?難民問題。僕自身、テレビで時たま映る難民キャンプのイメージしかもっていませんでしたが、2002年にアフガニスタンの避難民キャンプを訪れた時の衝撃は今でも鮮明に脳裏に残っていた。紛争避難民、また干ばつなどによる環境避難民の姿。それから難民および避難民問題に対し気になるようになっていました。

「アフリカのA面B面」が今回の旅のテーマの1つ。そしてカクマキャンプへの訪問となりましたが、年々増え続ける難民。その中には難民キャンプ内で誕生する新たな命も含まれる。カクマを歩きながら難民キャンプの目指すべき最終地点とはどこなのだろうかと考えていた。カクマのように対象が他国籍難民となれば1ヶ国の問題に留まらない。例えばスーダン難民だけならばスーダンの情勢が安定すれば彼らは祖国に戻れる。しかし、13ヶ国の人々がいるカクマキャンプは相手国の状況が様々。そして基本的には難民は難民キャンプ内、またはその周辺で経済活動を行ってはいけない。若い人たちのモチベーションはどうなるのだろうか?また子どもや青年たちの多くは難民キャンプ内で生まれており、祖国を知らないまま難民キャンプで育っているわけで、果たして彼らの祖国の情勢が仮に安定したからと言って祖国で社会復帰できるのだろうか?と。

また10万人もの難民を抱えるカクマですが、彼らが生きていくためには食料も当然そうですが、大量の水と薪などの燃料資源を確保しなければならない。そもそも生活環境に恵まれた土地には多くの地元民が生活しているわけで、10万人もの難民を受け入れるスペースなどない。つまり難民キャンプは自然環境の厳しい場所、つまり地元民が少ないところが選ばれるわけで水や森(木材)などといった資源が乏しい場所となる。

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年々増え続ける難民。そして増えれば増えるほど困難な課題が膨らみ続ける。何事もそうかもしれませんが、その中でも難民キャンプ問題は国際社会からの継続的な支援が必要不可欠なのだろうと。そして注目し続けることだろうと

カクマ難民キャンプに関しては紛争難民が多いとのことですが、しかし、地球全体でみれば環境による避難民が増えているとのこと。国連大学によれば環境破壊、気候変動によって移住を余儀なくされた人の数は援助対象者を含めると2005年に1920万人。国際赤十字によれば「地球環境問題を原因として住む場所を失う人々の方が(紛争難民、避難民よりも)多いという調査結果さえも出ている」とのこと。難民条約が採択されたのは1951年。世界大戦で難民問題に直面し「難民条約」という概念は誕生したとのことですが、51年当時には環境問題といった認識はなかっただろうし、時代時代によって難民の種類も変化または多種多様になってくるだろう。今、現在は「環境難民」という位置づけは難民条約上、存在していないということになっているが、素人ながらもそこは実態と大きくかけ離れているような気がしてならない。

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日本は難民受け入れに「最も消極的な先進国」と表現しましたが、それでも嬉しかったのはこのカクマ難民キャンプではアメリカに次ぎ日本が二番目の支援国。支援と同時に難民受け入れも先進国としての大きな役割ではないだろうか。人権に対し消極的な国は世界から尊敬されない。

アフリカに来て感じたことは日本は様々な貢献を行ってきていますが、しかし、その多くは一般的に知られていない。それと対照的なのが中国。アフリカでの援助を最大限アピールしています。援助をアピールするという事を控えめにする日本。それは日本人の美徳かもしれませんが、しかし、「伝える」こともまた大切な事だろうとしみじみ感じました。

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難民14.jpg国連難民高等弁務官の箱崎律香さん

現場を訪れて感じたことは、箱崎さんを含め現場の方々の熱意と、そして何よりも活動を続けるその姿に感銘を受けた。一回限りの支援なら出来ても継続的な支援活動はなかなか出来ない。しかし、継続的にやってこそ確かな結果も生まれてくる。JICAの方々、そして箱崎さんのような方々が日々、過酷な現場で活躍されていることを多くの日本人に知ってほしい。

そして最後にホッとさせられたのが難民キャンプの子どもたちの生き生きとした笑顔。様々な現場を歩いてきましたが、アフガニスタンの避難民キャンプでも、またあの3・11の現場でも子どもたちの笑顔があった。極めて過酷な状況に中でも、子どもたちの笑顔に救われる。

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来年、再びカクマを含めたアフリカの難民キャンプに訪れたい。

2012年8月26日 ナイロビにて 野口健

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